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ネイムレス  作者: 吹岡龍
第一章【記憶の放浪者 -Memories Wanderer-】
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〔三‐2〕 REWBS

挿絵(By みてみん)


 荒唐無稽で途方途轍もない話を聞かされて、さらに一日が過ぎた。

 無名組織(ネイムレス)やら異端者(ヘレティック)やらと呼ばれる者達の根城に連れ込まれて三日目になる。

 昨夜、早河誠は一睡もできなかった。布団に包まって、夜通し暗涙で枕を濡らしていた。いくら考えを巡らせても、結局は自分にもいたという家族のことに行き着いてしまって、また悲しくなってしまった。


「帰りたい……」


 切実な願いが声となって漏れた。“病室のベッドの上”と状況で縛れば同じだが、私立病院と謎めいた軍事組織とでは雲泥の差がある。保護する義務があるなどと言われても、されなきゃならない自覚がないから、ここのベッドの居心地の悪さは一入(ひとしお)だった。

 掛け布団の中、ダンゴムシのように膝を抱えて丸まっていると、自動ドアが開く音がした。誠はビクンと身体を強張らせた。目蓋を固く閉じて、顎を心持ち引いた。

 誰だ、清芽先生かと思っていると、「マコト君、外に出ない?」エリ・シーグル・アタミという美女の優しい声だった。

 今のをノック代わりにコントラクトカーテンが開かれた。ギィと鳴ったので、椅子に座ったのが判った。誠の胸が早鐘を打ち、多少の怯えがあって汗ばんだ。

 返事がないことに焦れたのか、エリは彼の頭の“正確な位置を把握”して、「そんな風に狸寝入りされたら、お姉さん……」と耳元でそっと囁いた。細い指をスッと掛け布団の中に忍ばせて、いやに(みだ)りがわしい手つきで彼の足を撫でた。


「センスの話、したよね。ヘレティックが使う超能力のこと」


 寝たフリを続ける彼の我慢を逆手に、患者衣の紐を勝手に解いた。


「私のセンスは《サーマル・センサー》。私には熱が視える。人や物質の温度はもちろん、気温や室温さえも色として目視できる。障害物の奥にある熱量も、こうして目を閉じれば目蓋の裏、脳裏に描くこともできる」


 その言葉に誤りはないようだった。彼女の目は布団の中の彼の姿形を精確に捉えており、手探り一つせずにそれを尻だと分かってまさぐっていた。

 誠はようやく理解した。昨日、ケンが一人病室にやってきて恐喝まがいの行為に及んだ際、その様子をまるで見ていたかのように彼女は話していた。彼女は視ていたのだ、視えていたのだ。遠い場所から、いくつもの壁に隔たれながらも、あの光景を。

