#008 交差
グラシュフェルドが、交易の街と呼ばれていることは知っていた。
だが、それはつまり、それだけ出入りする者が多く、入るのに手間がかかるということ。
その現実が、実際に門の前に立って初めてわかった。
もっとも、これでも特別対応なのだろう――セイルが門番に聖印を見せて身分を名乗ると、わかるものを連れてきますと言われ、通常の列に並ばずに済んでいる。
「セイル、そういえば、教えてほしいんだが」
「なんだ?」
足止めされて、ただ待たされるだけの間に、ずっと気になっていたことを尋ねてみる。
「はじめて会ったとき、なんでわたしが魔具を持ってるってわかったんだ?」
「なんだ、そんなことか」
言ってから少し考え、まあ、隠してることでもないし、と口を開いた。
「俺たち教会の巡回騎士には、魔核や魔具核の位置を知ることができる専用の魔具が支給されてる。だから、隠しても意味がないんだ」
「それって、その魔具がすごいんであって、貴方の力じゃないでしょ」
誇らしげなセイルに、リシェラがすかさず指摘する。
それに、そうか、と平静を装いつつ、内心で冷や汗をかいていた。
当たり前だが、人間や森の民の体には魔物と違って“核”はない。
つまり、人の姿に擬態したときに剣に“核”を移してなければ、あの場で正体がばれていたかもしれない、ということだ。
<<これは、運がよかったな>>
そして、今後も正体がばれたくないのなら、すくなくとも教会の人間の前では、体には“核”を入れておかないほうがいい。
教会についてはセラフィーナも知らないことが多く、だからこそ気をつけないといけない。
気を張る一方で、セイルとリシェラはああだこうだと些細な言い争いを続けている。
ここまで来る旅のなかで、リシェラのセイルに対する態度は、ずいぶん警戒心が解けたものになっていた。
子どもにしては利発なリシェラと、不器用だが実直なセイルの性格の相性がよかったのもあるだろうし、それに、やはり寂しいのだろう。
そうこうするうちに門番が帰ってきて、その横には門番よりも質のいい服に金属の軽装を纏った衛兵の姿があった。
「申し訳ない、お待たせしました」
「いや、こちらこそ、突然の訪れで手間をかけた。改めて、ルミナ聖環騎士団“聖環の楯”の巡回騎士、セイル・ヴァルデリオだ」
「巡回騎士様! ということは、うちの街で何かあったので……?」
セイルはそれに、ひと呼吸、間を置いてから答える。
「いや、定期の巡回のついでだ。今のところ、“街に”何かあったわけじゃない」
噓ではない答え、ということだろう。
「それはよかった。……ところで、後ろのふたりの者たちは?」
「教会の案件に関わる、客人だ」
「罪人ではなく? 異族が、ですか?」
訝しげな顔をする衛兵に、セイルが鋭い視線を向ける。
「“森の民”もまた同じ神の民だ。お前は聖法典を軽んじるのか?」
「いえ! そんな、滅相もない」
「それに、教会の案件と言っただろう。これ以上の詮索は不要だ。通っていいか?」
「ええ、もちろんです! 失礼しました」
門のそばの通用口のような扉が開かれ、促されて街のなかへと入る。
では自分たちはこれで、と衛兵と門番がそそくさと離れていくのをよそに、セイルは不機嫌そうに足早に歩みを進める。
「……巡回騎士って、偉かったんですね」
「別に、偉いわけじゃない。あいつらが勝手に怖れてるだけだ」
リシェラのつぶやきを、セイルが拾う。
街なかは、いかにも交易で賑わっている街、といった感じだった。
通りには看板を提げた店が並び、さらには賑やかに露店まで広げられている。
道に満ちる人々も、多くが人間だが、それ以外の種族の姿もちらほらと見える。
「ミレイル、異族って、どういう意味なの?」
「人間が、ほかの種族を軽く見て呼ぶときの言葉だ。人とは異なる種族、ということだろう」
それに、あたりを興味深そうに眺めていたリシェラが、不満そうに眉をしかめた。
「なんで、わざわざそんな言い方するんだろ」
「俺たち巡回騎士を怖がるのと同じように、知らなくて怖いからだ。知っている者は、そんな呼び方はしない」
セイルが足を止めて振り返ってくる。
そのそばにはちょうど、“酒とベッド”を模した記号を看板にした店――つまり酒場兼宿屋の入り口があった。
「それじゃあ、ふたりはここで泊まってくれ。資金はしばらくは、これで足りるはずだ」
そう言って、じゃらりと中身の詰まった革袋を渡される。
「セイル、お前はどうするんだ?」
