第4話 破滅を望んだ令嬢は推しに救われる
アルヴェール領館の応接室で、第三王子テオアルディは腕を組んで考えていた。
机の上には三通の密告書が並んでいる。
ヴェルディエ子爵家の人身売買。
バルメイン伯爵家の密売。
そして、アルヴェール子爵令嬢監禁の示唆。
――シア・テル
署名はすべて同じ。
どれも、内部の者でなければ知り得ない情報だった。
ヴェルディエ子爵家の悪行も、バルメイン伯爵家の悪行も、
すでに裏が取れ、王都の屋敷に査察が入った。
今は両家とも王宮の取調室に連行されている。
だが、テオアルディの思考は別の一点に引き寄せられていた。
(……シア・テル
アナスタシア・ヴェルディア。
彼女が書いたと見て間違いない)
テオは眉間に指を当てた。
(なのに、なぜ彼女は自分も共犯だという?
密告者が、自分を不利にする理由などない。
むしろ、彼女の証言は密告書と矛盾している)
最初の密告――ヴェルディエ子爵家の件。
隣国に流れている人身売買について、テオアルディ自身も独自に調べていたが、
どうしても核心にたどり着けなかった。
そこへ突然届いた〈シア・テル〉の密告。
その情報は、彼が掴めなかった点と点を見事に結びつけ、裏を取る決定打となった。
密告の内容を精査するため、子爵家の動向を洗ったとき、
ひとりだけ妙に行動の読めない人物がいた。
それが、アナスタシア・ヴェルディエ。
アルヴェール子爵令嬢から婚約者を奪った──と噂され、
その直後から派手な服を着はじめ、悪女と囁かれるようになった令嬢だ。
だが、実際に監視してみると、噂とはまるで違う姿が見えた。
例えば、図書館。
噂とは違い地味な服装で現れたアナスタシアは、
分厚い本を抱え、ページをめくりながらひとりで楽しそうに微笑んでいた。
(……悪女、ね。どこがだ)
また、派手好きな両親と行動を共にする姿も見ない。
ヴェルディア子爵家の使用人たちは彼女を悪く言わず、
アルヴェール子爵令嬢さえ、彼女を嫌っていない。
(噂と実像がまるで一致しない。
そして――この密告の精度。
彼女が〈シア・テル〉である可能性は高い)
それ以来、テオアルディはアナスタシアを
密告者の可能性がある人物として極秘に監視していた。
次に届いたのが、バルメイン伯爵家の密告。
署名も筆跡も同じ。
調べれば調べるほど、情報源はアナスタシア以外に考えられなかった。
(……自分の家を密告し、奪った婚約者の家まで密告する令嬢、か)
普通なら考えられない行動だ。
だが、その常識外れがむしろ興味を引く。
(……実に興味深い。ここまで徹底して動ける令嬢が他にいるか?)
そして、三通目――アルヴェール子爵令嬢監禁の示唆。
出張所の職員が、アナスタシアからの手紙だと証言した。
(……やはり、彼女だ)
一時間ほど前に、フィーナ嬢を見舞った際、
彼女は涙ながらに「アナスタシアを助けてください」と訴えてきた。
さらに、カルマン侯爵夫人マリーも面会を求めてきた。
『ニ家の悪行にアナスタシアは全く関与していません。
アルヴェール子爵令嬢に関しては、あの子は彼女を守ろうと必死に動いただけなんです。
どうか、正しいご判断をお願いします』
(アナスタシアは、アルヴェール子爵令嬢を救うために俺へ連絡をよこした。
そして……自分でも助けに向かった可能性が高い)
……なのに、本人は「自分も関与していた。共犯だ」と供述しているという。
密告者としての行動と、
表向きの態度があまりにも噛み合わない。
考えていても答えは出ない。
テオアルディは静かに息を吐き、椅子から立ち上がった。
(そろそろ、直接確かめるべきだな)
応接室を後にし、アナスタシアが待つ取調室へ向かった。
テオアルディが取調室に入ると、
アナスタシアは窓の外をじっと見つめて座っていた。
「やあ、待たせたね」
「………」
アナスタシアは無言でテオアルディを見つめた。
「単刀直入にきく。
アナスタシア・ヴェルディエ子爵令嬢。君が〈シア・テル〉なんだろう?」
アナスタシアは静かに言った。
「……私は罪を犯しました。私を罰してください」
テオアルディは眉をひそめた。
「質問に答えてくれないか。
ヴェルディエ家の不正を密告したのは君だよね?」
「……私が悪いのです」
「バルメイン家の悪行の密告も、
今回のフィーナ嬢監禁の密告もすべて君だろう?」
「……どうか、私を罰してください。
私は罰を受けるべき人間です」
テオアルディは机を叩いた。
怒りというより、理解できない焦りが滲む音だった。
「なぜだ……!