 そうこうしていると、「うわっ、やめてくださいっ!!」と誠は目を剥いて、掛け布団と一緒に飛び上がった。

 耳まで赤くしながら股間を押さえる彼に、「傷付くなぁ~。そんなに驚かなくてもいいのにー」


「だ、だって、いきなり触るから!」


「アハ、純情なんだぁ~」と挑発するような目で彼女は笑った。

 ムッとした彼は、「何しに来たんですか。早くボクを、元の場所に帰してください」


「それはできないよー」

「どうしてですか」

「殺されちゃうからー」


 彼は苦笑しながら、「こ、殺されるって、誰にですか?」

 どうしてココの人達は、こうも簡単に物騒な言葉を並べ立てられるのだろうか。

 彼女は分かってやっているのか、ウィンクと不敵な微笑を交え、「私達の、テ・キ♪」


「敵? 敵って、何です?」

「悪い人ー」


「からかわないでくださいよ!」と怒鳴りつける彼の手を取り、彼女は言った。


「私は真剣よ。子供扱いしたのはホントだけど、アナタに解ってほしい気持ちがあるのもホント。それに私達はもう、アナタに嘘を吐くつもりはないよ」


 彼女は彼の手を握ったまま離さなかった。酒顛と同じような固い瞳に押しやられ、「それだったら、ちゃんと教えてくださいよ」とその手を振り払えなかった。


「強い兵器があれば使ってしまうのが人間の性だって話、覚えてるかな」

「……はい」

「私達が言う敵ってのはね、ヘレティックのことなの。私達は、共食いをしているの」


 彼の肩の震えが手に伝わってきた。


「組織の主な目的は、表世界へ敵対行動をとるヘレティックを取り締まること。や、オブラートに包み過ぎちゃったかな。実際は討伐、あるいは殲滅することにあるわ」

「酒顛って人が、無国籍の軍隊って……」

「そう、私達は一国家に帰属しない非営利の軍事組織。裏世界に関わる一切の情報を、表世界に流出させないために活動しているの」


 誠は彼女の手から離れると、顔を背けた。


「そ、それが本当だったとして、ボクに何の関係があるって言うんですか。どうして殺されなきゃいけないんですか」

「アナタがヘレティックだから」

「だからっ、ボクはそんなんじゃないって昨日も言ったはずですよ!!」


 声を荒げる彼に、「アナタはヘレティック。それは紛れもない事実よ」エリは有機ELフィルムを見せた。フィルム上に動画を再生させて、「コレは一昨日、アナタとケンが戦ったときの映像よ」

 それは組織の情報部によって撮影された、偽テロ騒動の一部始終だった。コンテナ犇めく港で対峙する誠とケンを鮮明に映していた。

 ケンが誠をコンテナに押さえつけていると、ケンが向かいのコンテナに吹き飛ばされた。あまりに一瞬であったその出来事を高速度撮影した映像で見ると、誠のふくらはぎが大きく膨らんでは弾け、後ろに二、三歩後退していたのが分かった。

 勢い余って躓く誠に、ケンが身構えながらにじり寄る。瞬間、辺りがホコリで覆われ、突風がカメラを揺らしていた。周囲のコンテナは見るも無残な有様で、その中心で二人が倒れていた。

 それをスローで見てみると、あっという間にカメラの視界から外れており、次に映った時には鉄パイプを拾っていた。さらには彼が触れただけでコンテナが吹き飛んで、彼がケンの周囲を幾度か回っていた。その後は粉塵がカメラの邪魔をして捉えきれていなかった。

 しかし、誠の人間離れ――生物離れした凄まじい脚力が証明されたのは確かだ。


「こ、こんなの、ボクじゃない。どうせアナタ方得意のCG――」

「マコト君、嘘は良くないわ」


 言い訳の接ぎ穂を失った彼を責めたてるように、「アナタはヘレティック。そんなアナタは〈REWBS(ルーブス)〉にとって必要な戦力にも、高値で売買される奴隷にもなる。そしてアナタを扱いきれないと知れば、薬漬けの研究材料にされて、最期は……」

 調教できない猛獣は殺すしかないと、言外に伝える。


「るーぶす……?」

「〈国境無き反乱者(Rebel without borders)〉、略してREWBS。世界の均衡を乱そうとする、ヘレティックの“ならず者”集団の総称よ」

「均衡って、ノーマルがヘレティックを知ることで戦争が起きるとかって話ですか?」


 そ、と彼の理解に彼女が短く微笑んだのも束の間、「アナタだって、嘘は良くない、ですよ」と彼は懲りずに否定した。


「ボクを言いくるめたいから、ありもしないことをでっち上げてるんでしょ」

「嘘じゃないよ。私達は今まで何度も何度も、数え切れないくらい連中と戦ってきたわ」

「嘘ですよ。家族のことだって、本当はいるのにいないことにしてるんだ。いいから帰してくださいよ、あの病院に……!」

「嘘じゃないって。今アナタを東京のあの病院に帰したら、アナタはとても多くのものを失うことになるわ」

「これ以上何を失うって言うんですか!」

「私達組織は表世界に感知されないように日々を過ごすことを自分自身に義務付けている。でも、REWBSはそうじゃない。派手に動いて人の目に触れようとも気にしない。アナタをヘレティックだと知れば、きっと死に物狂いでアナタの拉致を目論むはずよ。そしてウヌバのように強いセンスを武器に、アナタを追い詰めるわ。どんな犠牲を払ってもね」

