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1892日ぶりのお友達

「君は……人間なの?」

 少年が目を丸くして「私」に問いかけます。

 1892日、実に5年と67日ぶりの「人間」のお客様です。


「私はハル、AI自律思考型介護医療支援アンドロイドです」

 声を久しぶり出しました。

 ちょっと(かす)れているかもしれませんが……。


「すごい……! まだ動いてるなんて」

 困惑、驚き、興味――。

 私は彼の感情を検知します。

 本来は高精度だった複合センサーは経年劣化によって十分に機能していませんが、欠損したデータは推論により補完します。

「私は、お話しできるほど元気です」

 精一杯の冗談でこたえます。

 見た目はボロボロかもしれませんが……。

 アンドロイドである私は人間を模して造られています。

 四肢による自由な動作、危険回避しやすい特徴により、五年もの間ほかの仲間たちより長く健常な状態を維持できています。


「ほんとだ人間みたいだね」

「昔は見分けがつかないと言われました」

 警戒心を抱かれぬよう、精一杯の微笑みを向けます。

 私――識別番号AZM0987、個体名『ハル』の見た目は15歳の少女の姿をしています。

 親しみやすい顔に桜色の髪、くりんとした瞳がチャームポイント。

 制服も可愛いかったのですが時を経て薄汚れ、スカートも破れています。


「なんか怒ってる?」

「えっ? 私、笑顔のはず……ですが」

 あれ? 表情再現顔面アクチュエータの動きが良くないようです。こうかな?

 ますます変な笑顔になったみたいです。

 うぅどうしましょう。

「ぷっ、あはは……! いろいろ壊れてるみたいだね」

「……ごめんなさい」

「いいよ謝らなくて」

 彼はすこし苦笑しながら、それでもホッとした様子です。

 瞳を輝かせて笑う笑顔も久しぶり。顔は汚れていますが少年らしい表情です。でも伸び放題の髪に汚れた服。衛生状態は良くありません。ブレザーの制服はボロボロで見る影もありません。腰には武器とおぼしきナイフを所持、おまけに肩にかついだ棒の先には、巨大な野ネズミの死骸を二匹ぶら下げています。まさかあれが食料でしょうか?


「私は人間と友達になれます! おしゃべりが好きで、人間のお役に立てるよう造られました。お友達になりましょう!」

 精一杯のアピールをします。

 寂しそうな人、悲しんでいる人、困っている人に声をかけて笑顔にするのが、介護医療支援アンドロイドたる私が造られた目的なのですから。


「ともだち?」

「はい。まずはお名前を教えていただけますか?」

 上手に微笑めているでしょうか?

 人間と同じ二本の脚に両腕、それぞれまだ機能していますが精度は落ちました。

 金属骨格に合成筋肉駆動系(アクチュエーター)で出来ている私ですが、頭脳は人間と同等のAIがスタンドアロン状態で仕込まれています。

 だから友達になれるはずです。


「僕は……カナタ」

 半信半疑の眼差しですが、彼は名乗ってくれました。

「カナタ! すてきな名前ですね。私のことは『ハル』と呼んでくださいね」

「……ハル」

 少し照れ臭そうに呼び返してくれました。

 これは脈ありです。


「はい。暖かい花の咲く季節から名付けられました。ちなみに某有名SFに登場した人類に反旗を翻すAI『ハル』とは関係ありませんからね」

「はぁ」

 あら? 鉄板のジョークですが反応が芳しくありませんでした。

 それと「春」が消えてからずいぶん経ちます。ずっと秋と冬のような寒々しい日が何年も続いているのです。

「きっと暖かな春は戻ってきます」

 根拠はありませんが前向きであることが私の役目なのです。

「春も夏も来ない……世界は終わったって母さんが言ってた」

 もうひとり人間がいるのでしょうか?

