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Cross Edges  作者: 神衣舞
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END to START

「長、これが今日の分です」

「ああ」


 老魔術師の運んできた書類を素直に受け取るフウザー。


「……いかがなさいました?」


 素直なのは喜ばしいことではあるが、前歴がある分疑わしいと思考が巡る。

 しかし、


「んー。

 張り合いがなくてねー」


 頬づえをついて気のない返事。

 書類を読む速度はそれでも圧巻である。

 無駄な抵抗せずに普段からこうやっていれば負担も減るとこの男は気付いているのだろうか?


「……あの娘がいませんね」

「実はロリコン?」

「昨日の一件にて中心人物と聞いておりますが?」


 清々しいまでに無視。


「誰が悪いといえば、責任を取れるのは確かに彼女だけだろうけど。

 今は僕預かりだからね。解任決議でも採るかい?」

「長には特別講義を30単位持ってもらうということで決定しております。

 これがスケジュールです」

「それ待ってっ!?」


 無慈悲に出されるスケジュール表には悪夢のような分刻みスケジュールが刻まれている。


「なお、ルーンナイト候補生の強化講習なので、……今年は全員男性です。

 あしからず」

「追い討ちっ!?

 追い討ちですかっ!?」

「では、早速」


 ぱんと手を叩けば、三人の男ががっしりとフウザーの手を掴む。

 恐ろしいことにその手には魔力を嫌うコボルト銀の手甲が填められていた。


「連行してください」

「連行って何っ!?

 建前すらなしですかっ!?」


 無慈悲な執行人達は黙々と大魔法使いを連れ去っていく。

 朗らかな日差しだけが部屋に、粛々と降り注ぐ。




 何を祈るのだろうと、独白。

 荘厳なる聖堂の片隅。

 少女は白い思考で何も見ない。

 神という言葉が疎ましく、神という言葉が疑念と欺瞞に満ちる。

 なぜそこにあって、嘲うのか?

 問いて響く言葉もなく、空虚は空虚という残響にて傷跡を疼かせ続ける。

 かつて愛した者は神と対極と言われる存在だった。

 蹲り、膝を抱え、蹲る。

 最後の光景。

 全てが崩壊する中でささやかれた言葉。

 歪んだ純粋な言葉。

 耳朶に残る残響が、胸を掻き毟りたい衝動を喚起する。

 孤独故に求め、求める故に歪み────────

 閃光のような一年間。

 親友とともに笑い、傷つき、それでも想う未来を描くために歩き続けた日々。

 たとえ掌の上での愚かしい遊戯だったとしても、その心は満たされていたと今でも言える。

 ただ、その結果はどうか。

 時の果てに一人取り残された自分は一体何をしているのだろうか?

 失った過去はすでに手の届かぬ場所にあり、幸せを信じた友は闇の中を彷徨ったと知る。

 気弱で真っ直ぐだった騎士の少年も、いつも明るく、健気だった少女も。

 知らねば良かった、出会わねば良かったと脳裏に過ぎる。

 例えば自分ひとりであれば、その痛みは自分だけのものだったのか?

 帰らぬIFを問うても、現実という刃に触れるだけ。

 その先に至るのは、夢想という魂の自撫。

 刃の林を走りぬけ、結果として得られるのは傷だらけの心と悔恨。

 心を持たぬ、心を知らぬ暗殺者が立っている。

 この痛みがほしいと微笑む。

 くれてやれるものならくれてやろう。

 こんな痛みはいらない。

 こんな痛みは知りたくない。

 零れる涙は床を濡らし、けれども誰も気付かない。

 声なく泣く少女を誰一人知らず、人の導き手たる神は伸ばす手を持ち得ない。

 この場所に至る神は知を否定する者に微笑むことは許されないのだから。

 無知なる姫であれば、偽りの幸せの中で終われたのだから。

 

