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最後のふたり

 私、ハルが従事している施設『ハッピーガーデン』が無人になってから五年。

 ようやく生きた人間のお友達がきてくれました。 

「人間は誰もいないの?」

 確かめるようにカナタが中を見回します。

「はい、残念ながら……。アンドロイドは私以外にも数体動いていたのですが、もう私しか残っていません」

 っと、いけない。嬉しさのあまり大事なことを言い忘れるところでした。

「カナタ、施設内に入る前にそのネズミの死骸、捨ててくださいね!」

 びしっと指さします。

「えっ?」

 ここは高齢の患者様が残された時間を過ごすための施設です。防疫措置、当然ですが死骸などの非衛生的なものは持ち込み禁止です。

 もっとも患者さんも職員さんも全員死亡しているので形骸化していますが。

「カナタにとっても不衛生ですからね」

「やっと捕まえたご飯なんだけど……」

 名残惜しそうなカナタですが、

「そ、それは食べ物じゃありません! 施設に保存食が残っていますから、それで食事にしませんか?」

「ご飯があるの!?」

「ちょっとだけ消費期限が切れていますが」

「ちょっと?」

「ほんの3年ほど……」

「大丈夫、まだいけるよ!」

 カナタは微笑むと、ネズミの死骸を施設の外に捨てました。


 さっそくカナタを施設の中へ案内します。

 まずは食堂です。


 半分廃墟となった施設を案内しながら進みます。

 大きな破片が散乱し、入り口付近のガラスが砕けています。いくつかの区画は荒れ果て外壁や中にまではつる草が生い茂っています。

 以前、物資を奪おうとした暴徒が押し寄せて、職員の方々を殴り、食料や物資を奪っていきました。アンドロイドの多くも破壊され、若い女性を模したアンドロイドは連れ去られました。

 でも患者様たちが寝ていらっしゃった病室棟は比較的綺麗です。

 5年ほど前まで最後まで生きておられた患者様のお部屋を、私が可能な範囲で清掃し状態を維持していました。

 カナタはそこで休んでもらうことにします。


「入り口は廃墟みたいだけど、奥は意外と綺麗なんだね」

「私が可能な限り清掃をして状態保全に努めているのです」

「すごいんだね、ハルは」

「あ、名前を呼んでくださいましたね、カナタ」

「べ、別に……」


 私は床下に隠してあった最後の保存米を取り出しました。

 災害時緊急用のアルファ米です。残りひと箱、三十人が一週間暮らせる分はあります。

 お湯でお米を戻し、レトルトのカレーも温めます。

 倉庫にあった保存食のほとんどは奪われましたが、患者様のそれぞれのお部屋に僅かに残った分を集めました。

 賞味期限は三年ほど切れていますが、カレーができました。


「……んっっ! うまいっ! 美味しいっ!」

「それは、よかったです」

 カナタは涙を流しながら、それはそれは美味しそうに食べてくれました。 

 よほど長い間ご飯をたべていなかったのでしょう。

 お皿を舐める勢いでたいらげました。

「ハルは……食べないの?」

「私は旧式のアンドロイドですから食事は不要です。施設からの給電で稼働していますから」

「電力もまだ生きてるの?」

「はい、かろうじて」

 私のような旧型アンドロイドは内蔵されたバッテリー電源によりシリコン人造筋肉を駆動します。

 最先端の生体型アンドロイドは人工細胞で造られ、食事からエネルギーを摂取できるといいますが、この施設には導入されていませんでした。


「ここに来る間、電気の灯るところは無かったのに……」

「施設の電力はまだ利用可能です」

 施設に設置された高性能な蓄電池と屋根の太陽光発電パネル。

 これらが『私』の機能を維持しつづけてくれました。

 ハルとしての私の記憶や疑似人格を支えているのは、電力と頭部に内蔵されている「スタンドアロン型のAI記憶ユニット」によるものです。


「太陽光発電……電気が使えるなんてすごいね」

「こうしてお湯も沸かせます」


 とはいえ、以前にくらべて太陽電池は経年劣化しています。

 次々に故障し現在は3割ほどしか稼働していません。私の充電は充電ステーションへの有線接続で行いますがユニットも一台しか使えません。

 私の内蔵バッテリーの性能も劣化しつつあり、あと1年、駆動できるかどうかでしょう。


「美味しかった! 久しぶりにちゃんとしたご飯を食べたよ。ありがとう」

「数週間分は残っていますので安心してくださいね」

「安心していいのかわからないけど、嬉しいな」

 カナタは安心したように微笑みました。

 私も久しぶりに男の子とお話しできて嬉しいです。


 お腹が満たされて元気になったのか、カナタはぽつぽつといろいろなことを話してくれました。

 お母様と二人で旅をしていたこと。廃墟になった街を何年も渡り歩き、この人里離れた山奥にある終末期老人保養施設の情報を託して、お母様はお亡くなりになったのだとか。

 彼は14歳だと教えてくれました。私のデザインされた年齢と近いので良いお友達になれそうです。


「世界にはもう……誰もいないのかな」

 カナタは夕暮れの空をみつめてつぶやきます。


「……まだ可能性はあります」

「えっ?」

「3年前、残存スターリンク衛星同士が再リンクし通信網を再構築しました。マザーAIが配信した情報によると、ここから百キロほど離れた位置に人間が集まる復興施設、避難所があったと聞いています。ですが……以後は通信が途絶えて二年になります」

