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ネイムレス  作者: 吹岡龍
第三章【雷鳴の暗殺者 -One-eyed REWBS-】
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〔プロローグ〕

お待たせいたしました、新章です。

これからまた、ゆっくり更新していきます。

それでは、ごゆるりとご覧ください。



ちょっと情景描写無さ過ぎたかな…w

   〔プロローグ〕



〝Things may come to those who wait, but only the things left by those who hustle.〟


 かの〝奴隷解放の父〟が遺した言葉であるが、私にこの言葉を授けてくれたのは勿論のこと彼ではない。私の叔父――プレマンである。

 叔父もまた偉大な男であり、私に劇的な人生を与えた唯一の男である。

 彼無くして今の私は有り得ず、彼無くして私の世界は凡庸で、狭小なままであっただろう。神が世界を創造したように、私を創造し、行くべきところへ導いたのは愛する両親ではなく、敬愛するプレマンなのだ。

 幼い頃、私の心は与えられたものばかりで満たされていた。何不自由無く、恵まれていることが当たり前だった。

 私の人生は、私が苦労して切り開くものではない。進むべき道は自ずと現れ、両親が愛でもって障害を取り除いてくれることが当然だ。そう考えていた。

 しかし人の道は、それだけでは立ち行かなかった。

 思春期になると個々人の能力というものが目立ち、過ごしてきた日々――経験が歴然とした格差を生じはじめた。

 愚かしい。低俗である。

 そう思ってきたみすぼらしい者達が、次々に私の前を歩くようになっていた。私の道ではなく、対岸の道ではあるが、とても堂々と歩いていた。障害は己の手を汚し、傷付け、苦しさに喘ぎながらも、押し退け、乗り越えると清々しい顔で大きく前進していた。

 その時、私は遅きに失したのだと理解した。

 愚かしく低俗なのは自分なのだと気付かされた。

 落胆し、独り苦悩する私を見かねたのか、そこへプレマンが先の言葉を私に与えた。

 この、彼の仕事場で。

 かつてから彼は頭一つ抜けていたが、その頃は若く、この場の主ではなかった。しかし私などの為にお偉方に頭を下げ、許可を取り付けると、私の肩を抱いて言ってくれたのだ。

 努力の価値。それを知った私は、もう一度あの場に――今度は自らの意思と足でもって行く為に、粉骨砕身の思いで精進を重ねた。

 蛍雪の功成って、大学を主席で卒業できた私は、叔父にアナタと共に進みたいと言った。

 叔父はその時何を思ったのだろうか。一考の後、柔和な笑みで私の背中を押してくれた。

 一先ず歓迎してくれたのだと理解した私は、それからも前だけを見据えて歩を進めた。

 今思えば、残り物に縋る人生で満足していた自分が懐かしい。気付けばこの場に私を連れてきた頃の叔父の年齢をとうに越している。

 近年は忙殺され、叔父とは会っていない。彼は八年程前に隠居し、悠々自適の生活を満喫しているようだが、こうして日々蓄積するストレスを考えれば、それも致し方ないと思える。

 そうだ。

 この職は生半可な覚悟では務まらない。そればかりか、生半可な精神では耐えられない。

 経済。行政。金融。外交。医療。環境。様々なテーマが、私の名の下に決議されていく。残りの二年と四ヶ月――あるいは六年と四ヶ月は、この国の全ての責任を私が背負わなくてはならない。

 これは政治というものを学び、一政治家ではなく大統領を目指し始めた頃から覚悟していた。国の長とは、市民・国民の代表とは斯くあるべきだ。そう考えてきた通りだ。

 しかし、私は迂闊だったのかもしれない。

 この国――アメリカ合衆国と呼ばれる超大国のトップの座が、如何なるポジションであるかということについて、あまりに考えが及んでいなかった。

 いや、よくあるフィクションを真に受ける方がどうかしている。仮に大統領のみが知る秘密というものがあっても、あくまで現実的な内容に限ると頭の隅に置き、まるで重視していなかった。

 しかし現実はあまりに惨い。

 私は――今日まで努力を重ねてきた私は、このオーバルオフィスという名の鳥篭で囀る、一羽の小鳥に過ぎなかったのだ。


「プレジデント・ミリード」


 そう私に声を掛けるのは、その叔父の皮を被った〝化物〟だ。

 叔父本人はどこかに潜んでいるらしい。

 そのことについて化物は訊く。


「ご協力いただけますね?」


 この一言が、喉元に突きつけられた刃のように見えるのは私だけ。

 いや、正確には、歴代大統領達だけだ。〝奴隷解放の父〟が存命の頃からこの化物達が活動していたのかは知らないが、少なくとも叔父も彼らの恫喝を幾度となく味わってきたことだろう。

