流行り自サバ系女子になろうとチャレンジしましたが、そんなことをしなくても溺愛されていたみたいです
「最近、自サバ系女子が流行っているらしいの」
「は、?」
「だからわたくし、自サバ系女子になろうと思いますの!」
────
「アシュレイ様。お会いできてとても嬉しいですわ。本日はじいやにアルヴェリア王国産の茶葉を取り寄せてもらったので、ハーブティーをいれましたの。お口に合えば良いのですが」
「……美味い」
「本当ですか! 良かったですわ。別の種類もありますので、次にいらした時にお出しいたしますね」
「ああ」
コツンとティーカップを置く音が聞こえた。
仏頂面とまではいかないが、リゼットの話を聞くその顔は、凪いだ水面のように表情一つ動かなかった。
どうしてもアシュレイの興味を引く話題を思い付けず、どうしようと思いながら一口ハーブティーを口に含む。あまり香りを感じられない。
リゼットの家のバルコニーで、婚約者と優雅なお茶会デート。
……けれど。
会話が続かない。
やっぱりアシュレイはリゼットに興味が無いようだ。
公爵子息アシュレイ・ヴァレンティス。
伯爵令嬢リゼット・エーデルシュタイン。
この婚約は、宝くじに当たったようなものだった。
お父様の事業が良くなり、アシュレイ様のご家族と親密な取引を始めた。
それを今後も続けていこうね、となった時に、たまたま同い年の子供がいたから、じゃあ婚約させようとなった。
アシュレイのことは昔から知っていた。
公爵家だからというだけではない。
眉目秀麗、頭脳明晰。
アシュレイは学園の中でもかなり目立っていた。
いい意味で。
例に漏れずリゼットは一目惚れした。
一目惚れしようがしまいが、政略結婚だから関係ないと思っていたのだ。
だからこそ、アシュレイがリゼットを好きでなくてもいい。
見劣りするだろうが、捨てられなければいい。
アシュレイが今後の人生を少しでも生きやすいようにする。
それだけ。
口下手だが、そんなところも可愛い。
むしろ、おしゃべりなリゼットに付き合わせてしまって申し訳ない。
これでも喋るのを抑えている方なのだが。
もう少し、アシュレイが話しやすくなるような、お手本はないのかしら。
そう、思っていたのだ。
探し始めてから約一週間、ちょうどいいところに落ちていた。
「えー、アシュレイ、そんなこと思ってんの? だからモテないんじゃん? ウケる。……ああ、ごめん。アタシ、思ったことすぐ言っちゃうからさー、」
「痛いだろ、それにそんな騒ぎ立てるほどじゃない」
「いいじゃんいいじゃん、だってー……」
「だからそれは……」
廊下を歩いていた時、アシュレイの背中を見つけたから話しかけようとしていたのだが、それを見て口をつぐんだ。
──こんなたくさんの文字数を話すお人だったのですね!
肩を並べて話をする姿を見て、気付けばリゼットは二人の様子を陰で見ていた。
いつもより、アシュレイの声が一段高く、弾んでいるように聞こえる。
隣の女性はアシュレイが反応する度に肩を軽く叩いたりしているが、アシュレイが拒絶する様子は特に見受けられない。
何より、楽しそうな雰囲気を纏っていた。
これだ。
これを真似すればいいのだ。
アシュレイが好きな性格になれば、少しは隣に置いてもいいと思って貰える期間が長くなるかもしれない。
早速、開始!