「関係のない人が死ぬって、そう言いたいんですか? ボクの、せいで……!?」

「東京でテロが起きたって映像を観たでしょう? アレは嘘っぱちだけど、本当にするのがREWBSなのよ」


 もう、嘘だと疑えなかった。ウヌバというあの黒人の炎を思い出せば、センスを武器にするという彼女の言葉が現実味を帯びた。あの炎は紛れもない本物だったのだから。


「私達はそうしたREWBSの活動を未然に防いで、世界の平和維持に貢献している。誰にも賞賛されず、歴史に刻まれない戦争を繰り返してね」

「……REWBSはどうしてヘレティックを集めているんですか」

「グループによって違うわ」

「グループ?」

「言ったでしょう。REWBSはね、組織に属さない武装集団の総称なの。表世界で言えば、テロリストだとか民間軍事会社(PMC)のようなものね。それぞれのグループによってその主義主張は異なるわ。ノーマルが憎くて仕方ない連中がいれば、センスを誇示して暴れたいだけの連中もいる。国家の転覆なんて本気で考えてる連中なんてごまんといたわ」

「ボクはこれからどうなるんですか? アナタはそう言うけど、ここから出られないなら、そのREWBSって人達がする拉致と変わりないじゃないですか。本物の組織を騙ってる可能性だってある。組織って架空の団体をでっち上げている可能性だって――」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの言われたら口だけじゃあ証明できないって! っていうかシナリオにないからそんな展開っ、取り消し取り消し、リセットリセット!」

「シナリオ?」

「コレよ、コレ!」


 エリは一冊の大学ノートを取り出した。〈怪傑キューティー・エリちゃん! ♡誘♡惑♡篇♡〉と題されたそのノートの中身を開くと、誠を説得するための方法論がびっしりと(つづ)られていた。誠が二つ返事でこちらに理解を示さないのは織り込み済みだったので、こういう物を用意したらしい。

 しかし題名どおり、真剣だった冒頭から一転、途中からお色気路線の実力行使に変更されている。“大人の女性の魅力を存分に魅せつけ”云々のくだりが何とも痛々しい。

 だがその魅力を味わわせる前に、誠は予想だにしない反応を見せたのだ。

 アドリブに弱いらしい彼女は、ノートで顔を隠しながら言った。


「昨日は寝る間も惜しんで考えてたんだから。どうしたら理解してもらえるかなって」


 エリにはもう、組織の――ではなく、自分の本音をぶつけるほかに術がなかった。


「私達だってこんな手荒で卑怯な真似はしたくなかったの。本当ならもっとアナタと向き合って、ちゃんと交渉してから連れてきたかった。でも、どうしてもあの夜の内に連れ出さなくちゃいけないって命令で……」


 誠は自分の感情を制御できなかった。尖った声で、不安を吐き出した。


「無責任じゃないですか。勝手な理屈で連れてこられて、勝手な理屈で帰してもらえなくなって、この先ボクは何をどうすればいいんですか。過去も未来も、今の自分さえ分からないボクは、何を信じていけばいいんですか! こんなの、あんまりだ……っ!!」


 そっと彼の頬に手を伸ばした。涙を拭ってやるためのそれも、人間不信の子猫のように払い除けられてしまった。じんと痺れるその手を見つめながら呟くように言った。


「組織がその勝手な理屈で動くのは、そうしなくちゃ私達が生きていけないからよ」


 ばつの悪さから目を背ける彼に、「マコト君はさ、世界人権宣言っての、どう思う?」


「え」

「基本的人権の尊重とか、そういうオベンチャラのこと、どう思う?」

「オベンチャラって……」


 睫毛を震わせ、手の平を眺める。かつての感触を懐かしむように、開いては閉じる。

 エリは重い口を開いた。唐突に、語り始めた。


「私は一〇歳まで、南米のカトリック教会の周辺をうろつくストリート・チルドレンの一人だったの」


 身寄りも財産もないので路上生活を強いられている子供達。誠もその程度の知識は漠然と憶えているが、その苛酷過ぎる生活を軽々しく想像することはできなかった。


「生まれながらセンスを持っていた私は、何度も仲間を助けてきたわ。《サーマル・センサー》は熱を感知できるから、暗闇でも迫り来る脅威に逸早く気付くことができたの。仲間も私を頼って、可愛がってくれたわ。夜中に“死の部隊(Death Squads)”がやってきても、私にかかれば逃げ切るのは造作もなかった」

