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#009 転機

 到着した日から、すでに十日。何も掴めないまま、日数だけが過ぎていく。

 さすがに焦ってきた。けれど、だからといって無策に動けるわけでもない。

 探し当てた領主の館は思っていたより広く厳重で、軽い気持ちで近づけるような造りじゃなかった。

 そしてなにより当てが外れたのは、擬態にも限界があったことだ。


 まず、わたしの“核”は握りこぶし大で、目につかない小動物に擬態するには大きすぎる。

 かといって、偽ネズミのような“端末”をつくっても、離れすぎると魔力に戻ってしまい、どれだけ頑張っても維持するのはおよそ一部屋分の距離が限界だった。

 それでも館の浅い部分は探れたけれど、全体を探るというにはほど遠い。


 それじゃあ、と昼にミレイルの姿で情報を集めようとしても、ローブを羽織ったミイラのような包帯姿では、目立ちすぎて動きがとれない。


 だから今は、部屋で包帯を魔力に戻し、擬態の精度を保つ練習をしている。

 リシェラは、今はいない。

 初めてセイルと情報を交換したとき、「領主に挨拶に行ったが、こちらを気にも留めていないようだった」と言ったのを聞いてから、「なら、私にもできることがあるかもしれない」と言って、ちょくちょく街へ出ていっている。

 無茶はしないと約束したし、信じていないわけじゃない。

 けれど、やっぱり気にはなってしまう。

 ……だから、早く結果を出さないといけない。


 この部屋に、鏡はない。

 けれど、端末としてつくった偽ネズミの瞳に、ミレイルの姿を映すことで、鏡のように己の姿を見ることができる。

 白金に近い色の髪を長く伸ばし、人間だと二十歳前後に見える、長身で細身の女エルフ。

 顔立ちは、記憶にあるセラフィーナの雰囲気は残りつつも、村のエルフたちの情報も混ざっているからか、より平均的で、整った印象がある。


<<悔しいが、私より美人だな>>


 セラフィーナの記憶の残響が、からかうような感覚を伝えてきた。

 確かに、美少女とも美女とも言える人形のような顔だが、問題の本質はそこじゃない。

 晒した顔の肌を注意深く見てみるが、ヒビや崩れは確認できない。

 意識を集中できているかぎり、そういったことは起こらないのかもしれない。

 それでも、ふとした気の緩みでピシリ、とヒビが入るんじゃないか。

 そんな根拠のない恐怖が拭いきれない。


 本体である“核”が、この体にではなく腰に提げた剣にあるからだろうか。


 ――結局のところ、わたしの心の弱さの問題なのかもしれない。


 フードを脱いで露になった顔が、ふぅ、と憂鬱そうに溜息をつく。


 そこに、急に部屋の扉が勢いよく開かれて、焦ったようにセイルが飛びこんでくる。


「リシェラ、いるか! 貧民街近くで、君に似た“森の民”の子を見たとの話があったが……!」


 驚いたようなセイルと、視線が重なる――ミレイルの目と。

 偽ネズミの“端末”を、気づかれないうちに急いで魔力に還す。


「リシェラなら、外に出てる。……あの子、そんなところに?」

「……どうかな、教会の炊き出しで順番争いの小競り合いがあって、そのとき、最近“森の民”の子どもを近くで見かけた、って聞いたんだ。それで、急いで来てみたんだが……」

「無茶はしないと、約束はしてる……けど、心配だな」

「ああ……それより、その……すまない、いきなり入って……」


 うろたえた様子のセイルに、そういえば、顔を見られている、と自覚した。


「構わない、リシェラのことのほうが大事だ」

「だが、君の顔を……いや、呪いを受けたと聞いてたから、てっきり勝手に、もっとひどいと思ってて……その、思ってたよりずっと、きれいだな」


 セイルがわずかに恥ずかしがるように視線を逸らす。

 その反応に、むしろこちらのほうが冷静になった。


「見た目には影響はないからな。ああ、それから、ひとつ謝っておかないといけない。露出すると肌が痛む呪いを受けたと言ったが、あれは嘘だ」

「嘘!?」

「……というか、方便だな。正確には、感覚がおかしいだけで、常に痛むわけじゃない。とはいえ、初対面の相手にわざわざ説明するのも面倒だから、いつもはそう言っている」


 これもまた嘘だが、リシェラが同じ部屋で過ごすなかで、いつもミレイルの呪いを心配してくるから、そういうことにした。

 リシェラに言ったなら、ついでにセイルにも言っておくべきだろう。


「そうか……その、それはよかった」

「それはそれとして、顔を見られるのは、落ち着かない。一度外に出てもらえるか?」

「ああ! もちろんだ、すまなかった!」


 告げると、来たときと同じような凄まじい勢いでセイルは部屋から出ていった。

 図らずも、セイルの前では、顔を見せることができた。

 これは人としての進展、なのだろうか?

