〔プロローグ‐2〕
ベースボールは好きではない。
ニューヨークをとりわけ愛しているわけでもない。
しかし新聞はタイムズを選んでいる。中には偏屈な記者もいるし、流言飛語だろうって言いたくなる記事だってある。それでもタイムズを選ぶのは、生まれながらのニューヨーカーとしての肌に合っているからだ。
きっとこんなことを言えば、今朝の父の話にも出たカンザスの人々はヒストリーでも起こすんだろうが、骨身に染み付いた感性は変えようがない。
アンディはバスで大学に通う。大学入学のプレゼントに高級時計なんかよりもマイカーを頼んでおくべきだったと今更ながらに後悔していた。そうすれば、今のバス停で乗車してきたガールフレンド――メリッサと二人っきりでドライブに行けたのに。
「また読んでるんだ?」
「まぁね。情報ってのは、面白いだろう」
「そうだけど、新聞はちっともお洒落じゃないから好きじゃないわ」
「じゃあ、読んでる俺は嫌いかい?」
「女の話をしてるのよ、ダーリン」
二つ折りにした新聞を片手に、そうかいなどとアンディが気のない返事をしても、そうした挙動をクールガイだとかスマートだとか言って彼女は彼を愛しているらしい。
隣に座り、彼の肩に寄りかかってスマートフォンを弄る彼女は訊いた。
「私達のこと、バレてないよね?」
「問題ないよ。父さんはマギーの方が心配で仕方がないんだ。今朝も釘を刺していたよ、ヤンキースのシーズンが終わった昨日の今日だから余計にね」
「私のパパも同じよ。親バカにもほどがあるわ。アンディは無関係だけど、アンディのパパのことを知ったらきっと家から出られなくなるわ」
「家に行く時は、赤い靴下を履いていかなくちゃいけないかな」
「……カッコ悪いからやめてよね」
メリッサはスマートフォンで遊んでいた指を彼のそれに絡めた。
アンディは彼女を一瞥したのも束の間、新聞に今一度目をやった。記事の端に三行広告が出ていた。その内容を読んで首を傾げた。
「どうしたの?」と彼女が問うので、「いや…」とアンディは彼女の頭にキスをしてはぐらかした。そうしてから、新聞の広告に目を戻した。
〈刺激が欲しいか、アンディ?〉
その一文以外には何も載っていない。電話番号も、住所も、広告主の詳細さえも、一切。
この広告が言う“アンディ”が自分を指していると思うのは、きっと運命だとか空想だとかを信じきっている子供か、心に弱さや歪みを抱えている人くらいだろう。自分で言っていても悲しくなるが、“アンディ”なんて名前がとても平凡だということを彼自身はよく知ってる。国内だけでも一万人を優に越えているに違いない。
だからこの広告は、広告主は、全国の“アンディ”にくだらないドッキリを仕掛けただけなのだろうと思った。
そうして冷静に鼻で笑ったつもりのその記事に、彼――アンディ・コープの人生が滅ぼされることになろうとは、この刻の誰に解っただろうか。




