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誰も人がいないダンジョンの空気は冷たく、歩くとヒンヤリした空気が頬を撫でる。冷えた空気に当てられほんのり赤くなった頬を気にすることなく走り回るオレガノは、ダンジョンに設置された仕掛けを見て目を輝かせる。
「余が言った通りに作られているのじゃ! ということはこの壁に埋まった石を押してしまうと罠が発動するのじゃな」
壁と一体化した石に手を触れ寄りかかると壁の一部が凹んでしまう。
罠の発動に目を輝かせるオレガノの襟を掴んだクミンが掴んで持ち上げる。
「無暗に罠を発動させる人がどこにいますか!」
「おぉクミン! でも罠が発動せんのじゃ」
掴まれたまま不思議そうにするオレガノにカルダモンが笑いながら近づいてくる。
「ガハハハッ、まだダンジョンの動力は動かしておりませんから、なにも動きませんわ。罠が発動したら作業員も仕事にならんですわ」
「おぉ! 確かにそうなのじゃ。そうじゃ! あれはどこじゃ? 転がる岩に追いかけられるスリリングなヤツは!」
「おぉ、『ローリング・ロック』でしたらあっちですわ」
オレガノ一押しの狭い通路を転がる岩に追われる罠に案内する、カルダモンに連れられオレガノ一行はダンジョンを進む。
「私ダンジョンなどに入ったことないですけど、誰もいないのはなんだか不思議な感じがしますね」
「確かに。ダンジョンってこう、熱を帯びているっていうか人の欲と希望、生と死が一緒にいて混ざりあっている感じなんだけど、ここにはそれが全く感じられないし」
「稼働前のダンジョンに入れるのは建築家と持ち主だけの特権だからな。動き出せばそこには様々な物語が生まれ、このダンジョンの色を作っていく。それが、どんな色になるかは誰にも分からないからこそダンジョン建設は面白いんだ。ダンジョンの名前も自然と決まるからな」
ローリエとクミンの会話にクローブが割って入る。彼の話しを聞くクミンとローリエの耳にオレガノの声が飛び込んで来る。
「あれは例の泉じゃな! えーと、なんて名だったかの……そうそう! 『秘宝の泉』じゃ! クミンが好きなやつじゃ」
「誰が好きなやつですって?」
クミンがオレガノに近づき指さす方を覗き込む。
「あぁ……お金を投げ入れるとランダムでアイテムが手に入る泉ですか。まあ、嫌いではないですけど。実際これってどうなんですか? 使う人いるんですか?」
クミンがカルダモンに尋ねるとカルダモンは、顎の髭を撫でながら泉に近づく。
「一部の間では人気ってとこですわい。基本冒険者は魔物を狩って、ギルドから得た金で装備を整えたりするのが好きな連中ですからな。なにが出てくるか分からない『秘宝の泉』は運だめしや、ダンジョン探索の息抜きに使われるくらいですわ。ある程度の収入は見込めるものではありますがな」
カルダモンの説明を受けながら水面に顔を映すオレガノたち。そんな中、真剣に見つめていたローリエが口を開く。
「泉にお金を投げたらアイテムが手に入るんですよね? いくら入れたらいいんですか?」
「1回1,000エンなのじゃ」
「1,000エンを入れて、ランダムでアイテムが出てくる……なにが手に入るか分からないのが楽しいってことですか」
「そうなの。うちのときなんてDPDのナイフがでてきたんだから!」
腕を組んで考えるローリエの隣でクミンが少し自慢気な顔でうんうんと頷いている。そんなローリエにカルダモンが一枚の紙を差し出す、それに目を通したローリエが唇を指で押さえ、さらに深く考え込む。
「このリストにあるアイテムのなにが出るかを公表してしまうのはどうですか? 全部ではなく価値の高いトップ5くらいとかを」
「公表するって、そんなことしたらなにが出るか分かって面白くないよな? ドキドキ感が大事なんだとおいらは思うんだがな」
タラゴンが会話に入って来てローリエの提案を否定するが、ローリエは資料を指さす。
「たとえばこのオリハルコンの剣ですが、お金を投げ入れる前にチラッと水面に映して手に入るよと見せ目標を与えておくと、それに向けて頑張れる気がするんですけど。なにが出るか分からないのも楽しいですけど、見せてそこへ気持ちを向けさせるのもいいのかなと思います」
「基本ダンジョンってのは冒険者に程よくストレスと達成感を与え、金品を拝借してダンジョンを大きくしていくもんだわ。この泉はお遊び要素なんだが、そこに焦点を置くか……おい、タラゴン。ローリエの姉ちゃんからもっと詳しく話を聞いてプログラム組み直してみてくれ」
カルダモンに指示を出され頷いたタラゴンはローリエからは話を聞いてメモを取り始める。
「さて、オレガノ様は『ローリング・ロック』とやらを見に行くんですよね。ここはローリエに任せて見に行きましょうか」
