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広い庭で鍬を振り上げ大地を耕していく一人の男性は、腰を反りポンポンと叩きながら周囲を見渡す。
「ジンジャーさん、そろそろ休憩にしませんか? お茶の用意もちょうどできましたから」
背後から聞こえてきた声に反応し、ジンジャーが振り返るとクミンが立っていた。
「そうですね、お言葉に甘えてここらで一旦休憩するとします」
ジンジャーは鍬を置いて、首にかけていたタオルで額の汗を拭う。
「手伝っていただきありがとうございます。畑を作るスペースは用意したものの、誰も作物を作る知識も経験もないので困っていたんです」
「いいえ、構いませんよ。花や作物を育てたりするの好きなので。それに私の家は集合住宅なので、畑を作るスペースもないんです。ちょうどやりたくてウズウズしていたところなんですよ」
爽やかに笑うジンジャーにクミンが会釈して感謝の気持ちを伝える。
「今からならギリギリナスやピーマンも間に合うでしょうから苗を植え、秋から冬にむけて人参や大根などの根野菜を中心に植えようと考えています」
顎に手を当て真剣に今後の予定を語るジンジャーを見て、クミンが可笑しそうに笑う。
「本当に好きなんですね。土をいじるジンジャーさん、凄く楽しそうな顔をしていますよ」
「そんな顔してましたか?」
「ええ、武器屋では見せたことのないゆるい顔をしていました」
クスっと笑うクミンに対し、ジンジャーは恥ずかしそうに頭を掻く。
「いや恥ずかしい。前線を退いたら店を持ち、畑を耕してのんびり過ごすのが夢でしたから今こうして願いが叶っているのが幸せなんです」
「そういえばジンジャーさんは、オレガノ様の全盛期を知っているのですよね? 実際どんな感じだったのですか? 噂される通り極悪だったのでしょうか?」
クミンの質問にジンジャーは少しだけ上を向き、なにかを思い出すような素振りをみせる。
「強さ……という面だけでみれば極悪でしたね。戦場でオレガノに出会ったら終わりだとまで言われてましたから」
「……今の姿からは想像もできませんね」
ポツリとクミンが呟く。
「ですが、オレガノ様の根本は変わっていないのだと思いますよ。ってその顔は意味が分からないといったところですか」
不思議そうな顔をするクミンを見てジンジャーは笑う。
「いつでも全力で楽しんでいられた、戦場ですらも真っ直ぐに自分の意志を貫いていられたと思いますよ。私も東の魔王であるシラントロ様に仕える身でありながら、楽しそうに戦場を駆けるオレガノ様一行を羨ましく思ったこともあるくらいですから」
「楽しそうに……まあ、その姿なら想像できそうです。でもうちの想像だと今の小さな姿になってしまいます」
「クミンさんは今のオレガノ様と過ごした時間が長いんですから、それは仕方ないことですよ」
クミンとジンジャーは会話を交わしながら家に向かって歩く。
「今のオレガノ様の姿ですが、悪魔の秘術として相手の姿を呪い変えるというものがあります」
ジンジャーの口から出た言葉にクミンが足を止める。
「悪魔とは元来相手の嫌がることを好む者が多いですから、呪いの研究が盛んな種族でもあります。呪いの中には相手を異性に変えるなんてものもありますが、それはあくまでも自分よりも格下相手にかけるものであり、魔王ほどの強靭な肉体、尚且つ魔力が結晶化する魔王の真核を持つ者にかけられるものではありません」
ジンジャーの話を聞くクミンは言葉を発することなく、ただジンジャーを見て聞きに徹し続く言葉を待つ。
「単に魔王よりも実力が上だというわけではなく、理が違うとでも表現すればいいでしょうか。それくらいに規格外の力が動いたと思われます」
「つまり、勇者たちは規格外の存在だと」
クミンの返した言葉にジンジャーが小さく頷く。
「勇者一行は、勇者、魔法使い、戦士、回復師の四人パーティー。うちは直接戦ったわけではありませんが、全員が城を一瞬で廃墟化させるほどのとてつもない力を持っていました。ジンジャーさんの話を加味するなら、うちが見たのは実力の一部ってことになりますか……」
「この世は魔族が1,000年かけ力を蓄え世界に幅を利かせ、人間は1,000年に一度一人の勇者が現れ仲間と共に魔族を弱体化させ人類を発展に導く。これの繰り返しと言われていますが、今回は勇者だけでなく三人の規格外の仲間も一緒といった点から、その伝承からも外れているように感じます」
「北の魔王、ノルデンはまだ健在なのですか?」
「ノルデンの支配する国は全て落とされ、残すは魔王城のある永久凍土の大地だけとされています。凍える寒さと決して砕けないと言われる氷の壁による無敵の防壁を誇る魔王ノルデン城ですが、既に氷の半分以上が砕かれたと聞いています。落とされるのは時間の問題でしょう」
クミンが僅かに目を大きく開き驚きの表情でジンジャーを見る。
「四人の魔王を倒しそれだけで終われば伝承通りとも言えますが、今回の勇者たちは徹底的に魔族を消しています。それこそ根絶やしにする勢いで……」
クミンとジンジャーは黙ってしまい沈黙が訪れるが、その沈黙を元気な声が破る。
「クミーン! ちょっと来てほしいのじゃ! おぉ、ジンジャー! ちょうどいいのじゃ一緒に来るのじゃ!」
家から飛び出してきたオレガノが、クミンの手を握ってぴょんぴょん飛び跳ねて急かす。
「どうしたのです?」
「いいから来るのじゃ!」
緊急事態、というわけではないのはオレガノの弾けんばかりの笑顔が物語っている。さきほどまで真剣な話をしていたクミンとジンジャーは、顔を見合わせるとふっと笑う。
「行きますから、そんなに慌てないでください。こけますよ」
「大丈夫なのじゃ!」
スキップでもしそうな勢いのオレガノに連れられクミンとジンジャーは家の中へと入る。




