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ヴィナ・トウキョウ

作者: sucram

三題噺で書いたものです。(元気・SF・スニーカー)

「そこのかっこいいお兄さん、うちの店来ない? 安いよ~」


 日本ではこの手の客引きが多い。

 なんとかって言う名前の犬の像の前で苛立ちを隠せずにいるのだった。

 大学生、カップル、昼休みの会社員グループなどがごった返して目が回りそうになるこの光景は、まさに都会の大喧噪ってやつだ。

 都会の大喧噪。俺も難しい日本語を使えるようになったものだ。

 自分の外国語習得能力の高さに感心していると、派手なオレンジ色のスニーカーが下を見ていた視界に入った。


「お待たせしまシタ! ジラクさん!」


 距離感を間違えてるのではないかというほど、バカでかい声で話しかけてくる金髪ポニテの女――エメは俺の仕事のパートナーだ。残念なことに。


「今何か失礼なこと考えましたネ? ……それにしても、まさかヴィナの方の渋谷だとは、思ってなかったですヨ!」


「なるほどな。それで五分も遅れたわけか」


 ヴィナ。一極集中が過度に進んだ東京では、歯止めの利かない人の数が感染症対策の観点で社会問題になっていた。それに目を付けたのがヴィナルーン社。フルダイブ型のVR技術を開発していた企業だ。

 ヴィナルーン社は当時開発したばかりのフルダイブ技術を使って、過密化が深刻だった都心をVR世界に再現。

 都心近くの三十か所にもう一つの東京、通称『ヴィナ・トウキョウ』にアクセスできる機会を設置したのだ。それもおびただしい人数がアクセスできるほどの数。

 あまりにも唐突。しかも大規模だった。そのため、何か裏に手引きしている組織があるのではないかという都市伝説も生まれたが、じきに消えた。


「だからといって、時刻の十分前に付けば間に合ったはずだ。許さん」


「いや、『なるほどな』って、許す流れだったのニ!」


「気の迷いだ。ほらさっさと行くぞ」



 エメには目もくれず、仕事場に向かってずんずん先を歩いていく。

 後方でエメが不満顔垂れているはずだ。しかし、おそらくヤツはこのように接した方が仕事もコミュニケ―ションも上手く行くタイプなのだ。

 エメと話すのも、ヴィナ・トウキョウにアクセスするのも、すべては仕事なのだから。


『持ち物はすべてこのベルトコンベアにお乗せください――』


 空港さながらの荷物検査を受け、身ぐるみをはがされた身体は冷たい気体に包まれる。一瞬で身体の内部に異物がないかまで検査されているらしい。


「ひぇ! 今ひんやりしましたヨ?! 全身がひやってしまシタヨ!!??」


 俺とエメが今いる場所、これこそ、この広大なVR空間のすべてを作ったヴィナルーン社の本社だ。


「いい加減に慣れろ。あと声が響いてうるさい、黙れ」


「いったーーイ!!!!!!」


 ばこっ、という音がしてから俺は後悔した。くそっ、考えるよりも先に手が出た。

 狭い通路に反響した音は俺の鼓膜を突き、その後耳鳴りがやまなかった。

 青い光で照らされた金属製で無機質な通路には埃一つない。

 それもそのはず、ここはヴィナ・トウキョウ内の関係者しかアクセス権のない特別区域。二十四時間、現実にあるオペレート室からエンジニアたちが管理しているし、本社の中は基本的に無人だ。

 ヴィナルーンは自動統治機能を備えているため、外部の人間が立ち入る余地はない。ただし、そんなヴィナルーンでも一月に一回、現実の情報をダウンロードしなければならない。これこそが俺とエメが来ている理由だ。

 そこまでリアルタイムの東京にこだわらなくてもいい気もする。ただ、これは創業者、ゲンヅキのこだわりなのだ、とボスからは説明されている。

 創業者だかCEOだか知らないが、そのおかげで俺は月に一回、こいつと仲良くデータを持って本社にピクニックしにくる羽目になってるわけだ。

 ふとエメの方を見ると、ぱぁっと顔を明るくする。


「これ、最近流行りのバナナジュースですヨ!」


 いや、検査通過したのか、それ。

 左手に持ったそれを自慢げに見せびらかしてくるが、何も心には響かないし、欲しいとも思わない。

 どんな仕事でも本気になって楽しめるやつほど怖いものなしのやつはいない。

 エメと出会ってすぐの頃、ボスにこう言われたのを思い出す。


「何デスか? じっと見つめて、そんなに美味しそうですカ?」


 付き合っても疲れるだけだと気づいた俺は、下を向いてだんまりを決め込むことにした。

 ……

 二人を乗せたエレベーターはぐんぐんと地下へ潜っていく。



 本社の最下層にあるマネジメントルーム。

 ヴィナ・トウキョウを管理しているシステムの中枢が最下層には広がっている。大きなモニターを操作し、二人分の顔認証パスワードと、今月の認証用パスコードを入力する。これは本社から支給されるもので毎月変更されている。

 ルームの中では、二人で別々の作業をすることになる。俺は先ほど言ったパッチのダウンロードをする。その傍らでエメは自動統治機能が上手くいってるかのメンテナンスをするのだ。

