1 勇者、魔王軍に就職する?
暗闇。
何も見えない空間に、意識だけが浮かんでいた。
〈レイセル〉
「……俺の名はレイセル。かつて“魂の勇者”と呼ばれた男だ」
声だけが響く。
身体はもうない。あるのは魂だけ。
〈レイセル〉
「人間を守るために剣を取り、仲間と共に魔王城へ乗り込んだ。
だが──俺は魔王に敗れた。完膚なきまでに、だ」
胸の奥にぽっかり穴が開いたような感覚。
死んだはずの場所で、魂だけが宙を漂う日々は、味気なく、虚ろだった。
そんな時だった。
突然、暗闇の向こうから、光が差し込む。
眩しさに目を細めると、二つの影が浮かび上がった。
一人は、幼い少女。
漆黒の髪が揺れ、頭には小さな黒い角が二本。
見た目は十二歳ほどだが、周囲の空気を震わせる魔力だけは本物だった。
その隣に立つのは、対照的な大人の女性。
知的な眼鏡越しの瞳は冷静で、サキュバス特有の魅力をまとっている。
背中の小さな翼を畳み、端正な服装で佇む姿は、まさに魔王軍の秘書そのものだった。
〈セレナ〉
「……レイセル様。お呼び立てして申し訳ありません。
魔王軍人事部、秘書のセレナと申します」
落ち着いた声。
魔族特有の魔力が、空気を震わせている。
〈レイセル〉
「……魔族? 俺を呼んだのか?」
〈セレナ〉
「はい。本日は“面接”のため、魂を召喚させていただきました」
〈レイセル〉
「……面接?」
セレナは淡々と続ける。
〈セレナ〉
「現魔王ヴァルシア様が、
“魂だけでうろつかれても鬱陶しいから、いっそ雇えばよい”と」
……鬱陶しい?
俺の死後の扱い、雑すぎないか。
その時、空気が一変した。
強烈な魔力が吹き込み、空間が震える。
〈ヴァルシア〉
「おぬしがレイセルじゃな! わらわが魔王ヴァルシアじゃ!」
声は若く、威圧感よりも勢いが勝っている。
〈ヴァルシア〉
「魂だけでふよふよされても邪魔なのじゃ!
どうせなら魔物として働くのじゃ! 人手不足なのじゃ!」
〈セレナ〉
「……魔王様、書類仕事はすべて私が──」
〈ヴァルシア〉
「うるさいのじゃ! 魔王は忙しいのじゃ!」
忙しいのはセレナの方だろう、と言いたいが、魂に口はない。
〈レイセル〉
「……俺、勇者だったんだが……魔王軍に……就職……?」
〈セレナ〉
「ではレイセル様。
魔物としての採用面接を始めさせていただきます」
セレナは静かに微笑んだ。
その表情は、どこか諦めと慣れが混ざっている。
こうして──
勇者だった俺の、魔王軍での第二の人生(?)が始まった。