なぜ自分で密告しながら、自分で罪を被るんだ……!」
アナスタシアは静かに目を伏せた。
「……私も、家の罪と一緒に罰されるべきなんです」
「君の家の悪行は、君が生まれる前から行われてたんだ。君の責任じゃない」
「いいえ……そのお金で私は育ちました。誰かの苦しみの上に成り立った生活です。それは、消えない事実です」
アナスタシアはゆっくりと首を振ってつづけた。
「私は……生きていていい人間ではありません」
その言葉に、テオアルディの胸が鋭く痛んだ。
彼女の不可解な行動が、一本の線でつながった気がした。
そうか、彼女は、自分を罰するように動いていたのか。破滅を望んでいたのか――
同時に、胸の奥に沈めていた古傷が疼く。
(……自分と同じだ)
忘れたはずの記憶が、闇の底から浮かび上がる。
彼女を助けたい――
その思いが、自然に、強く、胸に満ちていった。
テオアルディはアナスタシアの前まで歩み寄ると、静かに、しかし確かな声で言った。
「じゃあ、生きていい理由をこれから一緒に探そう。
『生きていてはいけない』なんて言葉で、君を終わらせたくないんだ」
アナスタシアははっと驚き、紫の瞳が大きく揺れた。
(……その言葉は……)
テオアルディは続けた。
「これは、俺が友人から言われた言葉なんだ。
俺も……生きていてはいけないと思っていた時期がある。
自分なんかいない方がいいと、本気で思っていた」
彼はそっと目を伏せ、胸の奥にしまっていた真実を静かに吐き出す。
「そのときに、この言葉を言ってくれた友がいた。
その一言で、俺は救われた。
だから今、こうして生きている。
……まあ、その時はまだ、友人と呼べる間柄でもなかったけどね」
そしてアナスタシアをまっすぐに見つめた。
「だから――君にも、生きてほしい。
君の人生は……君が思っているほど、安くなんかない」
その声は、一人の人間としての、真っ直ぐな願いだった。
「あなたは、もしかして、閃光のハルなんですか?」
思いもよらない名を呼ばれて、テオアルディは一瞬瞬きをした。
「え?どうしてわかったの?」
「さきほどの言葉を新聞で読みました」
「ああ……一回だけ、口にしてしまったことがあったな。
あれは地方紙の小さな記事だったはずだけど」
「私は、ハル様の大ファンで……
少しでも噂を聞けば、そこまで足を運んでいました。
ハル様は私の希望だったのです」
「はは、それは光栄だね」
テオアルディは、ふっと口元を緩めた。
「だったら、僕たちは相思相愛だ」
「えっ?」
「僕は君のファンだからね」
アナスタシアがきょとんとしたまま固まっている。
その無防備な表情が、さっきまでの絶望を塗り替えるほど愛おしくて、
テオアルディは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(……今の顔、もっと見たいな)
彼はそっとアナスタシアの手に触れ、
まるで誓いを捧げるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「生きていい理由は、もう見つかったな。
君、ハルの大ファンなんだろ?
だったら……俺の隣の特等席は見逃せないだろ?」
アナスタシアは息を呑んだ。
その顔が、さっきまでの絶望とはまるで違う、
驚きと戸惑いと、ほんの少しの嬉しさが混ざり合って、
ゆっくりと色づいていく。
テオアルディは優しい顔で続けた。
「それにね……さっき、フィーナ嬢を見舞ったときに、彼女は君のことを必死に訴えていたよ。
『アナスタシアは私の大事な親友です。どうか助けてください』って」
アナの肩がわずかに揺れる。
「カルマン侯爵夫人も君のことをとても心配していたよ。君の家の使用人たちも、みんな君のことを想っている。君は生きて行かなきゃいけない人だよ」
」
アナの瞳が涙があふれる。
テオアルディは、両手でアナスタシアの手を包み込んだ。
「そして、君を一番救いたいと思っているのは、ハルじゃなくて俺なんだ。
だから……俺の隣で生きてくれ」
その言葉が胸に触れた瞬間、
アナスタシアの世界に、久しく忘れていた“光”が差し込んだ。
アナスタシアはもう涙を止められなかった。
でも、それは絶望の涙ではない。
胸の奥が温かく満たされていく、初めての感覚だった。
(……こんなに嬉しいと感じたのは、いつ以来だろう)
私は生きていい。
生きなきゃいけない。
――いや、生きたい。
その思いが、静かに、確かに、心の底から湧き上がる。
アナスタシアは震える指でテオアルディの手を握り返した。
その小さな動きが、彼女の初めての決意を語っていた。
fin.
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
『破滅を望んだ令嬢は推しに救われる』は、これにて完結となります。
番外編では、伝説のS級冒険者ライとハルが登場する予定です。
もしよければ、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。