 不意に、G-スラが首にまとわりついてくる。

 そうして押し当てられた妙な感触に手が触れると、それはあの男が握っていた宝石。


「ぬし……これをどこで……」


 映像が脳裏に浮かび、差し出された手が誰の物かと知る。


「っく!」


 激情に支配され壁に叩きつけようとして、止まる。

 そのまま、金縛りから融けたように胸に抱き、嗚咽。

 静寂をかき乱すその声を誰一人聞かなかったのは、いかな理由か─────

 物言わぬ魔法生物だけが、佇む。




「恨まれたな」

「はわぁ、そうですねぇ」


 苦笑を浮かべ、少女は空を見上げる。


「いいの?」

「ええ、そういう役目です。

 でもちょっと寂しいです。

 姫様に嫌われっぱなしというのは」


 肩を落とし触れる床は、実は天井。

 聖堂の屋根に腰掛ける不敬者はその実が魔族なのだからある意味正しいのか。


「あなたは一番傷つかぬ方法を選んだだけよ」

「もっと良い方法があったかもしれませんねぇ」

「最善は結果の後に思いつくものだもの」


 クールな言葉に苦笑を濃くする。


「あなたの手腕見事だと評価するわ。


 ファルスアレンの形跡を根絶するために、十三系統魔法を偽りの太陽を消さぬためと封じた。

 そしてファルスアレンを深く知るものを暗殺者の手にかけた」


「姫様は目覚めるべく時に目覚めると知っていましたから。

 それを害すれば、あの方の逆鱗に触れますわぁ」

「そしてあの方が望めば世界は必ず『敗北』する。

 多集合意識故に、あの方へ全ての者が『敵意』を持たないのは無理だから」

「『敵意』があれば、あの方は必ず『勝利』しますからね」


 はふ、と息付き傍らに立つ女性を見上げる。


「人間は凄いです。

 個体性能じゃおよびもつかない魔族相手に戦ってのけるんですよ?」

「でも、同時に愚かよ」

「人間としての意見ですか?」


 問いに返事はない。

 黒髪が柔らかい風になびいた。


「まぁ、姫様にはもう少しへこんでてもらいましょう。

 最近張り切りすぎですし」

「そう言う問題なのかは疑問だな」

「そうですかぁ?」


 小首をかしげながら立ち上がるとメイド服の埃を掃う。


「アーネさんはこれからどちらへ?」

「ファルスアレン跡をもう一度調査する」

「あの方の、ですか?」


 声には意外と含まれ、アーネは首肯。


「あの方にとって100年程度誤差でしかない。

 その内に姫様が天寿を全うされればよいのだ」

「それ、人間っぽくない考えですよお?」


 くすくすと洩れる声に黒髪の女性は「違いない」と零す。


「そもそも私はすでにお前の眷属だ。

 人との境は越えている」

「メリルさんと同じ、私の眷属となった貴女は力を得た。

 『不死』の一部を、ですか?」

「今更だな」


 長い時を共に生きた二人は互いに肩を竦める。

 アーネはクールに、ミスカはコミカルに。


「もうしばらく姫様はルーンに滞在なさるでしょうし、アフターケアはお任せしますわぁ」

「ああ、適当にやっておく。

 あの人はそんなに弱くはないからな」

「あら、女の子なのですよ?」


 茶化すような言葉に失笑。


「そうだった」

「それに、マイルフィックとかいうのもうろついてるらしいですから。

 よろしくお願いしますねぇ」

「それに関しては具現魔法が使える私の方が有効だろうな」


 アーネはウィングスと呪文を口ずさむとふわり宙に舞う。


「私とてもはや頭を吹き飛ばされた位では死なぬ身だ。

 姫がルーンにいる間は何とかしよう」


 あの男も要る事だしなと苦笑し、魔力を操作。


「ではまたな、ミスカ」

「はい。

 ルフェルナ・ヴァン・アーネさん」


 フルネームを呼ばれ、失笑。

 ふわりと下に降りていく女性を見送り、しばらくその後姿を見送っていた少女は精神体だけを飛ばして聖堂の中を覗き見る。

