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ローリエが持ってきた品をテーブルの上に広げると、ジンジャーが一つ一つ手に取り丁寧に鑑定していく。
そんな様子を、頭に乗せたサフランごと揺れるオレガノが見守っている。
「これはかなり品質が良いですね。力任せに狩らず一瞬で仕留めているのが分かります。これほど鮮やかに仕留められるのは、クミン様ならではということですね」
ジンジャーが一角ウサギの角をはじめとした魔物の部位を見て感心した声を上げる。
「クミンはすごいのじゃぞ! 目にも止まらぬ速さでこうシャーっとやってパパっとナイフで敵をやっつけるのじゃ」
体全体を使ってクミンの凄さを表すオレガノを、ローリエが可愛いものを見る目で赤くなった頬を押えて見ている。
「オレガノ様にそこまで言わせるとは、クミンさんの実力は本物なのでしょうね」
感心しながら頷くジンジャーに、オレガノが熱弁していたとき店の扉が開く。
「遅れて申し訳ありません。カミソリ角ジカの解体に時間がかかってしまいまして」
クミンが慎重に白い布で包まれた長い物体をテーブルの上に置く。布をローリエに手伝ってもらいながら解くと鹿の角が姿を現す。鹿の角といっても内側が鋭くまるで刃物のようになっている。
「ほう、カミソリ角ジカの角の刃を傷つけずに倒していますね。相手に角を使って攻撃させることなく仕留めたということ、これはオレガノ様が絶賛するのも納得ですね」
「オレガノ様が絶賛? なにをです?」
首を傾げるクミンをその場にいる全員が見る。
「まさか……うちですか?」
自分を指さすと皆が頷くので驚いたクミンの手を、駆け寄ってきたオレガノが握って掲げる。
「クミンは凄いのじゃぞ! 余が言うから間違いないのじゃ!」
キラキラし瞳で面と向かって言われたクミンは顔を赤くして背けてしまう。
「そ、そんなこと言っても嬉しくありませんから。えー嬉しくありませんとも。だ、だってオレガノ様は昔指一本で町を破壊したと聞いたことがありますよ。そんなすごい人に比べれば大したことないじゃないですか」
「ほえ?」
クミンの言葉にオレガノがキョトンとした表情で目を丸くする。
「私も聞いたことがあります。拳で大地を割り新しい川を作ったと」
「ほえほえ?」
「そうですね。私は蹴りで山や谷ができた。なんて噂を聞いたことがありますよ」
「ほえー」
ローリエが興奮気味に言うと、続いてジンジャーが顎に手を当て懐かしそうに語る。
「お前そんなすごい奴だったのかよ。人は見かけによらねえーな」
オレガノの頭の上にいるサフランが驚いた顔で覗き込む。
「そんなわけないのじゃ。そんなに強かったら勇者たちに負けておらんのじゃ」
腰に手を当て口を尖らせて反論するオレガノだが、その姿には皆が噂した魔王オレガノの威厳はなく、むしろ可愛らしさにあふれている。
「確かに。ですが、勇者たちの攻撃も常識を超えていましたから多勢に無勢と考えれば、負けたのも仕方ないのかなとも思います」
「うむぅー、あんまり思い出したくないのじゃ。それよりもじゃクミン、お金もだいぶん貯まってきたことだし、そろそろ野宿はやめたいのじゃ。ベッドで寝たいのじゃ」
頬を膨らませて訴えるオレガノの視線を受け、クミンはローリエを見る。
「と申してますが、予算的はどうです?」
「泊まれないことはないのですけど、一日、二日泊ったところで勿体ないかなと思います」
「硬い地面で寝るのはもういやじゃー! 余はフカフカお布団で寝たいのじゃー!」
クミンとローリエのやり取りを聞いたオレガノが体を振ってイヤイヤと駄々をこね始める。
「時々まともなことを言うかと思えばわがまま言って……前言撤回です」
「まあまあ、クミンさん落ち着いて下さい。オレガノ様に窮屈な思いをさせているのは確かですから」
一転殺気立つクミンを宥めるローリエの横に、さり気無く移動するオレガノの行動を見たクミンがさらに殺気立つ。