「“死の部隊”?」

「白色テロって分かるかな。白色ってのはフランス国旗の白――王権を意味する白百合に由来しているんだけれど、つまりは社会秩序の維持のために政府主導で行なわれる市民への弾圧のことよ。そのテログループは“死の部隊”と言われ、私達の掃除を任されている、まぁ、汚れ役よ」

「掃除って、そんなゴミみたいに……」

「仕方ないわ。納税もしなければ社会へ貢献もしないし、みすぼらしい上に盗みや殺人なんて反社会的行為を繰り返すばかりの最下層の私達なんて、彼らにとっては邪魔者以外の何ものでもないもの」

「それでも、そんなこと……!」


 エリは心優しい少年に微笑んで、続けた。

 南半球の七月――冬が訪れ、寒さ厳しい日々の只中だった。


「だからこそ、仲間の結束は固かった。でも私のせいで一人の少女が裏切った。言ってしまえば、嫉妬よね。特殊な私ばかりみんなに愛されて、イイ気分がしなかったのよ。そんな彼女が何をしたのかと言えば、あろうことか、偶然にもヘレティックを探し回っていたREWBSに私のことを売ってしまったの。仲間は私の能力を秘密にしていたのだけれど、彼女は私を蹴落とすために密告(リーク)してしまった……」


 彼女は目を閉じると、口を真一文字に結んだ。

 その様子を心配そうに見つめながら、「どうなったんですか……?」と誠は訊いた。


「……REWBSが、“死の部隊”をけしかけて私達を襲撃させたの。少女によって逃走ルートを全て塞がれていたから私にはどうすることもできなくて、それでも仲間は身を挺して逃がしてくれたけれど、私はREWBSに捕まってしまった」


 今思い出すだけでも辛い。少女はエリを悪魔憑きだと罵る一方、仲間まで殺すことはないとREWBSに楯突いてしまったがために――殺されてしまった。


「仲間を助けるために神様が与えてくれたささやかなプレゼントだと思っていたのに、この力のせいで疎まれていた。私は悲しくて悲しくて、REWBSに身を委ねるしかなかった」


 だが、深呼吸を一つしてから、「そこへ銀髪の目つきの悪い男の子と、丸坊主の老けた顔をしたお兄さんが現れて、私を救ってくれたの」と彼女は安堵の表情を浮かべた。


「それって……」

「そう。あの人達は私の命の恩人」


 あの日、冷たい目をした少年が差し伸べてくれた手の温もりを、エリは忘れられない。


「生き延びたのはたったの数人だけで、血の海が広がっていた。私を逃がしてくれた男の子も、微かな温もりを残して動かなくなっていたわ」


 灰雪が降っていた。彼らを慰めるように赤色を白く塗り潰していた。


「二人は私に組織へ来るよう言ったわ。一度目をつけられてしまった私は、この先ずっと狙われ続けることになるからって」


 誠は認めたくないように、眉間にシワを寄せて俯いた。


「彼らは生き残った仲間を安全な場所で保護してくれると言ったわ。不幸の上に、不幸を塗り重ねるわけにはいかない。そう考えたから、私は今、ここにいる」

「どうして、そんな話を……?」

公平(イーブン)じゃないでしょう。アナタばっかり勝手に個人情報を調べられてさ」

「結局、あの人達は誰かを殺したんですよね。それで世界のためにやっているとか言って、偽善だとは思わなかったんですか?」

「私は自ら志願して、この組織の兵士になった。ここで非戦闘員として安穏と過ごすこともできたけれど、私や仲間と同じ境遇の子が今も苦しんでいるかと思うと、いても立ってもいられなかった。思い描いた未来を実現させるには、目先のことから手を出して広げていかないとダメだと思ったの」


 自分も、世界を影から支える力になれる。より良き世界を生み出す力に。

 彼女の目には確かな強さがあった。固く、清廉な決意だ。

「ね、マコト君」とエリは微笑んで、少年の手を引いた。


「デートしよっか」

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