実家のリビング
うちの実家の話なのだが。
およそ40年ほど前、改築時に父が
「レコードをソファに座って聞きたい」
という要望でリビングをやたら広くして防音壁にしてオサレな板を壁に貼り、窓も二重構造。天井4隅にスピーカー。何故かスポットライト付き。
という30畳くらいのリビングルームを作った。
父はやたら広いリビングを無計画過ぎる無計画で作った割に仕事仕事で全くレコードも聞かず。
ソファに座って何かするという事もなかった。
テレビが置いてあったので私がお絵描きしながらテレビを見るだけの無駄空間が誕生した。
母が
「ろくに使いもしない癖に広過ぎて無駄過ぎる!誰が掃除すると思ってんねん!」
と、私が幼少期の頃はいつも掃除しながら怒っていたのを覚えている。
家を改築して5年目に転機が訪れた。
姉がピアノの先生に
「ピアノの先生にならない?ピアニストもいいわね」
と言われ。それを聞いた祖父が
「グランドピアノ買ったろ」
と言い出し、電子ピアノしか無かった我が家に突然グランドピアノが来る事になった。
母は大喜びで父の趣味の物をリビングから追い出した。
レコード、カセット、ステレオ機器、カメラ、本、コレクションの車のカタログ、ミニカー等は全て父の2畳の書斎へ。
代わりに無駄に広い防音設備バッチリなリビングにはグランドピアノ、楽譜を入れるガラス扉の本棚、3人掛けソファ、1人掛けソファ×2、ローテーブル、陶器で出来たフランス貴族っぽい人を模った置き物、花瓶に入った花、よく分からない大ぶりの花柄のカーペット。
ローテーブルの上にはレースが敷かれていた。
当時18世紀のフランス貴族やマリーアントワネットにハマっていた母の趣味に寄せたレッスンルームになった。
今思えば「母ちゃんサロンでも開くのかい?」と突っ込んでしまう様なリビングだった。
そのリビングで姉と私はピアノの練習と宿題をして育った。
しばらくして私はピアノを辞め、完全に姉のレッスンルームになった。
というわけでもない。
なんせ無駄に広過ぎなリビングだ。
高校で美術に進んだ私はその部屋で学校の課題をした。
「リビング広いからリビングで課題しよーっと」のレベルだ。
自宅なのだから当たり前だ。何の遠慮も無い。
今思えばピアノを弾いている姉の隣でイーゼルと椅子を持ち込んで絵を描いている姿は
「お前は宮廷画家か!?」
と字面だけ読むとツッコミそうになるのだが。
毛玉だらけの中学時代のジャージを着て絵を描く姿にツッコんでしまう事も無い。
何せ日常だ。
"今思えば"と前置きをしておきながら大した思いも無い。
ピアノを弾いている姉もスエットにパーカーやTシャツというモロ部屋着だ。
母のおフランスっぽい趣味のベルサイユ宮殿的リビングは、年頃の娘達の服装のおかげで一気に庶民で溢れるパレ・ロワイヤルとなった。
そんなパレ・ロワイヤルになってしまったリビングは30年程経ってどうなったか。
ピアノ教室になった。
ガラス扉の本棚は3回り程大きくなり、楽譜が満載。
筆記用具と音楽のテキストを置く棚。生徒さんを待っている間に親が読む漫画の本棚。楽器を収納する棚。オルガン。
母が揃えたソファのセットは姉の趣味の形のカジュアルなソファセットに変わり、陶器で出来たフランス貴族っぽい人の置き物は仏間の茶箪笥の上に置かれている。
いつの間にか我が家の18世紀のフランスは、フランス革命が始まり終わっていた。
ただ、リビングの空間に物凄い違和感を放ちながら、よく分からない大ぶりの花柄カーペットだけは母が大事に手入れをして今も足元を何となくフランスっぽくさせてくれている。
そんな姉が今月結婚する。
リビングに重鎮していたグランドピアノは姉と共に新居へと運ばれて行った。
今リビングは…父の趣味の革張りのロングソファと揃いのオッドマンが置かれ、50型のテレビが置いてある。
そして再び父の趣味の数々が置かれる事はなく。
広々としたリビングに小さな電子ピアノと少しの本棚、テレビとソファとローテーブル。
こじんまりとしたスッキリリビングとなっている。
相変わらず変わらないのは母が敷いたカーペットだけだ。




