1 遊びじゃないです。研修ってやつです。
自爆ボタン……それを押せばどうなるかは分かっている。分かっているが目の前にあると押してみたくなるのが人の心というもの。
人でなく魔族でもそれは同じらしく、リビングに飾ってある絵画の裏側にある、透明なケースに守られた赤いボタンを囲む三人と一羽は黙ってボタンを見つめている。
「これを押したら爆発するんですよね?」
ローリエが真面目な顔で言うとオレガノたちは無言で大きく頷く。しばらくジッと見つめていた三人と一羽だが、オレガノが小さな指をピッと伸ばして赤いボタンへと近づける。
「ダメです。爆発してしまいます」
「むむむぅ……分かっておるのじゃ。分かっておるけど押して見たくなるのじゃ」
クミンがオレガノの手を掴み止めるが、オレガノは指を伸ばしたままなおもボタンに近づこうとするので、小刻みに手が震えている。
「家を譲渡されて一時間も立たないうちに爆破とかシャレになんないなー。おもしろいけど」
「おもしろくありません。そんなことしたら、うちの借金しか残らないじゃないですか!」
サフランの発言にクミンが鋭い視線を向け反論する。
「そう言うクミンも自爆ボタンに興味津々じゃねえか」
「そ、それは……押してはダメなものが目の前にあると押してみたくなるもの。たとえ結果どうなるか分かっていても。うちも修行が足りません……」
悔しそうなクミンの言葉に、一同は再び赤い自爆ボタンに注視する。
「これは危険じゃの……」
「そうですね。ここは一先ずお茶にしませんか? 新たな拠点ができた今日という日を祝ってお茶とお菓子を買ってきたんです」
ローリエの一言で、ようやく皆がボタンから目を離す。
「そうです。ここずっといてはボタンを押しかねません。お茶にしましょう」
賛同しながらボタンを絵画で隠したクミンが微笑むと、オレガノが両手を上げる。
「それがいいのじゃ!」
「まあこんなボタン使うときなんてこねえから、そのうち存在も忘れるって」
「のじゃ、のじゃ」
クミンやサフランの発言にも賛同するオレガノは、いち早くリビングの椅子に座る。
「この椅子の座り心地は最高なのじゃ!」
子供用の椅子をカタカタ揺らしながら、時々白い煙を噴射させるオレガノの両肩をクミンが掴んで動きを止める。
「大人しくしてください。おやつ、あげませんよ」
「むっ」
クミンに注意され、姿勢を正すオレガノを見てサフランが呆れたように笑う。
「元とはいえ魔王がおやつに釣られるとは、いやはや……。それにしてもクミンはオレガノの母親みたいだっ!?」
「それ以上言うと、砕いて焼き鳥にしますよ」
「わわわ、悪かったって。謝るからそう殺気立つなよ」
殺気だったクミンにのど元に指を当てられたサフランが毛を逆立てて必死に謝る。ため息をついたクミンに開放されたサフランは、テーブルを横歩きしてオレガノに近づく。
「おっかねえな。オレガノが怖がるのも納得だぜ」
「じゃろ? クミンには逆らわん方がいいのじゃ」
コソコソ話すオレガノとサフランは、ローリエと会話をしている途中で振り返ったクミンに殺気を当てられ慌てて姿勢を正してしまう。
そんな二人を見て笑いながらローリエがお菓子をテーブルに並べていく。
「わーい! チョコチップクッキーなのじゃ! 余はこれ好きなのじゃぞ」
「あぁっ! こらっ! いきなりそんなに口に入れたらダメです! ほらぁ、そうなるでしょ」
「けほっ、けほっ、うぐぅ……余は10枚くらい一気に食べれたのじゃけど、無理じゃったか」
一気に三枚もクッキーを手に取り口に入れ、むせるオレガノをクミンが怒りながら介抱する。ローリエが持ってきたジュースをオレガノは受け取ると、クミンに背中を擦られながら涙目でジュースを飲み始める。