「そうじゃった! 『ローリング・ロック』は余、一押しの仕掛けなのじゃぞ。クミンもきっと大喜びなのじゃ!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべていたオレガノだが、現場にたどり着いてからは打って変わって渋い顔をしている。
カルダモンに一部だけ仕掛けを起動してもらい、転がってくる岩から逃げるべきところをクミンは壁を走り宙を華麗に舞うと岩を飛び越え何事もなかったかのように先を歩く。
「むむむむっ、こうなったらもう一個なのじゃ!」
オレガノがカルダモンから渡されたスイッチのついた箱のボタンを押す。すると下り坂を転がってくる大きな岩を、再びクミンが飛んで避けると次の岩が転がってくる。
軽く舌打ちをしたクミンが二個目の岩の上を蹴ってさらに飛び越えると、三個目の岩が転がってくる。
「あのガキ……調子に乗ってくれて」
キレたクミンが二本のナイフを岩目がけ投げる。小さなナイフごときで岩は止められない、常識ならである。
高速で飛んだナイフが岩に刺さると同時に伸びた糸が赤く光を帯びる。と同時に二本の糸が交互に絡んでいく。クミンが両手を広げ糸を引っ張ると、自身の手前から絡んでいた糸が解け、それがナイフまで到達する。
糸の絡みを解いたことによって生まれた回転を受け二本の赤みを帯びたナイフが高速で回転を始める。さながら高速で回転するドリルと化したナイフは、巨大な岩に穴を空けてしまう。
「爆ぜろ」
感情がこもっておらず淡々と呟いたクミンの声が響き、ナイフが岩の中心に貫通したと同時に発動した狐火により岩は粉々に砕ける。
爆発によって砕け散る岩で発生した砂塵を切り裂く鋭い光は弧を描き、クミンの手元に戻ってナイフの形へと戻る。
ここまで刹那の出来事、砕け散った岩の欠片を踏みながら、ナイフをくるくると回し戻ってきたクミンが鋭い目でオレガノを睨む。
「ご、ごめんさいなのじゃ……」
「分かればよろしいです」
部下に睨まれ謝る魔王の姿に驚きを隠しきれないカルダモンたちだが、それよりもクミンの起こした爆発に絶賛の言葉を送る。
***
一通り家からダンジョンまでを見終えたオレガノたちは完成間近の家を見上げる。
「ここまで苦労したけどようやく拠点が手に入りそうなのじゃ」
「ええ、一時はどうなるかと思いましたけど、まあなんとかなるものですね」
目を細めてしみじみと言うオレガノにクミンが続く。
「私も命からがら逃げてきて絶望していましたけど、今はなんとかなりそうって希望が持てています」
ローリエが続けた言葉にオレガノとクミンは何度も頷く。
「借金は増えたけどな」
「うるさいですね。ちょっとの間くらい感傷にふけてもいいでしょう」
サフランとクミンが睨み合う。
「それじゃあ明日には完成させるんで、出来上がったらまたそっちの徴収バードに知らせますわい。おっと、自爆機能は今から取り付けるんで、使い方の説明については明日しますわ」
「おぉそうじゃったの」
「忘れてましたね」
カルダモンの口から出た「自爆」の言葉に軽く答えるオレガノたちだが、まだついていないことを知ったローリエは勇気を持って口を開く。
「え、えっと……自爆はその……必要」
「そう、必要だよな! ローリエの姉ちゃんも分かってんな。いざってときは拠点を吹っ飛ばして逃げる、これが魔王の美学ってもんよ!」
「あ、え、い、いえ。その爆発したら家の破片が周囲に吹き飛んで危ないので……」
必死に身振り手振りを交えて説明するローリエの話を聞いていたカルダモンが手をポン打つ。
「つまりあれか! 家を中心に爆発した場合周囲に瓦礫が飛んでしまう。それは完全な証拠隠滅には至らないから危ないと! そこで家の外周を爆破させ、外回りから中心に向け衝撃波を発生させ中心からの衝撃波と干渉させ跡形も残さないってことだな! 最近提案された爆破技法だが、そいつを取り入れるとはさすがだわい!」
「えっ!? あ、いえ、違う……」
「すごいのじゃローリエ!」
「そこまで考えていたなんて、さすが博識なだけあるわね」
予想だにしないカルダモンの言葉に戸惑うローリエを、オレガノとクミンが褒める。
「あ、いえ……その私は」
「もう、そんなに謙遜しなくてもいいのに。ところで……」
ローリエを褒めまくるクミンはカルダモンを鋭く睨む。するとカルダモンはニカッと笑顔で応える。
「もちろんタダでやらせてもらうわい! オレガノ様のために最新技術を使ってみせろと言う、ローリエの姉ちゃんの粋な計らいに応えないわけにはいかんからの! 火力三倍でやってみせるわい! ガハハハハッ!」
「期待しておるのじゃ! ぬははははは!」
豪快に笑うオレガノとカルダモンを見ながらローリエは呟く。
「か……火力三倍……」
勇気あるローリエの発言により、自爆機能は火力三倍になって明日の完成を向かえることになる。