 そこには泣き疲れたのか。片隅で蹲り、丸くなっている少女の姿がある。

 あとでアーネに見つけさせようと思い、この神殿に溜まる魔力をすこし借用。


「模倣 具現魔法 空間魔法 陽光」


 暖かい空気が流れ込んだのを察知したか、緑饅頭がぴょんぴょんと跳ねる。

 これで風邪を引くことはないだろう。


「では、姫様。

 願わくば良い夢を」


 人を敬愛する魔族、ミスカは誰にも見られず優雅に一礼すると姿を虚ろに消え去った。




 ステンドガラスから漏れ落ちる色が、緩やかな映像を結ぶ下で。

 奇異な運命と闇の祝福に彩られた少女は、静かに寝息を立てていた。

 いずれ来る時に彼女は再び己の力で立ち向かうだろうから。




 そうして私は夢を見る。

 色のない世界で夢を見る。

 右手は黒き血に染まり、左手は誰かの涙で濡れる。

 宿命も宿業も我知らず、ただ刹那の凶刃ぞ我が姿なり。


 どんな夢を見たかは忘れた。

 酷く物語りじみて、それに対して己はなんと述べればよいのか、分からぬままに覚醒する。

 かすかに思い出されるのは、彼女だろう。

 私が最後に心の底から愛せた女性。彼女は私の手の中に居る。

 溢れ返る赤き色が、私の世界に色を齎す。

 溢れ返る朱き香りが、私の世界に色を齎す。

 その手で抱いた命の感触。

 私は彼女の夢を見たのだと、確信なく思う。

 夢など見たのは初めてだ。

 ここはどこかと見渡せば、どうやらどこかの一室のようだ。

 記憶を反芻。

 そう、殺人聖者の歌を回想。

 ルーンシティでの問いかけを思い出す。

 私はどうなったのか?

 ない記憶は答えない。だから周囲に問い掛ける。


「ここはミルヴィアネス領、アスカ要塞です」


 声。

 私は止まれない。

 笑顔という、吟遊詩人という鞘がない。

 ただ、何故か自分の刃はそこにあった。

 だから問おう。

 揺るがぬ一閃が骨を肉を問わず引き裂き、蹂躙する。

 静寂を伴う赤き問いかけ。


「ご気分はどうですか? ファムさん」


 その応じは穏やか過ぎる声。

 取り戻せた視界に映るのは、血に塗れながら微笑む少女。


「お久しぶりです」


 記憶を探れば確かミルヴィアネス公の傍にいたメイドだと気付く。

 深く切り裂かれた胸元から噴出す血潮をカケラも厭わず、彼女は私に言葉をかける。


「あなたにはしばらくここで暮らしてもらいます」


 刃が問う。何故だ?

 吟遊詩人の声はなく、己を浸らす楽器もなく、刃がそこにある以上、私はそれで問うしかない。

 深き日を思い出す。

 彼女の悔恨を思い出す。

 どうして自分はこうして問う?

 どうして自分は口を開かない?


「落ち着いてください。ノイズさん。

 貴方は貴方で居られるはずです」


 歪む声。苦痛はそこにある。

 問いかけは届いているのに、応えは返り続ける。


「ご苦労様です。ノイズさん。

 これからは私の償い。

 貴方の声を私は聞き続けますわぁ」


 差し出される手を切り刻み、落ちた手は霞と消える。

 痛みを告げる呻きの先で、左手がアサシンを捕まえる。


「時間はあります。

 ゆっくりと、こちらがわに来てくださいね」


 問いに問いは返らず、言葉だけが己が体に降り注ぐ。

 右手は無数に繰り出され、苦痛の呻きは無数に返り。

 それでも微笑みと、声は降り注ぐ。

 不死たるミスカのみが見せかけの微笑みと、氷の隔壁の奥に秘められた心を探りだせると。


「それまで、ゆるりお付き合いいたしますわぁ」


 差し込む光の中。

 無数の赤が散る中。

 一つの終わりと、いつかの始まりが

 ゆっくりと始まろうとしていた。

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