 いつものように、包帯を顔まわりに構成し、フードをかぶりながら、考える。


 セイルがすこし早めに来てしまったが、今日は情報を共有する日で、リシェラもそろそろ帰ってくるだろう。

 貧民街のことは、そのとき、直接聞いてみよう。

 そう考えをまとめて、もういいぞ、と部屋の外のセイルを招き入れた。



 それから、口数が減ったセイルとふたりきりになって、すこしだけ奇妙な間があったが、それほど時を置かずにリシェラが部屋へと帰ってきた。


「……無事でよかった。貧民街まわりでうろついてるって、セイルから聞いた」

「ああ、見られてたんだ。大丈夫、あとでちゃんと説明するから」


 問いを、軽い口調で受け流される。

 心配のしすぎなのだろうか。


「それで、セイルは何か収穫があった?」

「いや……やはり魔具関係では、教会は嫌われているからな。“碧玉”の過去の詳しい資料は取り寄せられたが、進展はない」

「ミレイルは?」

「……夜に館を探ってるけど、思ったより広くて警戒も厳しい。こちらも、進展なしだ」


 気まずい報告内容で、どうにも行き詰った空気感が漂う。

 そこでミレイルが、もじもじと自信なさげに切り出した。


「あのね、もしかしたら、的外れかもしれないけど……ちょっと気になることを見つけたの」

「……どういうことだ?」

「ほら、ここの子爵って魔具狂いだ、ってもともと有名じゃない? だから、同じ“森の民”の人たちから話を聞いて、この街で、魔具がどうやって領主のもとにいくかを調べてみたの」


 “碧玉”ではなく、魔具の流れを追う。

 しかも、街の“森の民”の人の繋がりを通して。

 わたしも、セイルもたどり着けなかった場所に、この子は辿り着いている。

 本当にいちばん力があるのは、わたしたちじゃなく、リシェラなのかもしれない。

 セイルも、信じられないといった風に目を丸くしている。


「だから、貧民街の近くにも行ったんだけど――みんなの話をまとめると、領主のもとに行く魔具はグレヴァース商会が扱っていて、律の曜日に、館の子爵に納めに行ってるみたい。これがわかったからって、“碧玉”のことがわかるわけじゃないんだけど……」

「いや、大きな情報だ。定期的に魔具を買い付けているのに、どこかに出している様子がない。ということは、やはり館に大きな保管場所があるんだろう。そんなに一ヶ所に集めても、意味はないはずなんだけどな」

「それって、なんで?」

「魔具は強力だが、そのぶん一度にひとつしか使えない。もちろん、交互に使うことはできるが、無理に複数使おうとしても、どっちにも拒まれるのがオチだ。だから皆、慎重に選んで使うんだ」


 今後その商会に、聖法典に反して手に入れた疑いが強い魔具が入ったら、調査を理由に館に踏みこめるかもしれない――そう続けるセイルを横目に、考えを整理する。


「今の段階で、踏みこむことはできないのか?」

「まだ、そこに“碧玉”がある確証がない。そもそも、俺たち“聖環の楯”の権限は、ここではあくまで例外なんだ」

「でも、それじゃあ……やっぱり、役に立たなかったってこと?」


 しゅんと項垂れるリシェラに、セイルは大きくかぶりを振った。


「それは違う! もうすこし、確信があれば……」


 セイルは言葉を切り、少し俯いた。

 まるで、自分自身の中に答えを探しているように。

 やがて、ぽつりと昔話を語りだす。


「……昔、見習いの頃、俺は怪しい商人を見つけた。荷に積まれていた魔具はすべて登録されてなかった。俺は止めるべきだと思ったが、そのときの上官は“聖法典に反してはいない”と判断して見逃した」

「……それで、どうなったの?」

「後で、近くの村で未登録魔具による事件が起きて……人が死んだ。俺はあのとき、もっと食い下がるべきだったんだ。もう、同じような後悔は、したくない」


 前には進めたが、あと一歩足りない。

 あと一歩というのは、領主の館に“碧玉”があるという確信。

 それを得る方法は――ある。わたしにしか、できないものが。


 わたしの焦りを追い越すように、リシェラは結果を出してみせた。

 ならば、わたしも変わらなければならない。


「……リシェラが集めてくれた情報で、思いついたことがある。これから数日留守にするが、その間は頼んだ」

「え? ちょっと、何を――」


 リシェラの驚く声を背に、わたしは扉を開けた。

 尋ねられても、今は答えられない。だから、足を止めない。

 素早く部屋を出て、足早に街にくりだす。

 光、環、剣、穂、瞑、律、黎――この世界の一巡りは、七つの“理”で刻まれる。

 今日が穂の曜日だから、律の曜日まではあと二日。


 宿を飛びだしたその足で、さらに歩いて通りからひと筋外れ、人気のない裏通りの目的地の扉をノックする。


「はいはい、ちょっと待ってくださいよ……お客様、ご用件は?」


 すこしの間の後、開かれた扉の先に、小太りで背の低い、いかにも商売人、といった風の老人の姿があった。

 いかにも小市民といった感じだが、その瞳だけは、蛇のように冷酷にこちらを見定めている。


「魔具を、売りに来た。未承認のだ」


 言って、腰に提げた“核”の収められた剣――わたしの本体をちらりと見せる。

 老人の目が、わずかに細まる。空気が変わる。


 これがどういう意味か、相手には通じたはず。

 わたしは、武器に“核”を置くかぎり、教会の騎士にすら魔具と誤認させることができる。

 ここは、グレヴァース商会。


 ――わたしは、じぶんの身を売りに来た。


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