〔二‐3〕 悪魔の力
『アンクル・サムって知っているか?』
淀んだ空気が全身に絡みつく。朽ちた電球を灯す術は無く、雲の切れ間から降るように屋根に空いたいくつもの穴から注がれる日の光だけが、この廃工場の全容を早河誠の目に知らせていた。
物陰に隠れるように、ちょうど膝の高さまである何かの装置を椅子代わりにして腰掛けていると、《千里眼》男がそう言ったのだった。
「何ですか、それ?」
スマートフォンを起動させ、時刻表示を目にする。正午まであと十分を切っている。再び電源を落とすと、バックグラウンドで通話機能だけが作動した。
『この神々の国を擬人化した、謂わばイメージキャラクターのようなものだ。ちょうどここトロイにいた実在の人物がモデルだとされている』
退屈しのぎに、誠はイヤフォン越しの彼の声に耳を傾けた。
『バーグはここを根城にしていた。この国のプロパガンダ発祥の地を寝床に選んだ奴の皮肉が窺えるとは思わないか?』
「バーグの死体はどこへ行ったんですか」
『〈LUSH-1〉と〈LUSH-2〉が海に還したさ』
そのとき、酒顛ドウジと雪町ケンがどんな気持ちでいたのか、誠には想像できなかった。
『実は俺は、お前に関してだけは不憫に思っていることが一つある』
「不憫、俺が?」
そうだと答え、男は言葉を継いだ。
『お前は部隊で唯一、我々の仲間と干戈を交えていない。それなのにこんなことになってしまってとても可哀想だ』
確かに思い起こせば、先の作戦――ユーリカ・ジャービル護衛作戦において、誠はただ一人、〈アルパ〉の構成員と戦っていなかった。彼が唯一戦ったのは、隻眼の雷使いだけだった。
『だから、そんなお前にこんなことは言いたくないんだがな――』
廃工場の大きな入り口から影が伸びてきた。人型のそれの顔は逆光で見えなかったが、誰かということは誠も考えるまでもなかった。
『今からお前には、彼を始末してもらわなくちゃならない』
誠は立ち上がり、耳を疑った。こちらに怯えた瞳を向けながら歩いてくる少年の顔をまともに見れないほど、動揺してしまった。
『彼、アンディ・コープを、キミのその悪魔の力で』