と言っても、どういう話し方や態度を取れば良いか具体的に分からないので、二人を観察してみる。
その前に友人にアシュレイの隣にいるご令嬢について聞いてみたところ、ミレイユ・ベルフォールという子爵家の方らしい。
最近アシュレイの隣にずっといることで話題の的らしい。
『自サバ系女子』というあだ名まで付けられているらしい。
知らなかった。
やっぱり、普通はアシュレイの隣にずっといさせてもらうなんて難しいのだろう。
友人に大丈夫かと心配されたが、大丈夫と返した。
そして、放課後。
二人を探していると、誰もいない教室にいた。
「えー、今日、香水付けてんの? なんか髪の毛からいい匂いする」
そう言ってミレイユはアシュレイの髪に鼻を近づける。
「別にいいだろ」
「あー……これ、ラベンダー?」
「ああ、そうだ」
「えー、お洒落してんじゃん。なにかあったりする?」
「……言う必要あるか?」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。ね? アタシたち、男友達みたいなもんじゃん」
ミレイユはアシュレイの肩に腕を置く。
「はぁ、……今日は、リゼットとお茶会の日だ」
それを聞いたミレイユは、軽く吹き出した。
「えっ、そうなの?! おアツいねーヒューヒュー!」
「煩い、やめろ」
「いやいや、応援してるよ〜?」
陰に隠れてこっそり聞いていたが、リゼットにできるかは置いておき、参考になる部分は大いにあった。
リゼットとミレイユの違うところをまずは書き出してみよう。
一つ目、話し方。
リゼットは爵位の違いもあって終始敬語で話しかける。
だが、ミレイユは子爵家であるにもかかわらずタメ口で話しかける。
これなら、親密さを高めやすそうだ。
二つ目、会話の詰め方。
リゼットは必要なこと以外、自分から話を振らないようにしていて、基本的に受動的だ。
そしてミレイユの会話の仕方は押し押し詰め詰め型だ。ついでに、淑女の挨拶などもほぼしていない。
会話に困ったらミレイユがいればなんとかなるよね、と言われるタイプだろう。
三つ目、距離の近さ。
リゼットはそもそも話ができるくらいの距離感で会ったことしかない。
対するミレイユは、肩と肩が触れ合うくらいに近い。
恥ずかしいと思わないからこそできる積極性だ。
三つともリゼットと真逆の対応をミレイユはしていたし、アシュレイもそれを受けていつもより楽しそうだと感じる。
もし三つのポイント全てがお門違いだとしても、元々興味のない婚約者に変なことをされたと思うくらいだろう。
ならば──やって成功した方がメリットが大きい。
やるしかない。
ということで、お兄様に相談をすることにした。
「最近、自サバ系女子が流行っているらしいの」
「は、?」
「だからわたくし、自サバ系女子になろうと思いますの!」
「何を言っているんだい?」
肩を竦めてリゼットの兄であるルシアンが問う。
いつも通りの優しそうで、何を考えているか分からないと一部から言われている顔だった。
いつも通りだと安心して話を続ける。
「時間が無いのです、お兄様。あと一時間後のお茶会では自サバ系女子になろうと思いますので、ご協力お願いいたします」
「僕のかわいい妹がそんなことを言い始めるなんて……もしかして、明日は雪が降るのかい?」
「雪はあと三ヶ月経たないと降りませんわ。それに私は本気ですの」
「……なにか酷いことを言われたのかい?」
「いいえ。観察してきたのです。アシュレイ様の好みに、少しでも近付きたくて……」
「ああ、世界一可愛いリゼット。アシュレイが性悪女にでも引っかかったのかい?」
「いいえ? 私が見たのはお友達として楽しそうにお話されるお二人ですわ?」
そうして、リゼットはルシアンに解説をした。
ミレイユの接し方の良いポイントを三つに分けて丁寧に解説する。
「……それで、リゼットは良いのかい?」
「なにがですの?」
「今までの立ち居振る舞いは、リゼットが淑女教育を頑張って受けてきたからこそ身に付いたものなんだよ」
