#012 対峙
魔具に満ちた収蔵庫のなかで、唯一この場を支配する者であるかのように、子爵はゆっくりと歩みを進めてくる。
それに対し、セイルは剣の柄に手をあて身構えて、リシェラはセイルの後ろへと慌てて走る。
わたしもまた、ゆっくりと立ち位置をセイルの隣へと移し、柄に手をあてる。
「……待ち伏せたのか?」
子爵はその問いに、いかにも可笑しそうに嗤った。
「フン、そう思うか? だが、あいにく私はそこまで暇ではない。今日、仕入れたはずの魔具がひとつ、なくなっていた――そして、それ以外は、おかしいほどに何も異常なかった。だから念のために、この場所への入口に、これを隠して仕掛けておいた」
言いながら左手を掲げて、その中指に嵌まった鈍色の指輪を見せつけてくる。
「“監知の眼”という魔具だ。対の指輪に何かが近づいたら知らせてくれる。納得したか?」
いかにも小馬鹿にしたような顔で、悠々とこちらを見定めるような視線を向けてくる。
「女、お前の腰にあるのは、メレアンが言ってた『変わり種』だな? どうやってこの場から回収したのか、本当はどういう能力なのか、とても興味深い……是非、欲しいものだな」
この期に及んでさえ、人よりも魔具に執着している。
そのことに、何とも言えないおぞましさを感じる。
「それに、お前は……以前挨拶に来た、巡回騎士だったか? さて、なんで招いてもいない我が館の奥地にいるのか、説明を願えるか?」
セイルは構えを解かず、そのまま堂々と口を開く。
「バルクス・エルグレイド子爵。非礼は詫びるが、貴公には聖法典に反した複数の疑いがあり、少なくともそのうち一件、“リュナハルの碧玉”の強奪については、今、明白な違反が確認された。その意味はわかるな?」
「リュナハル? ああ、あの耳長の……となると、そこのふたりが証人、というわけか」
子爵は、芝居がかかった仕草で首を振ると、犬でも追い払うように手を振った。
「なら、その魔具は持って帰ってもいいぞ。私には何の力も示さない、要らぬ魔具だったからな」
「要らないって、そのために、村のみんなを……!」
リシェラが怒りを目に浮かべ、堪えきれない悔しさに声を詰まらせる。
「それは悪かった。だが、要らぬものは要らん。私が求めるのは“魔具”ではなく“力”なのだから」
「……それは、罪を認めるということでいいのか?」
どこまでもふてぶてしい子爵の態度に、さすがにセイルも苛立ちを隠せないようだった。
「罪……か。力を求めるのは罪か? 我が家は、元は吹けば飛ぶような男爵家だった。だが、この私が! 軍功を挙げ、王から爵位も領地も賜った。魔具は力だ――力こそが、国を動かし、正義を定める。私のように国に貢献する者が、教会の身勝手な法の前では“罪人”だ! 馬鹿げているとは思わんか!?」
「力ある者には、それを正しく振るう責任がある。そのために聖法典があり、俺たち巡回騎士がいる」
「だから教会の犬だと言うのだ、世間知らずの小僧が! 借り物の正義で私を裁こうなど、烏滸がましいわ!」
「たとえ俺の正義が借り物だとしても! その力の犠牲になる者を救えるなら、俺は構わない!!」
セイルは剣を抜き、その先を子爵へと突きつける――明らかな、最後通告だ。
「ルミナ聖環騎士団“聖環の楯”の巡回騎士、セイル・ヴァルデリオの名において宣告する。貴公は、魔具強奪の罪により、教会の裁きを待たなければならない。大人しく従うならば、それでよし。抵抗するなら――拘束する」
子爵はそれを聞いて、大きく顔を歪めた。
「なるほど、なるほど。貴様らの目的と主張はわかったよ。……ところで、なんで私が、これだけ親切に貴様らと長話をしてやったと思う?」
「……なんだと?」
「それは、今、私が置かれている状況を正しく知るためだ。これだけ待っても動きがないということは、貴様ら、ほかに仲間はいないな? それに、知っているぞ。貴様らが人を裁くには、証人と証拠と、それらを認める騎士が必要だということを」
言いながら、子爵は今度は右手を持ち上げる。
掲げられたその手には、まるで鋼に鮮血を吸わせたかのような、不気味に輝く紅い籠手が嵌められていた。
「であれば、証人と証拠と騎士が、すべてまとめて消えてしまえば、問題ないわけだ。――炎壁よ!」
声と同時、唯一の脱出路の隠し扉の前に、激しい炎の壁が立ち上がった。
通り抜けようとしたものすべてを燃やし尽くそうとうねる、荒れ狂う焔。
既存の魔術ではありえない、魔具の力。
「さあ、逃げ場はなくなった。大口を叩いた貴様の力を見せてもらおうか!」
「抵抗を選ぶか! ならば聖環の名のもとに、俺の務めを執行する――聖刃よ!」
熟練を感じさせる淀みない動きで子爵は槍斧を両手で構え、セイルはそれに対抗して、剣に穢れない白を纏わせた。
完全に臨戦態勢となったセイルの横で、わたしもまた、子爵へと己の剣を向ける。
「……すまない、甘かった。わたしのせいでこんな状況に」
「気にするな。どうせぶつかる相手だった。それより、勝つぞ」
セイルの眼差しは、ただ一点、敵を見据えていた。
一度だけ、リシェラのほうを振り返る。
怯えながらも、まっすぐにこちらを見つめ返す少女。
守らなければならない理由が、そこにあった。
わたしの見込みの甘さが、この危機を招いた。
ならば――この危機を越えるのは、わたしの責任だ。
わたしの力は、誰かを守るためにある。
命を賭けた戦いが、火蓋を切る。
逃げ場のないこの空間で、勝利だけが唯一の出口だった。