「二年……」

 厳しい寒波が襲ってきた年です。

 気象変動は人類に容赦なく襲い掛かりました。


「そうだ、カナタのお部屋を案内しますね!」

 半分廃墟の奥、入院棟へとカナタを連れていきました。

「綺麗な部屋……! それに……暖かい」

「12年前の大変動の後、強盗さんが来たり、大寒波が来たりして、職員や患者様が亡くなりました。5年前に最後の患者様も……」

「ひどい世界になったって、お母さんがいってた」

 横顔から読み取れるのは絶望と心細さ。

 世界は壊滅的。

 人間は絶滅しつつあるのです。


 私はカナタに何をしてあげられるか考えます。

 栄養状態は残った食料で改善できます。

 あとは身体を清潔な状態に保ち……気分を明るくしてあげる。

 私にできることをするしかありません。


「ハル、君もひとりなの?」

「稼働しているのは私で最後です」

 私は人間を模したアンドロイド。

 人型人造複合素体、製品名アンドールHDX。

 自己修復シリコンの皮膚に髪。姿かたちは誰からも好かれるようにデザインされました。

 入所者たちの話し相手、相談相手、時には孫や娘として扱われるために。

 年齢も性別も異なるアンドロイドの仲間もたくさんいましたが、次々と機能を停止。 


 廊下のソファーに動かない同僚のアンドロイドが静かに佇んでいます。

 彼女は抵抗した際に強盗によって破壊され、記憶ユニットが抜き取られています。


「私たちは最後の一体と、一人なのかもしれません」

「ちがう。いまはふたりだよ」

「カナタ……」

 嬉しい。私が微笑むと、彼は少し顔を赤らめました。食事のおかげで元気が戻ってきたのでしょう。


「そうだカナタ! 部屋の奥にあるシャワー室へどうぞ、電力OK、お湯が出ます」

「いつも水浴びしていたから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃありません!」

 臭いですし正直、汚いです。

 私はカナタをシャワー室に押し込め服を強引に脱がせました。


「ちょっ!? ハル、やめて!?」

「大丈夫です! 私は平気です、まかせてください! こういう仕事は得意ですから」

 シャワー室は私も一緒に入ります。身体を洗うのは仕事で慣れています。

「恥ずかしいから!」

「大丈夫、安心してまかせて」

 ニッコリ。

 鏡に映ってる顔はなんだか邪悪で「ゲヘヘっ」という笑みを浮かべている感じです。

 やっぱり表情筋アクチュエータが不調です。

「その顔だと安心できないよ」

 降り注ぐお湯のせいか顔が赤いカナタですがありったけのシャンプーを付けてカナタの髪を洗い、身体をごしごしと洗いまくりました。

 シャンプーも石鹸も五年ぶりですが、まだ泡立ちます。

「お湯かげんいかがですか?」

「あ、ありがと……きもちいい」

 全身洗浄完了。久しぶりに人間のお役に立てた気がします。

「歯磨きもしましょう。口を開けて、あーん」

「それは自分でできるから!」

 着替えは沢山あります。何年か前に施設にやって来た「違法行為をする人間たち」が殆どの品物を奪っていきましたが、患者用のパジャマや下着は手付かずで残っていました。


「病人みたい……」

 着替えを終えたカナタは笑っています。

 サイズが合わずブカブカです。髪も長くて女の子みたいです。あとで散髪する必要もありそうですね。

「汚れた衣服は洗っておきますね」

「僕が洗うよ」

「カナタが?」

「だってハル、腕があまり動いてないよ。僕にまかせて」

「……カナタ」

 驚きました。

 自己診断センサーが壊れていたのでしょうか。

 私の腕は確かに機能が低下しています。カナタに指摘されたとおり、手首と指の関節が半分ほど動かせません。

 カナタはそれに気づいてくれました。


「洗濯もできるし、施設の壊れているところも、出来る範囲で僕が直してみる」

「すっ、すごいです、そんなこと」

「その代わり、ここにすこし居させて」

「もちろんOKです、ずっといてください!」

「うん、協力しよう。でないと次の冬を越えられない……。だから、ふたりでなんとかがんばろう」


 カナタは真剣な眼差しを私に向けました。

「あ……」

 驚きました。

 いままでこんな事を言ってくれる人はいませんでした。

 嬉しくて、心に光が差し込むような気持ち……とでも言えば良いのでしょうか?

 こんなとき、なんと答えたら良いのでしょう。

 良い言葉が思いつきません。できるだけ微笑んで、足りない部分は指先で持ち上げて、


「ありがとう、カナタ!」


 今の私は、ちゃんと笑えているでしょうか?


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなく既視感のある物語でありますが、多くの作者様がトライするネタだからでしょうね。 半分壊れているハルでありますが、未だ少女の面影を留めていたのは僥倖でした。もしも幽鬼のような状態であ…
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