1 見るから見せるへ
この世界でも、黒を基調として金の線が入った鎧を装備している者など珍しく、とても目立つ。その周りに魔女の姿をした少女と、清楚でキラキラした輝きを持つ女性、そして上半身裸で自身を鎖で巻きつけ大きな鉄球を引きずっている男がいればなおさらである。
だが、そんな目立つ4人が現れても、町の人々は視線を向けるが近づくことはもちろん噂することさえない。
「なんだ? なんだか人が多くねえか」
「そうねぇ。賑わっているというよりは入りきれずに人が溢れているって感じね」
トルネードとティフォンが会話を交わしていると、カラミィーテが自分のお腹を押える。
「そんなのどーでもいいし。それよりもご飯食べようよ、ご飯! お腹すいたー」
「んーそうねぇー、関係ないって言いたいんだけど、ほら」
ティフォンが指さす方をカラミィーテが見ると、食堂や飲み屋にも人が溢れとても入れそうにない状況になっている。
「げっ、まじか」
カラミィーテがショックを受けている間に、トルネードが近くにいる人に声をかけている。
「なんだか町が騒がしい感じがするが、なにかあったのか?」
男女と2人の子供がいる家族と思われるうちの男性が顔をトルネードに向け口を開く。
「突然西の魔王が私たちの町を始め、数か所の村に魔族を放ち人を追い出し町や村を占拠したのです。この辺りにいる人たちは皆その被害者です」
「西の魔王……確かウェスティーだったか。そいつはいつもこんな感じで人に攻撃してくるのか?」
「いいえ、あまり人とは関わらない魔王でこちらから攻撃しない限りは安全だという認識だったんですが、なぜ今になってこのようなことをはじめたのか分かりません。かくいう私たちも村を追われて行き場がなくて途方に暮れているのです」
落ち込む男性を横目にティフォンがトルネードの肩に手をかけ、自身が前に出る。
「一つお聞きしたいんですけど、魔族に襲われてまだ避難を終えていない村とかありますか?」
「え?」
男が思いもよらない質問に驚くとティフォンが微笑む。
「いえ、わたくしたち人助けをするために旅をしているのです。もしも困っている人がいれば助けたいと思いまして」
「あ、ああなるほど。パレットという村に多くの人が残されていると噂を耳にしました。あくまでも噂ですので、詳しい話はここの町のギルドに聞いた方がいいかもしれません」
「ありがとうございます」
そう言って笑顔を見せるティフォンは、トルネードたちを見て口を開く。
「ってことで、ギルドに行きましょ。魔王ウェスティーに宣戦布告されたわたくしたちの事情を話せば、ご飯だって食べれるかもしれないわよ」
「さんせぇー」
ティフォンの提案に手を挙げて喜ぶカラミィーテの横にいるトルネードとエリュプも頷いて賛同する。
「じゃあ早速行きましょう」
鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に先頭を歩くティフォンとついて行くカラミィーテの後ろでトルネードとエリュプが小声で言葉を交わす。
「おい、ティフォンが上機嫌だぜ」
「終わったな。そのパレットとかいう村」
━━勇者パーティーの男二人が示す言葉の意味……
鋭い三又の槍に金色に輝く錫杖が絡むと持ち主である半魚人ごと地面に叩きつけられる。あっけなく絶命した半魚人はそのまま頬り投げられ、魔族や魔物の死体の山の一部となる。
ティフォンは血のついた錫杖を振り血を払う。地面に赤い点が広がるが、気にすることなくその上を踏みしめ歩く。
「これで全部かしらね」
口もとを人さし指で押さえながら辺りを見回すティフォンのもとに、数人の男が駆け寄ってきて地面に膝をつけ座ると、深々と頭を下げる。
「この度は助けていただきありがとうございます! なんとお礼を言えばいのやら……そ、そうです! 少ないですが私たちの村の宝を差し上げます! お納めください!」
村長と思わしき老人がお礼の言葉を必死に伝えるその姿を見たティフォンは微笑む。
「わたくし金品など、そういうのは必要としないので受け取らないんですよ」
ふふっと笑うティフォンの微笑みに、村長は神でも見るかのような顔でティフォンを見上げる。
「ただ少しだけお願いがあるんですけど……。でもその前に皆さんの健康状態が心配ですから治癒をしたいので、呼んで集めてもらえますか?」
「お、おおぉ、魔族を追い払ってくれただけでなく私たちに治癒までしていただけるなんて、なんと慈悲深いお方なのでしょう!」
涙を流して手を握り祈る村長と男たちは、急いで村人をティフォンのもとに集める。次々と集まる村人たちを治癒しながら、優しく話しかけ微笑みを向ける。
