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協定宣言を受けてぴょんぴょん跳ねて喜ぶオレガノを、シラントロは目を点にして見ている。
「オレガノ……なんというか可愛らしくなったものだな。その幼い姿に性格が引っ張られているとかそういうことなのか?」
両手を上げて嬉しそうに跳ねるオレガノを、今度は困惑しながらも興味津々に見ているシラントロにアンジェリカが話しかける。
「シラントロ様、協定を結ぶにあたって私たちの方からは、ここまで得た勇者の情報と戦闘データーを開示します」
「うむ、ならば私たちからは戦える者を貸そう。と言っても勇者どもは最後に残った私の場所に来る可能性が高いゆえ多くは割けないが」
「いいえ、せっかくの申し出を断るのは心苦しいのですが、戦闘はダンジョン由来の者で構成するので大丈夫です。こういってはなんですが、勇者を分断し各個撃破が目的ですので、シラントロ様の国で勇者を引きつけてくれると助かるのですが」
「ほう……それは私に囮になれということか」
アンジェリカの言葉にシラントロが眉をひそめる。空気がピリッとし、心なしか温度が上がったかのようにも感じてしまう空気に皆が緊張した面持ちへと変わる。
「その通りなのじゃシラントロ! 囮になってほしいのじゃ」
そんな空気を物ともせずオレガノがシラントロに言い放つ言葉はオブラートに全く包まれていないもの。それはそれでヒヤヒヤする一同なのだが、気にもしないオレガノは言葉を続ける。
「余たちは弱い、勇者たちを全員相手にすることはできないのじゃ。だからシラントロには敵を引きつけて欲しいのじゃ」
胸を張ってドヤ顔で言うオレガノをじっと見ていたシラントロの口元が緩む。
「くっはははは! 嘘はつけないお前らしい物言いよ。お前は間違いなくオレガノだな」
「ぬははは! さっきからそう言っておるのじゃ」
膝を叩いて大声で笑い出すシラントロと、一緒になって笑うオレガノの姿を見たクミンたちはホッと胸をなでおろす。
「いいだろう。敵は私が引きつけよう」
「私たちの方からダンジョン由来の罠を提供しますので、火山群と合わせれば足止めの手助けにはなるかと思います」
「ふむ、それは助かるが、罠を使用することはこちらの手の内を明かすことにはならんか?」
「問題ないとは言えませんが、こちらには出し惜しみできる余裕もありませんから」
アンジェリカとシラントロが言葉を交わしている間に、ローリエがまとめた資料をシラントロの前に置く。
「シラントロ様、こちらがまとめた資料と記憶媒体の水晶になります。水晶の方は既存のダンジョン管理システムで視聴できるように調整しています。不具合があればおっしゃってください」
「仕事が早いな。ふむ、この筆跡はオレガノの汚い手紙のあと私とやり取りをした者だな。なるほど、オレガノには優秀な仲間が多いようだな。仲間に恵まれるのも相変わらずだな」
シラントロの言葉にオレガノが、にへへと嬉しそうに笑う。
「シラントロ様、一つお尋ねしたいのですが、星渡りの勇者という言葉に心当たりはありませんか?」
「星渡りの勇者? いや、心当たりはないな。どうかしたのか?」
ローリエから出た『星渡りの勇者』の単語にシラントロが首を捻って答える。
「戦闘ログの最後、ダンジョンを消滅させる瞬間に回復師ティフォンの口から出た言葉です。シラントロ様に心当たりがあるかと思い聞いたのですが」
「ふむ、私にはないが国に戻って調べさせてみよう。古い文献に書いてあるかもしれん。他にはあるか?」
「同系列の言葉になるのかもしれませんが、データーに自分のことを7つの世界を救った勇者だという言葉が残っていました。つまり、この世界とは別のなにかからやってきた存在なのではないかと推測しています」
「なるほど分かった。別の世界、そのことについても調べさせよう」
「ありがとうございます。魔族が残した文献がまともに残っているのがシラントロ様の国しかありませんので、よろしくお願い致します」
「なに構わん」
ローリエが深々と頭を下げて改めてお願いすると、立ち上がったシラントロがローリエの肩をポンポンと叩く。
「おっとそうだ。クミンだったか、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう」
呼ばれ近づいたクミンの頭にシラントロが手を置く。突然頭に手を置かれ驚くクミンだが、シラントロが目をつぶり真剣な表情をしているので、大人しくそのままじっとする。
「この中で一番魔力が大きく強い力を感じる。鍛えれば魔王になれる素質があるかもしれんな」
「う、うちが魔王にですか!?」
シラントロの言葉にクミンは驚き思わず声を上げてしまう。
「まあ、素質があるだけで覚醒はしないかもしれん。滅多に覚醒するものではない。そもそも魔王に覚醒したのは400年前のオレガノが最後だからな」
クミンに向けられていた皆の視線がオレガノに向けられる。
ニヘヘと照れ笑いをするオレガノに、魔王の威厳は一切感じられない。
「今のオレガノが魔王の真核もないのに魔王を名乗ることはどうかと思うが、周囲が認めているなら私がとやかくいうことではないのかもな。名前も『愛くるしい』だし、名前と姿が合っているのが少し腹立つくらいだ」
照れ笑いをするオレガノを見て、シラントロはため息混じりに笑う。
「竜人族である私の目に狂いはないゆえ、クミンに素質があるのは間違いない。まぁ、すぐすぐにどうなるってわけではないし、ゆっくりと育てる感じでいくといい」
「ありがとうございます」
「そんな改まらなくていい。私も何百年振りに素質を持った者に会えて嬉しく思う。ノルデンとウェンスティーを失ってしまったが、こうして新たな種が芽吹く可能性があるのだと実感できて、将来に希望が見いだせるというものだ」
お礼を述べるクミンにシラントロはどこか嬉しそうに優しく語りかける。
「おっと長いしすぎたな。制止を振り切って強引に出かけたからあまり遅くなると、部下たちが怒るからここいらで帰るとしようか」
どこかいたずらっぽく笑ったシラントロは、玄関へと向かって歩き出す。
外に出るとすぐに、右手に宿した炎がシラントロの体をまとうと、まとわれた炎が大きく膨れ上がり弾ける。
空気中に舞い散る炎の欠片の中に巨大なドラゴンが現れる。
「新生オレガノ軍の様子を見にきたついでに協力を得てすぐに帰るつもりだったが、新たな発見もあり中々に有意義な時間だったぞ」
「シラントロ! 余のオススメのオレンジジュースがあるのじゃ。今度飲ませてやるから手伝いに来るのじゃ」
「くははは! そういえばお前は酒が飲めなかったな。まあ、今の姿であれば余計に飲めないか。ああ、いいだろう次の勇者討伐のときは呼べ。その代わり浴びるほどオレンジジュースを飲ませてもらう」
ドラゴンになったシラントロとオレガノのがニヤリと笑みを浮かべると、シラントロが翼を羽ばたかせ大空へと飛んでいく。
巨体を感じさせないスピードで、あっという間に遥か上空へと上昇し消えてしまう。
飛び去ったシラントロの影を追って、顔を上げ見送るクミンをオレガノは暖かい目で見守る。