「……そうですわね。でもね、お兄様。私、アシュレイ様が好きなの。もし、下手くそで似合わなかったとしても、好きな人の好みになれるとしたら私、嬉しいわ」
「今のままで、リゼットは充分可愛くて可憐だよ」
「本当にお兄様はお優しいわ。でもね、私、少しだけ大人になっちゃった。世界には、今の私のままじゃ好きになってくれない人もいるって、知ってしまったから」
「リゼット……」
「今まで、ちょっとだけ無理して明るく振る舞ってきたのですが、素の姿のミレイユ様との会話の方が楽しそうみたいなんですよ。だから、思ったんです。ミレイユ様を真似すれば、もう頑張らなくたっていいんじゃないって」
少しだけ。
本当に、少ししか思っていない。
こんなこと、未来の公爵夫人が考えるなんてみっともないから。
けれどたまにくらいなら、良いじゃないか。
そう後ろ向きに思った気持ちはルシアンに届いたのか否か。
ルシアンは驚いたように目を見開いた。
それから、何を言うか戸惑うように目を下に逸らす。
それから「んーー……」と論文を見る時みたいな難しい表情を浮かべて、数秒経ってから答えてくれた。
「わかった。協力をしよう」
────
アシュレイがやってきた。
「〜〜っ、お兄様、やっぱりめちゃくちゃ緊張しますわ」
「無理にやらなくていいんだよ」
「……っ、やります。女に二言はないですわ」
パンッと軽く頬を手のひらで叩いて、己を奮い立たせる。
「アシュレイ様っ、! やっと来た! ……ってわあっ!」
間違えて様と言ってしまったが、なんとか持ち直して敬語を取り払う。
それから立ち上がり、ちょっとだけ小走りにアシュレイの元へ向かう。
そのまま肩が触れ合うか触れないかの寸前で立ち止まろうとしたが、勢い余ってぶつかってしまう。
「っ、危ない」
「す、すみませんっ!」
「……怪我がなくて良かった」
心なしかいつもより返してくれる言葉の文量が多い気がする。
「ありがとうございます……」
なんだか恥ずかしくなってしまう。
自分のせいだが、いつもよりも距離感が近いというのもある。
だが、このまま終わったらアシュレイの好みの人間になんてなれやしない。
「あ、そ、そうで、あ、……そうだ! アシュレイの、好きそうなクッキー、焼いて来たんだ!」
心臓がバクバクと音を立てているせいで何回か噛んでしまったような気がする。
けれどこのまま進むしかない。
「ええっと……あ! 早く席、座って!」
いつもの椅子に座ってもらわなくてはいけない。
アシュレイの手を勝手に握ってみると、なんと握り返してくれた。
なんだか、恥ずかしい気がする。
顔が見られなくて、そのままアシュレイに席に着いてもらった。
「ほら! どう? 美味しそう、でしょ?」
手を広げて食べていいよ、と伝えるも、アシュレイは動かない。
いつもなら食べるのに。
おかしい。
「どうしたの? 食べていいん、だよ?」
不思議に思って顔を見ると、ピタッと目が合った。
「……」
「っぇ?」
「……食べさせてくれないか?」
「へっ、!?!?」
アシュレイにお願いをされたのは、初めてかもしれない。
だが、初めてのお願いが、食べさせるなんて、なんか、ちょっとだいぶ恥ずかしいことかもしれない。
だが、アシュレイの顔は涼しいままだったから、リゼットの感覚がおかしいのかもしれない。
ミレイユも、当たり前にやってたかもしれない。
やろう。
少し考えてしまったが、アシュレイのために、頑張ると決めたのだ。
「う、うん! ……はい!」
アシュレイの口元に持っていったら、彼に手首を軽く掴まれた。
そして一口でクッキーが口の中に入っていき、その時にまだ手を離していなかったせいで軽く舌が指先に触れる。
──ぶわわっと
今までしたことないことに挑戦はしてみたものの、だって、そんな、恥ずかしいことをしたことがなかったのだ。
自分がどう思っているのかが、分からない。
ただ、心拍数がとにかく速いことと、顔の血流が非常に良くなっていることだけは分かった。
「……そ、」
それと同時に、処理しきれなくなった感情が、零れ落ちるほどではないくらいの涙となって目尻に溜まる。