その姿に女神だと人々が口にする中、ティフォンは数人の男女を見て皆に気づかれないほど小さな舌なめずりをする。
━━これなら魔族の方がマシだった……
1人の少女はそう思いながら屋敷の廊下を走る。その姿は一糸まとっておらず、ベッドのシーツを羽織って体を隠しているだけである。
のどが渇いているのか、唾を飲み込むのさえ辛そうになりながらも必死に走る少女は、途中廊下の窓を開けようと試みるがビクともせず、試しに壁に飾られている絵を外してガラスにぶつけるがガラスが破れる気配もない。仕方なく各部屋のドアノブを手当たり次第に開けようとする。
「開いた!」
一つのドアが開いたことに思わず声を上げてしまい、慌てて口を押えながら周囲を見回した少女はそっと部屋の中へと入る。
やや薄暗い部屋の中は棚が置いてあり、備品や道具が所狭しと詰め込まれている。その中を暗闇に慣れていない目を凝らし進む少女は、部屋にあるであろう窓へと向かう。
「うぅ……」
「ああ……」
手探りで音をたてないように歩く少女の耳に唸り声が聞こえてくる。なにかがいることに恐怖を感じ顔を引きつらせた少女が恐る恐る物陰から声のする方を覗く。
分厚いカーテンに遮られた窓が目に入り、逃げられるかもしれないそう思った少女の顔に安堵の色が過ったのは一瞬、すぐに恐怖で引きつって口を押える。
窓を挟む形で壁に手足を枷で押さえつけられている男女が唸っているのが目に入る。一糸まとわない姿のまま貼り付けられている2人はそれを気にする様子はない。現実を見ていない虚ろな目で口角を上げ薄っすらと笑みを浮かべる少女と、よほど恐ろしいものを見たのか、目を見開いたまま口をポカンと開けた少年は口から声が漏れている。
「サラ……マルト……なんでこんなことに」
貼り付けられている2人の名前を呟いた少女は思わず後ずさりをすると、なにか柔らかいものが背中に当たり体をビクッと震わせる。
「サラと、マルトは心が壊れちゃったの」
少女の首からしなやかな腕が艶めかしく伸びて胸を押える。声の主を見上げた少女はこれまで以上の恐怖を浮かべる。そこには女神のような微笑みをしたティフォンの姿があり、彼女もまた一糸まとっておらず魅力的な体を惜しげもなく見せている。
女性から見ても色気溢れるその姿で抱きつき、シーツ一枚越しでも伝わる艶めかしい肌の感触に少女の頬が赤くなってしまう。
「でもね、心も治せるから大丈夫よ。ただ、ミアちゃんが逃げだしたときこれを見てどんな顔するかなぁ~って思ってこのままにしていたの。どう? びっくりした?」
そう言ってティフォンは右手でミアの顎から頬を愛おしそうに撫でる。
「な、なんで……こんなことするんですか?」
「なんで? 愚問ね。好きだからよ」
ティフォンはミアの羽織るシーツの隙間から手を入れてミアの胸に触れる。触れられて思わず体を震わせたミアが顔を赤くすると、ティフォンは手を動かし優しく撫でる。
「ミアちゃんのこと全て知ってるわ。元気に動く心臓も、お腹の中も、綺麗な瞳の裏側だって。それこそ頭の中もぜーんぶね」
ティフォンの手が順に、胸やお腹、瞳の下、頭に触れたときミアの顔が引きつる。
「大丈夫、ぜーんぶなかったことにしてあげるから。どれだけ切っても、ちぎっても、たとえ命尽きても治してあげる。心だってもとに戻せるんだから安心してわたくしに身を委ねて、痛いも気持ちいいも全てあげるから」
「ひっ⁉」
ミアはティフォンの腕を振りほどいて走って逃げる。
廊下を走り屋敷の玄関にたどり着いたミアが息を切らしながらドアを開けると、ドアは軋みながらも外へ向かって開く。
呆気なく外に出られたことに喜びの表情をしたのも刹那、すぐにミアは絶望の表情で見開いた目で変わり果てた村を見渡す。
無残に破壊された家や建物、大きな穴が開いた畑、人も魔族も家畜でさえも等しく動かなくなった様子は、ミアが知っている村の面影はない。
「逃げたって無駄よ~。だって、この村にはミアちゃんとお友達の3人しかいないの。ちょーっとわたくしの趣味に付き合ってもらったら皆動かなくなっちゃたの。それにしてもミアは本当に素敵な顔をするわね。そういう顔、わたくし好きよ」
頬を赤らめ歓喜の笑みを浮かべるティフォンを見たミアは、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。
恐怖とショックで目を見開き口をパクパクさせ、声も出ないミアをティフォンは優しく抱きしめる。
「さ、家に帰って続きをしましょう」
拒否することすらもうできないミアは、嬉しそうなティフォンに屋敷の中へと連れられて行く。