「俺は教会に泊まる場所がある。君たちを泊めることもできるが、勘ぐられるかもしれない。何日かに一度、夕食時にここに来るから、そのときにわかったことを交換しよう」
勘ぐられる――「だれに」とも「何が」とも言わなかったが、言わずともこの場にいる全員がわかっていた。
「それまでは?」
「それぞれが、できることをやるしかない。たぶん、そう簡単に尻尾は掴めないと思うが、まずは取り掛かることだ」
雑踏のざわめきのなかで、静かに燃えるセイルの瞳と視線が交差する。
「それじゃあ、気をつけて」
「そちらこそ、ミレイルもリシェラも、気をつけろ。俺には教会の立場があるから手は出せないだろうが、君たちは、その……違うから」
「……わかりました。ありがとう、セイル」
「それでは。君たちに聖環の加護があらんことを」
去っていくセイルの背に、すこしの名残惜しさを感じてしまう。
それはきっと、ここがすでに敵地だからなんだろう。
これから先は、セイルに頼るわけにはいかない。
そう決意を新たにして、共に残されたリシェラの手を引いて、宿の扉を開いた。
もともと、街の宿屋を借りるような人種は冒険者や訳ありの流れ者が多く、流れ者には人以外の種族も多い。
だからか、それほど奇異の目で見られることもなく、セラフィーナの記憶を通して手慣れたふうに、宿の一室を借りることができた。
お世辞にも豪華とは言えないが、壁と床とひとつの寝床、それに簡素な鍵付き収納箱はいちおう揃っている。
「やっぱり、ミレイルはすごいね。わたし、何もできないのに」
「冒険者だからな。慣れてるだけだ」
それも、本当はセラフィーナが慣れていたというだけ。
借り物の力を褒められて、心にすこし後ろ暗い気持ちの影が落ちる。
「これから私たち、どうしよう?」
「セイルが言ってたように、できることをやるしかない。目的は、“リュナハルの碧玉”の在り処を突き止めること。だから、しばらく直接子爵の――領主の館を探ろうと思う」
「直接って、危なくないの!?」
「……まあ、わたしは、冒険者としてそれなりに場数は踏んでる。隠れて目立たないようにやれれば、大丈夫なはずだ」
これは嘘で、セラフィーナは戦闘が得意なタイプの冒険者で、偵察は不得意だった。
けれども、幸いなことにこの体は擬態で、やろうと思えば人の形を捨てることができる。
その力を使えば、ある程度うまくやれるだろう。
「それじゃあ、わたしは――」
「リシェラは、ここで待っていてほしい」
森と街では勝手が違うし、擬態を変えるところを見られるわけにもいかない。
そういうつもりだった。
「それって、わたしは何もできない、ってこと?」
けれどもそれを聞いたリシェラは、手を強く握りしめて、俯いた。
「いや、そういうつもりじゃ――」
「わかってる! ミレイルもセイルも、そんなつもりないって。でも、このままだとわたし、また、みんなに護られるばっかりで……悔しいよ」
それは違う、と言いたかった。
何もできなくても、前に進もうとしたその決意が、今に繋がっている。
……けれど、この想いは今は届かないだろう。
<<確かに、今、この子には力がないのは事実だ。それをわかってしまえるだけに、気持ちが治まらないんだろう>>
わたしが生きてたら、抱きしめてやるんだがな。
そんな情念が伝わってくるが、わたしは、セラフィーナにはなれない。
「……ごめんなさい。わかってる。でも、考えちゃうの。守られて生き残ったわたしが、この街にいる意味を」
迷い、なにも言えないうちに、リシェラはその激情をしまってしまった。
「正直に言って、この街でリシェラに何ができるかは、わからない。そもそも、わたしだって本当に“できること”があるのかは、まだわからないんだ」
だから、セラフィーナではなく、ミレイルとしての正直な答えを届ける。
「けど、門番と騎士の役割が違うように、どっちが偉いとかではなく、わたしとリシェラの役割も違うはずだ。だから、うまく言えないが、わたしはリシェラがここにいる意味は、あるんだと思う」
「……わかった。わたしも、ここにいる意味を見つけたい。だから、できることを探してみる」
それが通じたのか、ただのやせ我慢かはわからない。
けれども、少なくとも今は、リシェラは前を向くことができた。
だったら、わたしもできることをしなければ。
窓の外には人々に満ちた往来が見下ろせて、さらにその先のどこかには、領主の館がある。
今夜から動き出す。
“碧玉”の在り処さえわかれば、道は開ける。
セイルの厚意も、リシェラの想いも、無駄にはしない。