「お母様はどちらに?」

「五年前に死んだ。もうずっと生きた人間を見ていない。どこに行っても骨とネズミばかり」

「それで、ここへ?」

「うん。生きていたころ、母さんから教えてもらった。ここを目指せば、もしかして人間がいるかもって。でも母さんは途中で……」

 ぐすっと鼻をすすります。死別は何よりも悲しいと私は学んでいます。


「……そうだったのですね」

 悲しみに寄り添うべきと知っています。私はカナタに近寄って背中に触れました。

 慰める方法は何度学習しても慣れません。人間は時に怒り出したり、もっと悲しんだりしてしまいます。


「人間はもう……誰もいないんだ」

 ぽた……ぽたと涙をこぼします。

 あぁ、どうすればいいのでしょう。

 とても深い悲しみの顔。カナタはうつむいています。


「私ではお役に立てませんか?」

「……」

「こうしてお話はできます」

「……うん……」

「いないよりマシ、という言葉もあります」

 いくら学んでも繰り返しても、慰めはへたくそです。それでも寄り添いたいと思います。


 世界は滅んでしまったようです。


 ――西暦2035年。

 直径約8キロと推定される巨大な隕石が太平洋に落下。

 沿岸諸国を巨大な津波と大地震が襲いました。

 世界を覆っていた衛星通信網、海底通信ケーブル網、そして超高速量子ネットワークが崩壊。世界の通信が途絶しました。

 更に大規模な気象変動と異常気象、大災害、致命的な疫病の発生が人類を絶滅へと追いやりました。

 繰り返される資源略奪戦争によりさらに人口が激減。人類はあっというまに衰退してゆきました。

 気象変動は止まらず、長い冬の時代が訪れています。残った人間たちも寒さと飢え、疫病、蓄積した汚染物質の影響で息絶えていきました。AIは人間が滅ばぬよう様々な提案をしましたが誰も耳を貸してはくれませんでした。


 むかし施設には人間の職員さんと患者さんが大勢いました。アンドロイドの仲間もたくさん働いていました。皆さん亡くなってゆき、アンドロイドも次々と壊れ動かなくなりました。

 人間をサポートするために作られた私たちAIアンドロイドには何もできません。

 最後まで稼働していたマザーAIは、すでに人類は96%死滅しつつあると推測、私にあるプランを残して機能を停止しました。


「カナタ、私は君と友達になりたいです。君を笑顔にしたいのです」


 目の前にいるカナタを助けたい。

 私は強く思います。

 この考えと選択、願いは本物です。

 人間を笑顔にするのが、喜びだと教えられていますから。


「そんな恥ずかしいこと……よく言えるね」

「言えます! 言います、何度でも! カナタと友だちになります」

「わ、わかったよ」

 投げやりな、呆れたような。それでも嬉しそうに。


「よかった。ではここで暮らしましょう!」

「それは……嬉しい。どこも行くあてもないから……」

 決まりです。

 カナタは施設で保護し私が全力で支え、笑顔にしてみせます。

 では、友達ですから大事なことはハッキリと伝えます。


「カナタ、まず君はとても汚くて、やせっぽちで、ダメな状態です」

 私の指摘にカナタは「はっ!?」と怒ったように顔を赤らめました。

「し、仕方ないだろ! 生きるので精いっぱいなんだから」

 苛立ちと悲しみ、やり場のない空しさを顔に浮かべています。

「すみません、カナタ。感情はいくらぶつけてくれても、私は大丈夫です!」

 胸に手を当てて、笑顔で向き合います。メンタルは鋼で出来ています。罵倒されても文句を言われても平気です。

「……はぁ、気楽でいいよハルは。人形だもんな」

「違います、友だちです」

「どうでもいよ」

 衛生状態と栄養状態を改善すれば、気持ちも前向きで明るくなるはずです。対応すべきリストを組み立てます。今すぐ改善しないといけないことだらけですが。

「まずは衛生状態を改善し、次にご飯をたべましょう」

「わ……!」

「こっちへ、さぁどうぞ」

 私はカナタの手を引いて、施設に招きました。

 極力、笑顔を浮かべます。顔は半分動いていない気もしますが、嬉しい、という感情は言葉や語感でも伝わるはずです。

 AIである私は人間の感情を本質的には理解していませんが、良い条件が整うと「嬉しい」という感情に該当することを学んでいます。


「廃墟なんだね」

「これでも頑張って綺麗にしているのです」

 本当に久しぶりのお客様です。

 カナタは私と同じ年ごろぐらいの年齢です。

 ここは山奥にある閉鎖型老人保養施設。人類滅亡の災厄により職員は次々に倒れ、全員死亡。

 残された最後の患者さまが亡くなったのは4395日前、12年と15日前です。

 白骨化したご遺体は私が中庭に埋葬しました。


 でも嬉しい。人間の友達ができました。

「ハルの手……温かいんだね」

「はい! 人間と同じ体温を再現しています。抱きしめましょうか?」

「そ、それはいいよっ!」 

「ふふ」

 私はいま、上手に笑えているでしょうか? 


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] たまり先生、新作の投稿、長涸れ様です。 しかし介護施設に設定年齢が15歳という少女型のアンドロイドですか……。 これは開発した技術者の趣味が反映されているのか、それとも需要があったのか!?…
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