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真新しい鎧に身を包む青年の名はカナール・サイモンという。17歳のカナールは冒険者になって半年、経験浅いそんな彼は今ダンジョンの入り口に立っている。
「たくさん人がいますね」
カナールは周りにいる先輩冒険者たちに話しかける。準備をする先輩たちの鎧や剣の鞘などは小傷だらけで、革手やブーツなど使い込まれた感があり、それだけでも経験豊富なのが伝わってくる。
それでいて、鞘から抜いた剣の刃はよく手入れがされ、日の光に当てられると、鋭い光を放って隙の無さを感じさせる。
カナールに反応したしわの深いよく日に焼けた浅黒い肌の男が白い歯を見せ笑う。年齢は30後半くらいで、まさにベテランといった雰囲気を醸し出している。
「カナール緊張してるのか?」
「はい、とても緊張してます。リエットさん……その、情けないですけど、俺正直怖いです」
「ははは、それでいい。程よい緊張感と恐怖を持つことは大切だ、初心忘るべからずってやつだ。俺らベテランの方が足下をすくわれることだってある、未知に恐れるのは新人の特権だからな。期待してるぞ」
「はい」
リエットの言葉を受け、ホッとした様子で胸を撫でおろすカナールの背中を20代くらいの先輩冒険者が叩く。
「ほら、行くぞ! リエットさんはもちろんだが、俺がついてるから大丈夫だって!」
「お前が一番心配だっての」
「ひでえな! たまにしか失敗しないだろ」
別の冒険者と先輩冒険者とのやり取りに皆が笑う。
和やかな雰囲気になったところで、先頭に立つリエットが全員を見渡し、口を開く。
「今からまだ名もないダンジョンの攻略となる。なにが待ち受けているか分からない。気を抜かずに行くぞ!」
「「「はい!」」」
カナールたちが歯切れのいい返事をすると満足そうに頷いたリエットが、カナールに視線を向ける。
「カナール、今日の報酬がよかったらなにをする?」
突然の質問に慌てるカナールだったが、観念したように下をむいて恥ずかしそうに口を開く。
「サリーに、その……好きなもの買ってあげようかなと」
顔を赤らめるカナールの背中を先輩冒険者が叩く。
「お熱いことで! あぁ~いいな恋人がいる人は羨ましいなぁー」
先輩冒険者に茶化され、ますます顔を赤くするカナールを見てリエットは微笑む。
「大切なものを持っているのはいいことだ。そのためにも怪我をしないように慎重にな」
そう言うとリエットを先頭にして新たなダンジョンへと冒険者一同は入っていく。
***
「どれくらいの広さなのでしょう」
「カナール! 寄りかかるな!」
カナールが額の汗を拭って壁に手をかけようとしたとき、リエットの鋭い注意が飛ぶ。決して大きな声ではないが、いつも温厚な彼が見せた鋭さにカナールの心臓は鼓動を速くする。
「カナール、ダンジョン内で壁に寄りかかるのは原則禁止だと教えたはずだ。とくにこういう開けた場所にはなにかしら罠が仕掛けられていることが多い」
「すいません」
謝るカナールの視界に地面が盛り上がるのが目に入る。思わず指をさすカナールの行動にいち早く気がついた先輩冒険者が剣を抜き構える。
盛り上がった土の中から出て来たのは、一匹のスケルトン。
「一匹だけだと……」
通常集団で行動することの多いスケルトンが一匹だけ出て来たことに最大限の警戒をするリエットたちの目の前で、スケルトンは冒険者たちの相手をするわけでもなく壁に手をかけると、えいっと壁を押し込む。
カチッと音が響く。
「お、おい、まさか魔物がスイッチを押したってことかよ!」
思いもよらぬ行動にリエットたちの間に緊張が走る。そして……
バーン!