そんなオレガノを見てテーブルに飛び乗ったサフランが、チョコチップクッキーを突っついて四分割すると、一切れをくちばしで摘まんでオレガノに渡す。
「お前ちっこいのを忘れるなよ」
ため息混じりに呆れた顔でいうサフランにオレガノは満面の笑みを浮かべる。
「そうじゃの、すぐ忘れてしまうのじゃ」
「困ったやつだな。まあ、いきなりちっこくなって生活も不便なんだろうけどよ。ところで元の姿に戻りたいとかないのかよ」
「そうじゃのー、考えることもあるのじゃが、今も楽しいから考えないことも多いのじゃ」
「のんきなやつだ」
「そうじゃの、よく言われるのじゃ」
ニシシと笑うオレガノを見て呆れた顔をするサフランの頭の上を、クミンの腕が通りチョコチップクッキーの欠片を摘まんで食べる。
「考えても元に戻れるわけではありませんし、仮に戻れたとしてそれは勇者一行に再び目をつけられる可能性が高い行為だと考えられます。それは避けるべき事案でしょう?」
「確かにな。今噂の勇者たちに目をつけられたら俺たちじゃひとたまりもないだろうからな」
クミンとサフランは、ジュースを勢いよく飲み干しチョコチップクッキーを割って嬉しそうに食べるオレガノを見て、笑みを浮かべる。
「あんなに幸せそうにクッキーを食べる子が、再び勇者に狙われるというのは酷な話だと思います」
「ちげえねえや」
オレガノに聞こえないように、小さな声でクミンとサフランが言葉を交わす。
台所から戻ってきたローリエが、テーブルの上にバケットを置いて蓋を開く。
ローリエが運んできたときから、小麦の焼けたお腹を刺激する香りを漂わせるバケットの存在にオレガノだけでなく、クミンまでも目を輝かせる。
「この香りはブーランジェのパンよね?」
「はい、クミンさんお気に入りのパン屋さんななので、お祝いには外せないと思って買ってきました」
「さすがローリエ。会計係として優秀な上に気が利くなんて最高じゃない」
絶賛しながらも、バケットのパンに釘付けなクミンを見て笑顔を浮かべるローリエはパンを取り出すと、丁寧に切り分けて数種類のジャムを添えたお皿に並べる。
「そういえば、ダンジョンも今日オープンですから、後で様子を見ませんか」
ローリエの発言にオレガノがテーブルを叩いて立ち上がる。
「そうだったのじゃ! 後で皆で見るのじゃ! 冒険者がたくさん来とると嬉しいんじゃがの〜。むふふふっ」
喜び抑えきれないといった感じで笑い出すオレガノを、パンをくわえたクミンが冷めた目で見る。
「さすがに初日じゃ人なんて来ないでしょう。噂が広まってからですから、来るとすればせめて来週くらいじゃないですか?」
冷めた口調で言うクミンに対し、サフランが羽根の先端を立て、チッチッチと横に振る。
「いいや、うちの社長は事前に新ダンジョンの噂を流して、宝がありそうだと煽っているからそれなりに来ると思うぜ。なにせダンジョン探索は、早い者勝ちなところがあるからな」
「言われてみれば確かにそうですね。たくさん来てお金を落としてくれると嬉しいですね」
「ほんとそれっ。うちの借金が少しでも減ってくれたら嬉しいんだけど」
ローリエに話を振られたクミンは、パンを食べながらため息混じりに答える。
「余は早く見てみたくなったのじゃ! 先に行ってもいいかえ?」
「うちは、もっとゆっくりしてから行きたいんですけど」
興奮するオレガノが急かすと、パンを食べているクミンが文句を言う。そんな二人の視線がぶつかったとき、ローリエがパンと手を叩く。
「それじゃあ、お茶会を地下へ移動して見る。っていうのはどうでしょうか? それならパンやお菓子を食べながらダンジョンの様子も見れますよ」
ローリエの提案に皆が賛同し、早速お茶会は地下へと移動することとなる。