「オレガノ様、もう少し我慢していただけませんか?」
「むぅー」
ローリエに声をかけられふくれっ面になるオレガノの手を、ローリエが優しく握り微笑む。
「オレガノ様、クミンさんは夜にオレガノ様が眠れるように掛布団を直したり、火の調整や虫が来ないようにとお世話しているのですよ。少しでも心地よく眠れるようにとしているクミンさんの気持ちも汲んでいただけると嬉しいです」
「言わなくてもいいことを……それにそれはローリエもやっていますよね」
恥ずかしそうに顔を背けるクミンと、優しく微笑むローリエを交互に見たオレガノが申し訳なさそうな表情でしょんぼりと小さくなる。
「ごめんなさいなのじゃ……」
視線を下に向けたままボソッと謝るオレガノの頭をローリエが撫でる。
「まあ、ベッドで寝たい気持ちは分かります。うちたちも早くそうできるように努力はしています」
クミンの言葉にオレガノは罪悪感を感じたのかさらにしょんぼりとしてしまう。その姿に居心地悪そうな表情をしたクミンが話す前に、ジンジャーが口を開く。
「カセロールの宿の相場ですと素泊まりで8,000エンぐらいでしたよね。月30日として24万エン。そう考えるとなかなかの出費です。クミン様たちの言わんとすることも理解してあげてください。ときにオレガノ様は今後どうされるつもりですか?」
「どうするとはなんじゃ?」
「カセロールを拠点として生活していくのか、それとも各地を転々としていくのか。静かに生活をするのか、または魔王軍復活、はたまた勇者への復讐などが考えられますが」
ジンジャーの質問にオレガノは腕を組んで考えるが、すぐにジンジャーを真っすぐ見つめる。
「ここにのんびり住みたいのじゃ。狩りをして稼ぎつつ、ダンジョン経営を軌道に乗せたいのじゃ」
「なるほど、でしたらカセロールから北に行ったところにある小高い山に、そこそこ広い土地と小さな家があります。昔、年老いた木こりが住んでいましたがこの世を去ってからは誰も住んでいません。そこを利用されてはどうでしょうか?」
「家じゃと!? 魅力的な提案じゃが、勝手に住んでもいいのかえ?」
「山奥にありますし、土地の所有権は社長にありますから問題ありません」
ジンジャーの提案にオレガノだけでなく、クミンとローリエも驚きつつ聞き入る。
「その家は手入れがされているのですか?」
「お世辞にも綺麗とはいえませんね。まあこれは私たちハヌマーン商会の商売の一環だと思ってくれて構いませんが、家を改装する業者とそのお金を斡旋できますよと伝えておきます」
クミンの質問に笑顔で答えるジンジャーの内容に、クミンは渋い顔になる。
「借金をしろというわけですか。油断なりませんね」
「そこは、ちゃんと回収できそうな方にしか提案してません、としか言えないですね」
笑顔を崩さないジンジャーがカウンターの下から紙を取り出すと、クミンに手渡す。
「これは?」
「今お話をした山奥の小屋の地図です。一度現物を見てみてはいかがでしょう。そこから考えるのもいいのではないかと思います」
「なんとも用意のいいことですね」
「商売上手と言っていただきたいですね」
訝しげに見るクミンにジンジャーが笑顔で対応する。
「クミン、余は一度見てみたいのじゃ。ダメかえ?」
「……まあ、見るだけなら」
遠慮がちに尋ねるオレガノに強く否定できないクミンはローリエを見て助けを求める。
「今日はもう暗くなりますから、明日行くのはどうでしょうか? 夜ご飯も食べる時間ですし」
「そうじゃ忘れておったのじゃ! もうご飯の時間なのじゃ! それじゃあ小屋へは明日行くことにして、早くご飯を食べるのじゃ!」
ご飯と聞いて興奮して部屋を駆けまわるオレガノの背中を、ローリエが押して一緒に外へと出て行く。それにクミンも続こうとする。
「クミンさん、ちょっといいですか?」
ジンジャーに呼び止められたクミンは足を止める。