 私は思わず、この一年と八ヶ月の間に首筋に刻まれた、見えない切り傷に触れるような仕草をした。

 化物はそれを冷や汗を拭っているのだと解釈したのか、追い討ちをかけてきた。


「でなければ、この国の将来は、先の見えない暗闇に包まれてしまいます」

「お前達が、そうするのではないのか?」


 私は乾いた唇を震わせた。

 肩をすくめた化物は、あろうことかマホガニー製の机の上に腰掛けた。

 私はこう考える。私が今座している椅子が名誉を意味するのなら、この化物が今汚しているのは矜持であると。

 国家を侮辱されたような憤りを覚え、自然と眉間にシワが寄った。

 それでも尚、化物は淡々と答える。


「それは違います。我々は再三再四、警告を繰り返してきましたよ。アナタにも、そして〝彼ら〟にも。それに初めに言ったでしょう、〝我々は、互いの生存圏への不干渉を誓う。それこそが人類存亡の、唯一の手段である〟と」

「それは対等な立場であるならだろう。しかしお前達は常に、高圧的に物事を運ぼうとする。それでは抵抗するのも無理はない。人は、首を絞められれば爪を立ててもがくものだ」

「私としては、今更話を振り出しに戻したくはないのですが」


 私も聞きたくない。

 瞳に含んだその声を聞いたのか、「ならば解っておられるでしょう」と化物は言った。


「あくまで我々はアナタ方の裏側の存在なのです。貴国が表の世界の警察ならば、我々は裏の世界の警察なのです。我々はこれでもアナタ方の為に最善を尽くしてきましたよ。多くの犠牲を払ってね」


 キッと鋭い目で、化物は私を睨む。

 私は目を逸らし、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に運んだ。

 怯んでしまった。叔父に合わせる顔がないほどに。


「それをアナタは、余計なお世話だとお笑いになるのですか。今度はアナタが誓約を果たすべき時なのではないですか」


 ウエストウイングと呼ばれるホワイトハウスの西棟に、オーバルオフィスはある。大統領執務室と言えばここを指し、世界で最も注目される空間の一つに挙げられている。

 部屋には監視カメラがある。リアルタイムの映像は常に口の固い者達の目に留まっているが、その映像はこの化物によって挿げ替えられた偽物だ。入室記録には確かにプレマンの名が記されているし、ドアの外のSPもプレマン本人として化物を招き入れたが、今私の目に映っている化物の無礼な態度を、他の誰かが知ることは無い。

 きっと映像には、さも親しげに談笑する私と叔父の姿が映っていることだろう。

 それだけではない。ホワイトハウス、ペンタゴン、CIAなどの重要な情報機関は全て化物達――ネイムレスという組織の監視下にあるとされている。

 迂闊な真似はできない。

 彼らはきっと、我々がいくら他国の情報を取得しようとも、あるいはいかに危険な兵器を造ろうとも、そこに干渉はしないだろう。

 しかし、一度(ひとたび)一線を越え、彼らの生活圏に関与する事例が取り上げられでもすれば、今のように直接私の首を狙ってくる。

 〝だから〟なのだろうか。

 私は叔父を想い、わずかに嘆息を漏らした。


「今日の安息が、私が学んできた歴史だけで成り立っているのではないということは分かる。だが何故、お前達は他の手段を選ばなかったのだ」

「それに答える義務はありません」

「お前と会うのはこれで五度目になるが、あの男――ボスとは一度しか顔を合わせていないな。彼に言っておけ、本件についてどうしても私の同意を取り付けたいのならば、アナタが直接、ここへ足を運ぶべきだと」


 対等にならなくては。

 私はその一心で、今の言葉を紡いだ。

 こんなにも重大なことを、独りで決断できない。何せ、ネイムレスの存在を知っているのは、私を含めた歴代の大統領だけなのだから。


「これで満足でしょうか」


 聞き覚えのある声に顔を擡げた私は、歯を噛んだ。

 化物が、まるで私の揚げ足を取るように、彼らのボスへと見る見るうちに変身したからだ。顔だけでなく、体格までも、あの時会ったあの男そのままだ。

 恰幅の良い叔父に合わせて誂えたのだろうスーツがブカブカになってしまっている。


「貴様…!」


 声を荒げる私とは対照的に、「プレジデント、もはや猶予など無いんですよ」と化物は冷徹に迫った。


「今、ご決断していただきたいのです。アナタの叔父、プレマン氏捕縛にご協力を」


 今日、化物はこう告げた。

 叔父が、他の歴代大統領と、彼らの同属――ヘレティックと呼ばれる超能力者達の抹殺を画策している、と。

 化物はその真偽を確かめる為に来たのではない。捕縛する為の情報提供に協力しろとのことだ。

 どうやら叔父は、ここ数ヶ月の間行方を暗ませているらしい。


「アナタが賛同し、会談の場にご同席いただけなければ、我々は彼を抹殺しなくてはなりません。彼を含めた、歴代の前大統領全員をね」


 穏便な手段を選んでくれているようだが、契約の不履行を心から許すとは思えない。

 彼らに協力すれば、叔父の未来に光は無い。


「叔父を売ることなど…」

「我々を信用していただきたい。この書面にもあるよう、我々は如何なる状況においても、彼らをその場で殺害しません。必ず生きたまま捕縛することを誓います」

「確かなのか、叔父達がお前達への反乱を画策しているというのは」

「確証も無しに、アナタの前に現れませんよ」


 私は、叔父を恨みそうになっている。

 何故そんなことを考えたのかということではない。

 何故あの時、私の夢を壊してくれなかったのかということだ。

 何故あの時、私に希望を囁いたのかと――。

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