 響き渡るのはキーボードの打鍵音のみ。

 長い沈黙に包まれる室内、モニターを操作しながら考え事をしていた。


 動きを止めて、先ほどから思っていたことを口にする。

「お前、エメじゃないな?」


 エメの動きもぴたりと止まるのがわかった。

 俺は警戒しながら振り返った。もし侵入者であれば、撃退する必要性が出てくる。

 エメはこちらを向いていた。先ほどまでは背中合わせで、振り返った気配はなかったのに。

 不気味なほどにあがる口角。

 その顔はまさにいたずら好きな悪魔のようだった。


「いつ気づいたんですか?」


 普段のカタコト口調ではない。日本語を流暢に話すエメは不気味に思えた。


「確信があったわけじゃない。ただ……」


 先ほど、検査を受け終わった時。


「お前を殴った感触がいつもと違った気がしたんだ」


「気持ちの悪い男ね」


 呆れた表情をするエメ。外見は完全にあいつだが、口調から表情、仕草などがかけ離れている。違和感が不気味さに変わり、さらに警戒心へと変わっていく。

 こいつは何者だ? ここがVR空間である限り、その肉体は現実世界の身体の代替品となる。不正アクセスすれば他人の身体を乗っ取ることなど、いとも容易いはずだ。

 ただ、ヴィナルーンへの不正アクセスがいかに無謀な試みであるかは、普段からシステムを目の当たりにしている俺達が一番よく知っている。

 そもそも内部の人間でなければ、このVR空間内の本社に侵入することは不可能なはず。

 つまり、こいつは社内の人間、もしくは――


「実験の協力に感謝するよ。ジラクくん」


 突如として暗転したかと思うと、エメがいた場所には謎の男が一人。

 照明が消えたのとはまた違った感覚。まるで視界を人為的に操作されたかのようだった。

 どうだね、という風な素振りを見せる男。

 なんでもありだな。

 ヴィナルーン社の創業者、ゲンヅキ。世界を変えた企業の創業者だけあって世界的に有名だ。また、俺たちの雇い(ボス)でもあることになる。

「我々開発者たちが、この世界をどんなに現実世界に近づけても結局はリアルの代替品としか見なされない。むなしくないかね? 私はこの世界を『本物』にしたい。そう思ってるんだ」

 話しながら浮かべる表情はまさに恍惚といったところか。


「そこで、君たち二人を実験台にさせてもらったわけだ」


 二人?


「そう。エメくんにも同様の実験をしている」


 つまり、本物のエメがいたもう一つの本社には偽物の俺がいたということだ。当たり前だが、自分の偽物がいたという事実はあまり気分のいいものではない。


「ヴィナルーンは間違いなく無限の可能性を秘めている。自らの存在を置いておく世界を選ぶのに、ワクワクさせてくれることというだけでは不十分かね?」


「だが、俺は少なくとも実際にお前がエメでないことを見破った。つまりはここが現実と比べて、何か及ばない点があるってことだ」


 ゲンヅキがふっと息をこぼす。


「同様にエメくんにも見破られたよ。……君たちは良いコンビのようだね。ただ、科学は日々進歩するものだということは既に我々が証明している。一人の人間が生きている短い時間でも世界は目まぐるしく変わるんだ」


 ふと横を見ると、ぽかーんと口を開けたエメがいた。

 何か考えているんだろうが、脳の回転が追いついてない。頭で考えるより感じる方が早い。間違いなく本物のエメだ。

「君たちも来ないか? 本社の内部の人間である君たちが仲間についてくれれば、やかましい行政の連中を黙らせることだって容易になる。嫌だというなら――」

 脅し文句のように捉えられなくもない

 先に口を開いたエメを制止する。


「遠慮させてもらおう」


「何言ってるんですカ!?」


「本社には報告せずにおく。それが交換条件だ」


「……」


 ゲンヅキの目を見る。VR空間でも感じられるほどの固い意志。

 やつがゆっくりと目を閉じるのとともに俺達の視界も暗くなっていく。



 目を覚ますと、行きに使ったヴィナのアクセスポイント。

 間違いない、現実世界だ。

 一足先に目覚めたエメからのメッセージ。


『現実の渋谷で待ってマス』


 ヴィナ内も含めると、何時間ぶりかの地下からの脱出。太陽はビルに隠れて暗くなっていた。

 変わらない渋谷の喧騒の中、オレンジのスニーカーを履いたエメが待っていた。


「なんだか疲れましたネ」


「そうだな」


「それにしても、ゲンヅキはいったいどこにいるんでしょうカ」


「おそらく現実世界のゲンヅキはもう存在していない。向こうで会ったやつはヴィナルーン内に残されたゲンヅキのデータだろう」


「なぜそう思うんデス?」


「やつは現実世界での手駒を探していたかのように思えた。あっちの世界では好き勝手出来ても、こっちじゃそうはいかないんだろう」


「なるホド」


 絶対ピンと来ていないな、これは。


「さて、本社にはどう報告しようか」


 エメと別れた帰り道、『本物』の渋谷駅構内を歩きながら、一つ思い出したことがあった。

 エメのスニーカー、発売はちょうど一週間前の新作だった。だから、ヴィナではまだ存在していない。検査後に履いていたものはデザインはよく似ていたが、オリジナルではなかったのだ。

 偽物は何も生み出せない。結局はコピーしているだけ。

 昔読んだ本でそんなセリフがあった気がした。

 俺も今日までそう思っていた。しかし、ゲンヅキを思い出す。あれが本物の人間でないとしたら。俺は自分の感覚を信じられないかもしれない。

 次にエメを思い出す。あいつの顔、表情の作り方、仕草など無意識にでもインプットされている。

 あの時、偽物のエメに抱いた疑念、シックスセンスというやつか。

 すれ違う、仕事帰りのくたびれたサラリーマン。楽しいデートを終えて家路につく別れ際のカップル。

 『本物』の世界が、愛おしい。

 そう思う俺は、『本物』なのだろうか。


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。


ぜひ感想をいただけると泣くほど喜び舞い踊ります、何卒。

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