6
「魔王オレガノ! さあ来い! 自分を楽しませてくれ!」
力が満ちあふれる魔王オレガノの姿を前に、エリュプが両手を大きく横に広げ喜びに満ちた笑みを見せる。まるで大好きな人に胸に飛び込んできてと、懇願するかのような恰好を見せるエリュプの笑顔が拳で歪む。
一瞬にして移動した魔王オレガノの拳がエリュプの横っ面に食い込み、顔面を変形させてぶっ飛ばす。
ダンジョンの壁を砕きめり込むエリュプを、追いついた魔王オレガノが掴むと強引に引っ張り出して空中に投げる。
高速で飛んでいくエリュプを待つのは、ドラゴンの姿になったシラントロの巨大な拳。
両手を組んで振り下ろし飛んできたエリュプを地面に叩きつけるとバウンドしたところを魔王オレガノが蹴り飛ばす。
翼を広げ飛び回り込んだシラントロが両手を組んだ腕で、野球のバッターのような構えで待つと飛んできたエリュプをかっ飛ばす。
再び空中に飛んだエリュプを先に空中に先回りした魔王オレガノが腕を組んだまま、かかと落としで決め地面に叩きつける。
「ま、待て! まだ本気を!」
激しく叩きつけられたエリュプが追撃に来たシラントロの落下しながらの蹴りを転がって避けると、必死に訴えかける。
だが、飛んできた複数のナイフがエリュプに突き刺さると鮮血と共に魔力を宙に吐き出す。
「おい! 待て!」
慌てるエリュプの周りを、転送されて来た様々な種類のガーゴイルたちが舞う。
彼らはナイフの持ち手についていた糸をくちばしで摘まむと、エリュプの周りを飛び回る。一斉に飛ぶガーゴイルの群れは規則正しく飛び交差し、糸を編んでいく。
エリュプを拘束する呪縛の鎖や鉄球が外れないように丁寧に、そして思いを込めて。
「くそ! このザコが! うっとうしい!」
糸に絡まれ、動きが鈍くなるエリュプが虫を払うように手を振り回すが、ガーゴイルたちは一心不乱に糸を編んでいく。
「エリュプとやら、お前はこの者たちを覚えておるかえ?」
恐怖に耐え潤んだ瞳で必死に睨むオレガノの問いに、エリュプが一瞬飛び回るガーゴイルたちを見るがすぐに馬鹿にした乾いた笑いをする。
「覚えているかだと? 馬鹿にするな、こんな石ころの鳥どもなんぞ覚えるわけがないだろう」
「この者たちは、お前が破壊してきた北と西の魔王城にいた者たちじゃ! 村や城を襲ったとき逃げまとうガーゴイルや魔族たちを遊びながら命を奪ったと聞いておるのじゃぞ! ザコや害虫だのと馬鹿にして残酷に命を弄んだのを知っているのじゃ! お前はそうやって馬鹿にしてきた者たちに足もとをすくわれ、負けるのじゃ!」
「負ける? 馬鹿を言うな! 俺はまだ本気を出していない! 負けてはない!」
怒鳴るエリュプが立ち上がるが、ガーゴイルが編んだ糸にバランスを崩しよろける。
「この糸、呪縛の鎖と同じ素材なのか⁉」
糸が色を変化させ自分の魔力を吸い上げていることに気がつき目を見開く。それと同時に魔王オレガノの拳がエリュプの腹にめり込みぶっ飛ばしてしまう。
壁にめり込んだエリュプにさらに小さなナイフが突き刺さり追撃を加えられたところでエリュプの左胸に槍が刺さる。
「心臓を貫こうとしたが、抵抗するとはさすがだな」
人型になったシラントロがエリュプの胸に刺さった槍をグッと押すが、それ以上穂先は進まずエリュプとシラントロが睨み合う。
「くっ、卑怯な魔族め。まだ本気を出していないと言っただろう」
「卑怯? 知ったことか。最初っから本気を出していれば勝てたのかもしれんが、そんなのは出していないお前が悪い」
「世界はザコであふれている。だから自らを縛り同じ土俵に立っていたのだ。そうしないと楽しめないからな。だがこうして本気を出せる相手が見つかったのだ! 今こそ封印を解くときなのだ! 自分に全力を出させろ!」
冷めた目で言い放つシラントロにエリュプが反論するが、オレガノとシラントロが目を合わせると鼻で笑い、やがて大きな口を開けて笑い始める。
「ぬはははははっ!」
「くっははははは!」
オレガノとシラントロの笑い声が重なる。
「お前はとんでもない愚か者なのじゃ。余たちはいつも本気なのじゃぞ」
「本気を出してないだ? 自分を縛るだ? そんなのこっちの知ったことではない。本気を出せる状態にないお前が悪い。それこそ弱者の戯言ではないか」
