1.うまい話にはご用心
森の中を必死に逃げる猪の上を、飛んできたナイフが追い抜くと、先端が地面に刺さる。突き刺さったナイフの柄についている糸が、ピンッと張られ木漏れ日の光を浴び輝くと、生きているかのように輪を作り猪の体に巻きつく。
「爆ぜ……なくてぇ。ふんぬっ!」
木の影から姿を現したクミンが手についている糸を力いっぱい引き、猪を宙に吊り上げるとそのまま強引に投げ木の幹に衝突させる。
「やったのか!」
藪に隠れていたオレガノが飛び出してきて、仰向けになってぴくぴくしている猪の足をロープで縛る。
「オレガノ しっかりやれよ! 縛りが甘いぞ! ギュッと絞めろ!」
オレガノの頭にとまったサフランが翼を羽ばたかせ指示する。オレガノは口を尖らせて一生懸命にロープで猪の手足を縛ると、不器用な結び目をクミンに向けドヤ顔をする。
それを見て、やや呆れながらも笑みを見せたクミンが、紐に棒を通し上から結ぶと猪を担ぐ。
猪一頭を肩に担いで歩くメイドと、頭にフクロウを乗せた女の子の二人組は町へと向かう。
傷の少ない猪を持ち込んだことを解体屋のおじさんに褒められ、ドヤ顔のクミンとオレガノ、そしてサフランはお金を手にしてホクホク顔になる。
「肉や毛皮も売れて6,000エンになりましたから、今日はお肉でも食べますか」
「わーい、お肉なのじゃ!」
喜ぶオレガノの頭の上にいるサフランが、翼を広げバサバサ羽ばたかせる。
「待て待て! 来月からローン返済始まるぞ! 2,000エンは貯めとけ。預かってやるからよこせ」
サフランの口から飛び出てきた、ローン返済の言葉に、二人は肩を落として項垂れる。
「でもまあ、ちゃんと食べないといけませんから、今日は食べに行きましょう」
「そうなのじゃ! 体が資本なのじゃから食べるのは大事なのじゃ」
クミンの意見にオレガノが小さな拳を上げて賛同する。
二人は2,000エンをサフランの口の中へ入れて預けると、町へと足を向ける。
町中を歩き、たまたま目についたこじんまりとした店に入る。久々の外食に喜びを押さえきれないのか、体を上下に揺らしながらオレガノは、壁にかけてあるメニューの札を一心不乱に見つめる。
「むむむぅ、日頃食べるとき名前なんてあまり気にしたことなかったから、名前から料理の姿が想像できんのじゃ……お! ハンバーグは知っておるのじゃ! これにするのじゃ」
オレガノはハンバーグと書かれた札を指を目一杯伸ばしてさす。指先をたどって同じ札を見たクミンもまた小さく頷く。
「ハンバーグですか……しばらく食べたことありませんでしたね。うちもそれにします」
「余につられたなクミンよ。だがハンバーグは美味しいから仕方ないのじゃ。本来、まねっこは許さないが今回は許可してやろう。ふっふっふっふ」
「なにを分けのわからないことを言っているんですか」
腕を組んで不敵に笑うオレガノを呆れた目で見るクミンは、注文を取りに来た店員にハンバーグセットを二つ注文する。
やがて運ばれてきたハンバーグを前にして、オレガノがナイフとフォークを掲げヨダレを垂らしながらキラキラした目で見下ろす。
「お、美味しそうなのじゃ……ん? この赤いソースはなんじゃ?」
「赤いソース? あぁトマトソースのことですか? そんなに珍しいものじゃないでしょ」
「トマトソース? ハンバーグにはこう、ちょっと黒っぽいデ、デ……デミグロスソース! そうじゃハンバーグにはデミグロスソースをかけるものじゃろ」
「微妙に食欲を失いそうな名前を言うのはやめてもらえますか。正しくはデミグラスソースです。って、そんな手間のかかるものを毎回食べてたなんて、お偉いさんの食生活ってのは贅沢ですね。不健康で爆ぜればいいのに」
「ふふん! 余は健康なのじゃ! 虫歯もないのじゃぞ!」
いーっと歯を見せ自慢気にニシシと笑うオレガノを見て、クミンは頭を押える。
「虫歯になる魔族なんて聞いたことないんですけど。そんなことはどうでもいいですので、とにかく食べましょうよ。オレガノ様も庶民になったんですから。庶民の味に慣れた方がいいですよ」
「そんなものかえ? 好き嫌いはないから大丈夫なのじゃ。トマトソースとやらも旨いのじゃろうか? 余を満足させてくれるのか、お手並み拝見といくのじゃ」
口では冷静ですよアピールをするオレガノだが、早く食べたく手仕方ないのが手に取るように分かるくらいソワソワしながらハンバーグをナイフで必死に切り、そのままフォークにさしたハンバーグにかぶりつく。
もぐもぐと口を動かすオレガノの瞳の光の粒が段々と増えて、満天の星空のように瞬き始めると、もう我慢できないと立ち上がったオレガノが叫ぶ。
「おいしいのじゃ‼」
「突然立ち上がるとか、行儀悪いですよ」
「おいしいものをおいしいと言って、なにが悪いのじゃ」
周囲の注目を集めながらも、堂々と言い放つオレガノはドカッと椅子に座るとハンバーグを一心不乱に食べ始める。
「お嬢ちゃんいい食べっぷりだね。よっぽどお腹が空いていたんだな」
いつの間にかテーブルに来た料理人の服装をした小太りの男が、オレガノを見て嬉しそうに笑いながら言う。
「誰なのじゃ?」
「俺はこの店の店主だ。そのハンバーグをおいしい! って叫ぶ声が聞こえたから来てみたってわけだ」
「おお、店主と言うことはこのハンバーグを作った人物じゃな。とてもおいしいものを食べれて満足なのじゃ。礼を言うのじゃ!」
オレガノがフォークに刺したハンバーグを掲げお礼を言う姿に店主は嬉しそうに笑うと、奥からやってきた若い男性が持ってきた小さなフライパンを受け取る。
「コイツは煮込みハンバーグだ」
グツグツと揺れるソースが熱さだけでなく、おいしそうな薫りまで伝えてくる。舌なめずりするオレガノだが、正面に座るクミンは複雑な表情で店主を見ていると、視線に気がついた店主はニカッと笑う。
「俺の作った料理をこんなにおいしいと声にして言ってくれたのは初めてだし、そんなにうまそうに食べてくれたらお礼くらいはしなきゃならんだろう。こいつは俺からのお礼だ」
「わーい! お礼をもらったのじゃ!」
両手を挙げて喜ぶオレガノの目の前に煮込みハンバーグを置いた店主は、まだ怪訝そうな表情をしているクミンに小声で話しかける。
「見たところいいところのお嬢さんと、使用人と言ったところだろうが、色々とわけありなんだろ。南の魔王が討伐されたとはいえ、なにが起きるか分からない世の中だ頑張れよ」
ウインクをして去っていく店主になんて言っていいか分からず戸惑うクミンは、熱々の煮込みハンバーグを口に入れ、熱さで涙目でのけ反るオレガノを見てため息をつく。