「──そ、それはさすがに早すぎですぅっ!」
耐えきれず、逃げるように手を引き抜いて、そのまま兄がいる室内へ逃げ出したのである。
──
「ということで、アシュレイ。何か言い遺したことはあるか?」
「……リゼットが可愛かった」
「一旦地獄の底まで沈んで貰おうか」
ボキボキと腕を鳴らすのはリゼットの兄ルシアン。
その前で、土下座をしているかしていないかくらいに頭を垂れているアシュレイ。
いつもよりにっこりとした笑みが深くなっているが、目の奥はギラついており、どちらかと言うと獲物を捕食する直前のような勢いを感じる。
……今回の場合は、断罪者になるのだろうか。
「今のままの態度なら、リゼットとの婚約は引き剥がしてでも消してやりたい気持ちだ」
リゼットを見る目とは真反対の冷たい眼差しでアシュレイを見ている。
「だがそのリゼットが、お前を望んでいるんだ。……早くあのアバズレを何とかしてくれ。純粋ゆえに悪い影響を受けている」
「友人のセドリックの婚約者だから、悪いようにしちゃいけないと思ったのが、裏目に出てしまった……」
アシュレイも気付いてはいた。
貴族の淑女教育を受けたリゼットが、あんな娼婦さながらの近付き方を知っているはずがない。
どころか、分かっておらずがっちがちのまま行動してきた。
言葉もカミカミだった。
そういうところが可愛いんだと言っても、分からないんだろうと思う。
リゼットのことは昔から好きだった。
むしろ、リゼットを好きにならない人などこの世に存在するのだろうか。
婚約する前から、そもそも純粋潔白なお姫様として人気だったことを彼女は知らない。
婚約者になれた時は一人部屋の中でガッツポーズをしたし、友人たちからは冷やかされた。
今回のきっかけは友人のセドリックの婚約者である、ミレイユだ。
ミレイユは誰彼構わず男を引っ掛けようとする、所謂男好きだ。
セドリックもよく嘆いている。
「彼女がこのままだったら、結婚する前に婚約自体が無くなるか、結婚する前に出産してるよ」と。
セドリックが三ヶ月の留学をする間、彼女が大人しくしているとは思っていなかったが、アシュレイに所構わずくっ付いてくるとは思うまい。
これはもう、婚約破棄をした方が良いと助言をするしかなさそうだ。
などと思いながら、ピッタリくっつかれたとしても、女だから下手に拒絶ができない、どうしようなどと呑気に考えてしまっていたのだ。
「そんなことだろうとは思ったよ。……セドリックは今日の午後、緊急で戻るように伝えてあるから」
「本当に申し訳ない」
「本当にそうだよ。勘違いしているリゼットは可愛いけれど、あの子は純粋過ぎるから。悪い虫を見ても、良いところを見付けてしまう」
「そういうところが、」
「愛を伝える前に、まずは後始末をしてからだよ。さて、どうしてやろうか」
「俺の領地との取引を止めさせるか」
「僕の領地のもついでね」
はは、と笑った。
同じ人間に好意を向ける同士だ。
ルシアンは、アシュレイの精神が未熟だとは分かっていた。
まあ、似たことをやれば次はないな、と思いながら、まずは粗大ゴミを然るべきところに処分するために立ち上がったのである。
────
一ヶ月後に、粗大ゴミの処理は完遂した。
蓋を開けると、ミレイユがアシュレイにしていた以上の肉体的な接触を複数の男性と重ねていたことが判明し、大騒ぎにはなったが。
セドリックが不憫でしかない。
そして。
リゼットと一緒に通学をしている最中に、アシュレイは彼女に話しかけられた。
「なんてことですの……私の教科書のミレイユ様が学園から追放されてしまいましたの。なにやら、大変なことをしでかしたらしいのですが、私、どういったことなのか何も聞けておりませんの」
アシュレイの元には、前よりもちょっと本音を話してくれるようになったリゼットがいた。
「……そんな教科書、なくていい。今のお前が……一番いい」
あと、リゼットの隣には、前よりもちょっと素直になったアシュレイがいた。
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