馬鹿にした2人の魔王の笑いにエリュプが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「愚か者だと! ふざけるな! 本気を出していない相手に勝って嬉しいか! ああ? だからお前ら魔族は卑怯で汚い生き物なのだ! 恥をしれ! 恥を!」
「なんとでも言えばいいのじゃ」
「だな、私たちをけなせばけなすほど、自分の価値を下げているだけだと気づかない愚か者にかける言葉などないからな」
ぬはははと笑うオレガノの操る魔王オレガノと、呆れながら哀れみの目で見るシラントロが同時に構える。
「卑怯で汚い余たちに負ける気分を聞きたいものじゃ」
「どうせ言い訳ばかりだろう。まだ本気を出してないってな」
オレガノの魔力を込めた拳とシラントロの燃え盛る槍が同時に放たれると、エリュプは血反吐を吐きながらぶっ飛んで壁に深くめり込んでしまう。
それと同時にポンと白い煙が上がり魔王オレガノが消える。
「丁度時間切れなのじゃ。ところで、ナツメグとフェネル、背中が痛いのじゃ」
「も、申しわけありません!」
「申し訳ございません!」
箱を抱えるオレガノの背中の服をぎゅっと握っていたナツメグとフェネルが慌てて手を放して頭をペコペコと下げる。
「おい、オレガノ。あいつまだ生きてるぞ」
「うむぅ……シラントロのブレスでどうにかなりそうかえ?」
「ブレス系はアンカーショットの機能を損なう可能性があるんだろ? 万が一という可能性もあるしな」
大きく空いた穴の先でブツブツ呟くエリュプを見たオレガノとシラントロが腕を組んで考え込んでいるところに、クミンが降り立つ。
「……ダンジョン・コンプレッション発動です。避難しましょう」
もの凄く冷たい表情でクミンが告げる。
「ローリエからの報告で、対象であるエリュプの魔力量がある一定値から下がらなくなったそうです。むしろ、僅かですが上昇しているそうなのでここで潰します」
「凄く悲しそうだな。大丈夫か?」
表情を変えずに淡々と報告するクミンの変化を感じ取ったシラントロが尋ねると、一転クミンがガクッと肩を落とす。
「ええ……あんまり大丈夫じゃないかもしれませんけど、大丈夫です……へへ、へへへ……」
暗い表情のクミンが乾いた笑いをするのを見てシラントロが心配する。そんな気遣うシラントロの後ろからやってきたオレガノが、クミンのスカートを引っ張る。
「クミン! あれじゃ! あの決め台詞を言うのじゃ?」
「あん? 決め台詞? なんですそれ?」
若干言葉遣いが悪くなるクミンが死んだ魚の目をして、ぴょんぴょん跳ねるオレガノを見る。
「あれじゃよ! あれ! うちの借金と共に散るがいい! ってやつじゃ」
「あれは決め台詞ではありません! どこの世に借金を決め台詞にする人がいますか!」
怒るクミンをオレガノがぴっと指さし責めるが、思わぬところからした声にクミンは言葉を飲み込んでしまう。
「私も見てみたいな。それ」
オレガノの意見に乗っかかり、さらにシラントロがクミンをじっと見て追い打ちをかける。
「「クミンさん。本当に申し訳ないんですが、時間がなさそうです。対象者の魔力値確実に上昇しています。早く帰ってきてもらえますか」
耳にかけたイヤホンから申し訳なさそうなローリエの声が聞こえてクミンは大きなため息をつき、壁にめり込んだまま座り込んでいるエリュプを指さす。
「このダンジョン建設費諸々こみこみで34億! で、ドラゴンとかもろもろリスポーンしたせいでもっとたくさんある! それら全てうちの借金として無事に計上される予定! よーーーーくっ噛みしめて、うちの借金と共に散るがいい! ……ああ自分で言ってて腹立ってきたぁ!」
イライラして地団駄を踏むクミンにオレガノとシラントロが拍手する。
途中まで一緒に拍手をしていたナツメグとフェネルのイヤホンから、ローリエの「急いでください」と呆れた声が聞こえ二人は慌ててそれぞれのカギを取り出すと、カギを折る。
光に包まれたオレガノとクミンたちはダンジョンから消え去る。
1人残されたエリュプは、震える手をゆっくりと動かし自分を縛る鎖を握る。
「まだ……まだ本気を出してない。負けてない……本気を、本気を出せばあんなヤツら一瞬で倒せる。そうだ、自分はまだ負けていない。本気を……本気を出させろよ……」
そう呟き鎖を持つ手に力をグッと入れ目をカッと見開いたエリュプが叫ぶ。
「本気を出さっ━━
この世から消え去ったダンジョンの圧縮と共に、エリュプの声は広がることもなく存在ごと押しつぶされ消えてしまう。




