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Ⅱー5 大学生は私鉄電車に飛び込んだ

Ⅱー5 大学生は私鉄電車に飛び込んだ


<最初の手紙5>

 その夏休みに、僕は満足していた。学校が始まるのも楽しみになっていた。

 昼の日射しを感じながら目を閉じて畳に寝転んでいると、樹木の青葉の緑や太陽の光が瞼の裏で飛び跳ねていた。風が頬をなでるように吹いていった。

 大学生と話すのは、もっと楽しかった。

 ところが、僕が祖父母のもとに帰る数日前に、大学生は近所を走る私鉄の電車に轢かれて死んだ。

 自殺だった。大学生は僕にさよならも言わなかった。

 義母が父に話すのを聞いていると、その何日か前から飛び込んだ線路の周辺がとてもきれいだと家族に話して、よく散歩をしていたという。

 僕は、大学生からその場所のことは聞いていた。ついていこうとすると、ダメだよと言った。しかし、その場所の話はしてくれた。

 草花が大学生を待ち構えていて咲きにおった。大学生が姿を見せると、みんな元気になった。笑い声が素敵だった、と呟いた。

 「花の中に妖精がいるって言うと、君は笑うかな。おばあさん妖精たちがいてね、とてもおしゃべりなんだ。一日中しゃべっている。けれども、私が話すときはね、彼女たちはどんな話でもじっくりと耳を澄まして聞いてくれる。私が辛くなると、この世界の秘密を私にもわからない言葉で歌ってくれる。気持ちが軽くなって、楽になるんだ。なんだ、こんなことかと思えてくるんだ。ときには、草花の色の秘密をこっそり教えてくれた。とても楽しいんだよ。あんなにキラキラと輝けるなんて」

 「ボクもそこへ行ってみたいな。連れてってくれませんか」

 「ごめんね、君には、まだ無理なんだよ。あの妖精のおばあさんたちは私にしか会ってくれないんだ。とても臆病なんだよ」

 大学生は、それ以上話してくれなかったし、その場所がどのあたりなのかも教えてくれなかった。

 算数の合間にたぶんヨーロッパの思想家や小説家の話だろうと思うが、いろいろな考え方があることを話してもらった。「愛」だとか「神」とか、「死」とか「真理」、いろいろなことばで僕の頭の中はいっぱいになった。

 僕に「大丈夫だよ」といった大学生は、大丈夫じゃなかったのか。コツを飲み込んでいたはずじゃなかったのか。

 明かりがともり続ける隣の家には夕方からたくさんの人が訪ねてきて、僕は落ち着かなかった。影のようにやってくる弔問者は小声で話したが、隣家から離れるにしたがって声は大きくなった。僕の耳にその話し声は聞こえてきた。

 「自殺ですってね。電車に飛び込んで、ばらばらですってね」

 明かりが影の形に揺れた。読経がやんで、あたりが暗くなると、義母が手伝いから帰ってきた。小さな声で、遺書があったらしいと父に話した。

 「詳しい内容は教えてくれなかったけど、何を考えていたんだかって、お母さん、ひどく辛そうだったわ」

 その遺書に書かれている言葉の一つひとつが、きらきらと輝く花々で満たされているように僕には感じられた。

 義母の話の断片から想像すると、算数の問題が解き終わったあとのぼんやりとしていた時間に、大学生が書き損じて破いた『日記』にある言葉と同じなのではないかという気がしていた。


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