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オレガノが抱える箱が光りを放っていることよりも、オレガノが登場したことにティフォンは歓喜の表情を見せる。
「やっと会いに来てくれたのね! モモちゃん……いえ、オレガノちゃん」
「余はお前のために出て来たのじゃないのじゃ!」
「ふふふっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにぃ。本当は怖くて怖くてたまらないんでしょ。ほら、足が震えているじゃないの」
オレガノが口をへの字にして頬を膨らませるが、スカートから覗く足は震えている。
「分かるわ、あのときオレガノちゃんにいっぱーい能力低下系とかぁ、精神系の魔法をかけたものねぇー。全然効いていないとか言ってたけど効いてるじゃないのぉ。うふふふっ、魔法っていうよりも呪いなんだけどもね。そしてその姿……あの魔王がこんな可愛らしくなるなんて、わたくしの才能が怖いわ~。あぁ〜ん、今後のわたくしの生活が潤うわぁ~。うふふふ、あはははは!」
頬を赤らめ狂気の混ざった笑みで笑い出したティフォンに、クミンとジンジャーが同時に攻撃を仕掛ける。
2人の攻撃を両手でそれぞれ受け止めたティフォンは、必死に刀と拳を押す2人に目を向けることなくオレガノに熱い視線を送る。
「オレガノ様! 早くその箱を解放してください!」
クミンの叫びにオレガノは足を震わせ、目に涙を溜めながらも必死に光を放つ箱をぎゅっと抱きしめる。
「あらあら、必死に頑張ちゃって可愛い。戦場に出るだけでも怖くて怖くてたまらないでしょうに」
「オレガノ様にかけた呪いとやらを解け!」
必死に刀で押すクミンに目を向けたティフォンが口角を上げる。
「ふふっ、おかしなことを言うのね。呪いだって言ったでしょ。一時的に肉体的、精神的に制限をかける魔法じゃなくて、の・ろ・い。術者が消えたって残り続けるのが呪いなのよ。魂の奥底まで刺さるわたくしの呪いが解けるわけがないわ」
小馬鹿にしたように笑うティフォンに対してクミンが歯ぎしりをして刀を持つ手に力を入れる。
「精神を蝕むわたくしの呪いは、どんなに勇敢な猛者でも戦場に出ると怖くて泣き出す程の代物。オレガノちゃんがこうして出てこれているのは、魔王オレガノがどれだけ勇敢であったかってところかしらね」
嬉しそうにニタァと笑ったティフォンがクミンの刀とジンジャーの拳を握ると、軽々と投げ飛ばす。
別々の場所に叩きつけられる2人を見て、オレガノの瞳が大きく揺れ、恐怖の色が差し込む。
同時に抱えていた箱の光が弱くなってしまう。思わず後ずさりしてしまうオレガノの前にアンジェリカが立ち、6尺棒を構えティフォンを睨んだたまま話しかける。
「オレガノ、それはダンジョンの一部である以上ここでしか使えないの。そしてあなた以外誰も使えない特別なアイテム。だってそれはあなた自身なのだから━━」
アンジェリカが言い終える前に近づいてきたティフォンに棒を振り下ろす。それをティフォンは素手で掴んで止めてしまうが、構わず棒を押すアンジェリカとティフォンの2人が視線をぶつけ合う。
「私はインドア派なんで、あんまり戦闘は得意じゃないけど、推しに近づける気もないわけ」
「あらぁ~、あなたはオレガノ推しなのね。大丈夫、わたくしがかわいがってあげるから安心して引退するといいわ」
そう言って棒ごとアンジェリカを投げると、怯えるオレガノに手を伸ばし、髪に触れる。
「ひっ……」
「うふふ、すべすべでとても綺麗な髪。近くで見るとますます可愛いく見えるわぁ。対象の性別変える、つまりは女の子にする術ってのがこの世界にあったから、不慣れながらも試してみたんだけど、上手くいったみたい。まだ術式が確定してないから、ちゃんと構築しないといけないわね」
体を震わせ怯えるオレガノの髪を、うっとりとした表情で撫でるティフォンの腕から僅かに血が流れる。ティフォンが目を下に向けると、地面にナイフが刺さっているのが目に入る。
「オレガノ様から手を離せ」
「あらあら、手加減してるとはいえ、まだ立てるなんてオレガノちゃんへの愛ゆえかしらねぇ。大丈夫よ、クミンもたっぷり可愛がってあげるから安心して」
ティフォンが振り返りながら、血の流れる腕に光を灯すと傷を癒してしまう。
「わたくしの体に何度も傷つけるなんて強いのね。クミンとは楽しい時間を過ごせそう」
「あなたの趣味に付き合う気はない」
興奮気味のティフォンの言葉を切り捨てたクミンは、震えるオレガノを見て微笑む。
「うち知りませんでした。ただの弱虫で涙もろい魔王だって思ってたら、本当は怖いのに耐えて必死に頑張っていたんですね」
オレガノの涙あふれる目にクミンの姿が映る。
「そんなことも知らずに、オレガノ様の気持ちも知らずにこの戦場に連れてきてしまってごめんなさい」
謝ったクミンが2本の刀を構える。
「ここはどうにかします。オレガノ様は逃げてください」
刀に赤い光が灯る。ぼんやりと揺らぐ光を、あふれる涙でより一層ぼんやりと見えてしまう視界でオレガノは、震える唇を噛んでへの字にしながら鼻をすする。
「余は……余は、なんで、こんなにも怖くて、情けなくて、弱いのじゃ……やれるって、やれるって思ったのに怖くて怖くてたまらないのじゃ」
つうっとこらえきれなくなった涙が、目からあふれるとオレガノの頬を伝う。
地面に涙が落ちたとき小さな波紋が足下で広がる。と同時に波紋から2つの光が飛び出しオレガノの両頬にぶつかる。
「おぶぅっ⁉」
いきなりの衝撃に箱を落とし、目をまん丸にして驚くオレガノが頬をぐりぐりする物体を剥がそうと手を伸ばし掴む。
「これは……なぜノルデンとウェスティーの魔王の真核がここにあるのじゃ? 余と融合したんじゃなかったのかえ……」
両手にそれぞれある雪結晶と、雫の形をした2人の魔王がもっていた魔王の真核を見つめたオレガノがはっとした顔で、少し離れた場所で必死に戦うクミンの姿を見つめる。
「そうじゃ……余は皆が笑ってくれるから、だから魔王になるって決めたんじゃ。もう誰も失いたくないのじゃ‼ そう誓ったのじゃ!」
涙があふれぐちゃぐちゃの顔なのも構わず、叫びながらオレガノが落ちた箱を両手で掴むと箱が光を放ち始める。そして、2つの魔王の真核が箱にぶつかり消えると、箱は激しい光を放ち、広がった光が辺り一帯が包む。