リエットの頭上に鉄のタライが落ちて来て、派手な音が響く。
「は?」
意味が分からないといった顔をするリエットたちが上を向くと、上部がキラリと光る。そして降りそそぐ、タライの雨。
「あたたたっ、なんだこれは⁉」
慌てて走りその場から逃げるリエットたちだが、突然の浮遊感と共に全員真横に吹き飛ばされる。
それが、床が跳ねて起き上がりその反動で飛ばされたなどとは気がつかず地面に転がったリエットたちを、スケルトンの軍団が襲う。
突然の出来事に死を予感し身動きの取れないカナールに対し、同じく死を感じながらもリエットたち先輩冒険者は武器を抜き応戦するが体勢が悪い上に物量で押されてしまう。
スケルトンに覆われ目を開いていても、目をつぶっているかのように視界が暗くなってしまう。
なにもできないカナールたちが死を覚悟したとき、急に光が差し込んだかと思うと視界が開ける。
「……生きてる。助かったのか」
カナールが自分の手を見ながら呟くと、周囲のリエットたちも同じく体を起こして自分たちの体を見ている。
「なあ、なんで防具の一部がなくなっているんだ」
「それだけじゃないぞ。金がない……」
「金目のものを盗まれたってことか」
皆が立ち上がって無くなったものを確認していく。
「一体なんだったんだ?」
「さあ、分からないがこれ以上の探索は危険だ。一旦戻るか」
「リエットさん、あれを」
先輩冒険者が指さす方には、やや高い場所に宝箱があった。
「あれくらいなら取れますが、どうしましょう?」
先輩冒険者の発言に悩むリエットだが、慎重を期して宝箱を開けることになる。身軽な先輩冒険者が安全を確認したあと、宝箱を手に取り下へ降りる。
「小さな宝箱ですね。一応……罠らしきものもないようですけど、念のため離れて有事に備えてください」
先輩冒険者が宝箱を調べて開けると、中から紙の束が現れる。
「1,000エン? なんでこんなにたくさん……一応全部本物です」
宝箱から出て来た1,000エンの札束に首を傾げながら、先輩冒険者はリエットに渡す。
「思わぬ報酬として受け取っておこう。一先ず体勢を立て直すとしよう。さて、それにしてもここはどの辺りになるんだ」
跳ねる床で飛ばされ、元来た道を外れたリエットたちに、もう一人の先輩冒険者がマッピングしている地図と照らし合わせある方向を指さす。
「入り口はおそらくこの方向になります。あとは道が繋がっているといいんですが」
「幸い食料と水はある。武器も奪われていないからなんとかいけるだろう」
リエットたちが先へ進むと小さな泉が現れる。
「ここで休憩を、ん?」
リエットが言葉を途中で切り泉を覗き込む。
泉はぼんやりと輝いたかと思うと水面に武器や防具を映し出していく。最後に1,000と数字が浮かんで消える。
「なんだ今のは、お前たち見えたか?」
「はい、なんだか高価そうな武器や防具が見えました。最後の1,000が意味するのは……」
先輩冒険者たちが腕を組んで考えているとき、カナールが恐る恐る手を挙げる。
「あの、僕の爺さんから聞いた話なんですけど、ダンジョン内にお金を投げ入れるとアイテムが手に入る泉があると聞いたことがあります。もしかしたら、1,000エンを投げ込めという意味ではないですか?」
「それなら俺も聞いたことがあるな。ふむ、先ほど大量に1,000エンが入ったことだし一枚くらいならいいか」
そう言いながら先ほどの1,000エンを手にしたリエットがカナールに手渡す。
「この中で一番運が良さそうだし、任せたぞ」
笑うリエットに緊張した面持ちのカナールが大きく頷くと、1,000エンを泉に落とす。静かに沈んでいく1,000エンが見えなくなったとき泉が金色に光り始め水面に手形が浮かび上がる。それが、そこに触れろという意味だと悟ったカナールが触れる水面が震え始め、一点に集まったかと思うと小さな金の龍の形になり上に昇る。
上まで昇った瞬間、龍は弾け水しぶきが降り注ぎ、それと共にカナールの足下の地面に一本の剣が刺さる。
突然現れた剣に手を伸ばしたカナールが、持ち手を握り鞘から剣を抜く。今まで見たどの剣よりも美しく輝く姿にカナールは見惚れてしまう。
「そ、それ……オリハルコンじゃないか」
「あ、ああ間違いないカナール、お前とんでもないものを手に入れたな」
突如現れたとんでもない武器に沸くカナールたち。そしてここから持ち金を泉に投げ入れ全てつぎ込むことになる。
入ったときよりも高価な装備を手に入れてホクホク顔のカナールたちは無事にダンジョンから出て行く。
***
一部始終を多くのモニターが並んでいる部屋で見ていた三人と一羽がほくそ笑む。
「アンジェリカさんからの情報で、冒険者リエットをはじめとしたベテランチームはそこそこ名が知れていますし、なにより人柄から信頼の高い人物です。彼らが高級なアイテムを手に入れたと聞けば……」
「くっくっくっく、皆がこぞって泉に向かうというわけじゃな」
悪い顔で笑うオレガノにローリエが頷く。
「今回結構レアなものを出したけど、大丈夫そう?」
「宣伝費も兼ねていますので、今回はマイナスになりますが今後取り戻せる計算です」
「肉を切らせて骨を断つってやつね」
「なんか違う気がしますが、そんな感じです」
ローリエとクミンが言葉を交わし微笑みあう。
「身ぐるみをはいで、喪失感を与えたあとに、本人たちと他の冒険者から奪った金を宝箱に詰めたものを与えて、当たりを引かせることで、結局全額使わせるとかとんでもないこと考えるな。ある意味ローリエが一番怖えよ」
「ほんと、今回は損失は覚悟しているとはいえ、そのなかでも損失を最小に減らす手腕はなかなかよね」
「奪った防具も売り払って少しでも回収しておるし、さすがとしか言いようがないのじゃ」
二人と一羽に褒められ照れるローリエを中心にして、ダンジョン経営の一歩を踏み出せたことを皆で祝う。
こうして、ジュースで乾杯する三人と一羽はまた一つ団結力が高まるのである。




