7 骨、効率に従う
魔物の訓練場。
木剣を振るたびに、骨が軋む音が響く。
〈ゴブリンリーダー〉
「九十八……九十九……百!終わりであります!」
〈レイセル〉
「はぁ……はぁ……骨なのに息が上がるのは納得いかないな……」
右腕がわずかにズレている。
あとで直さないとまずい。
そのとき──
見張り台のゴブリンが叫んだ。
〈見張りゴブリン〉
「リーダー!村の外れにスライム出現!」
〈ゴブリンリーダー〉
「ちょうどいいでありますな」
リーダーは俺を見る。
〈ゴブリンリーダー〉
「実戦訓練であります。行くでありますよ」
村の外れ。
草むらの中で、小さなスライムがぴちゃぴちゃと跳ねている。
弱い。どう見ても雑魚だ。
〈レイセル〉
「……あれを倒せばいいのか?」
〈ゴブリンリーダー〉
「倒すでありますが──」
そこで、リーダーは手を上げて制止した。
〈ゴブリンリーダー〉
「近づきすぎるなであります」
〈レイセル〉
「は?」
意味が分からない。
弱い魔物だ。さっさと斬ればいい。
俺は踏み出そうとする。
その瞬間──
〈ゴブリンリーダー〉
「それ以上行くと、“村に入る”でありますよ」
足が止まった。
よく見ると、地面にうっすらと踏み固められた境界がある。
畑と、外の境目。
〈レイセル〉
「……入ったらどうなる?」
リーダーは、少しだけ声を低くした。
〈ゴブリンリーダー〉
「ルール違反であります」
〈レイセル〉
「ルール?」
〈ゴブリンリーダー〉
「“壊すな”と言われているであります」
その言葉に、違和感が走る。
〈レイセル〉
「……敵だろ?」
〈ゴブリンリーダー〉
「敵であります」
〈レイセル〉
「じゃあ、なんで守る?」
数秒の沈黙。
スライムがまた跳ねた。
ぴちゃ、と音がする。
リーダーは、それを見ながら答えた。
〈ゴブリンリーダー〉
「壊したら、終わるであります」
〈レイセル〉
「終わる?」
〈ゴブリンリーダー〉
「人間、すぐ増えないであります」
淡々とした声だった。
まるで、天気の話でもするみたいに。
〈ゴブリンリーダー〉
「全部なくしたら、次が来るまで長いであります」
〈レイセル〉
「……」
〈ゴブリンリーダー〉
「だから、減らしすぎない」
一歩、境界線の手前で止まりながら言う。
〈ゴブリンリーダー〉
「減らさなすぎもしない」
そして、俺の方を見た。
〈ゴブリンリーダー〉
「“回る分だけ”狩って魔力を回収するであります」
そのとき。
背後から、静かな足音。
〈セレナ〉
「補足します」
いつの間にか、セレナが立っていた。
〈セレナ〉
「効率の問題です。全滅は持続しません」
〈レイセル〉
「……効率」
〈セレナ〉
「この村は安定しています。
人口、活動、再生……すべてが“ちょうどいい”」
その言葉に、妙な寒気が走る。
〈セレナ〉
「ですので──」
少しだけ、微笑んだ。
〈セレナ〉
「壊すのは、魔力回収の観点からもったいないのです」
ぴちゃ。
スライムがこちらに近づいてくる。
〈ゴブリンリーダー〉
「来たであります。あれなら問題なし」
今度は止められない。
俺は剣を構える。
だが──
ほんの一瞬、村の方を見てしまった。
煙が上がっている。
誰かが、普通に生活している。
そのすぐ外で──
〈レイセル〉
「……」
考えるな。
今は訓練だ。
俺は踏み込み、剣を振る。
──鈍い手応え。
スライムが弾けた。
同時に、
〈レイセル〉
「……っ!」
右腕が、外れた。
骨が地面に転がる。
〈ゴブリンリーダー〉
「おお、見事であります!」
全然見事じゃない。
だがリーダーは満足げに頷いた。
〈ゴブリンリーダー〉
「その一撃で十分であります。
余計に狩らないのも大事でありますからな」
〈レイセル〉
「……それも“効率”か」
〈セレナ〉
「はい」
即答だった。
骨を拾いながら、俺は思う。
この世界は──
思っていたより、ずっと静かに狂っている。




