表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネイムレス  作者: 吹岡龍
第四章【死を招く怪人劇 -The unstoppable Burge's puppetry-】
114/167

〔プロローグ‐2〕

 ベースボールは好きではない。

 ニューヨークをとりわけ愛しているわけでもない。

 しかし新聞はタイムズを選んでいる。中には偏屈な記者もいるし、流言飛語だろうって言いたくなる記事だってある。それでもタイムズを選ぶのは、生まれながらのニューヨーカーとしての肌に合っているからだ。

 きっとこんなことを言えば、今朝の父の話にも出たカンザスの人々はヒストリーでも起こすんだろうが、骨身に染み付いた感性は変えようがない。

 アンディはバスで大学に通う。大学入学のプレゼントに高級時計なんかよりもマイカーを頼んでおくべきだったと今更ながらに後悔していた。そうすれば、今のバス停で乗車してきたガールフレンド――メリッサと二人っきりでドライブに行けたのに。


「また読んでるんだ?」

「まぁね。情報ってのは、面白いだろう」

「そうだけど、新聞はちっともお洒落じゃないから好きじゃないわ」

「じゃあ、読んでる俺は嫌いかい?」

「女の話をしてるのよ、ダーリン」


 二つ折りにした新聞を片手に、そうかいなどとアンディが気のない返事をしても、そうした挙動(ところ)をクールガイだとかスマートだとか言って彼女は彼を愛しているらしい。

 隣に座り、彼の肩に寄りかかってスマートフォンを弄る彼女は訊いた。


「私達のこと、バレてないよね?」

「問題ないよ。父さんはマギーの方が心配で仕方がないんだ。今朝も釘を刺していたよ、ヤンキースのシーズンが終わった昨日の今日だから余計にね」

「私のパパも同じよ。親バカにもほどがあるわ。アンディは無関係だけど、アンディのパパのことを知ったらきっと家から出られなくなるわ」

「家に行く時は、赤い靴下を履いていかなくちゃいけないかな」

「……カッコ悪いからやめてよね」


 メリッサはスマートフォンで遊んでいた指を彼のそれに絡めた。

 アンディは彼女を一瞥したのも束の間、新聞に今一度目をやった。記事の端に三行広告が出ていた。その内容を読んで首を傾げた。

「どうしたの?」と彼女が問うので、「いや…」とアンディは彼女の頭にキスをしてはぐらかした。そうしてから、新聞の広告に目を戻した。


〈刺激が欲しいか、アンディ?〉


 その一文以外には何も載っていない。電話番号も、住所も、広告主の詳細さえも、一切。

 この広告が言う“アンディ”が自分を指していると思うのは、きっと運命だとか空想だとかを信じきっている子供か、心に弱さや歪みを抱えている人くらいだろう。自分で言っていても悲しくなるが、“アンディ”なんて名前がとても平凡だということを彼自身はよく知ってる。国内だけでも一万人を優に越えているに違いない。

 だからこの広告は、広告主は、全国の“アンディ”にくだらないドッキリを仕掛けただけなのだろうと思った。

 そうして冷静に鼻で笑ったつもりのその記事に、彼――アンディ・コープの人生が滅ぼされることになろうとは、この刻の誰に解っただろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