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学園を卒業した翌年セグルス王子は、セラルーシュ王国の王女オリビアと結婚し、アレンが生まれた。
(アレンか!そうだ。アレンだ)
セシルはアレンの誕生をきっかけにまた少し思い出す事が出来た。セシルは王宮を訪れ、セグルスと酒を飲んだり、アレンと遊んだりできる事に喜びを感じていた。
魔塔主デリクは自分の死が近づいている事を察していた。最近は痛みを和らげる薬なしでの生活もできなくなっており、魔塔主としての仕事のほとんどをセシルに任せていた。
(そろそろだな)
魔塔主デリクには最後に次の魔塔主に伝えなければならない大切な事があった。
魔塔主デリクはセシルを呼ぶと自分の死が近い事を伝え、魔塔主になるための魔法の契約について説明した。
「契約と言っても簡単な事だ。特別な部屋で魔力を使うだけなんだ。今から頼めるか?」
セシルが
「はい」
と応えると、魔塔主デリクは嬉しそうに
「最初はちょっと気持ち悪いがすぐ慣れるからな」
と言ってセシルの手を取ると『秘密の部屋』へと転移した。
そこは部屋というより、空間と言った方がいいような不思議な部屋で、ただ丸く、その中にひとつルビーのように赤く美しい小さな魔石が浮かんでいた。
「セシル、転移の魔法が使えるのは魔塔主だけだという事は知っているだろう。ここは転移の魔法でしか来る事が出来ない『秘密の部屋』なんだ。
昔、操りの魔法によってこの世界は半分滅んだ。魔法は素晴らしい力を持つと同時に恐ろしい力も持つ。初代魔塔主はそれを恐れ、この部屋を作ったんだ。
再び魔法が悪用され悲劇が起きた時、この魔石に込められた魔力を使い時を巻き戻すためにな」
魔塔主デリクはセシルをじっと見つめてから言った。
「セシルはその事をもう知っているだろう?」
「な…なぜその事を……」
セシルは驚いて思わず聞いてしまった。
「私も今思い出した。
以前はこの魔石はもっと大きくて部屋全体が赤く輝く程だったのにある日突然小さくなり輝きもなくなっていた。それなのにその事を今思い出すなんて不思議な事だな。
今は小さな魔石だが、これから先の魔塔主達が魔力を注いでいけばまた大きくなるのだろう」
セシルは打ち明けた。
「魔塔主様が気付かれた通り私は前世でこの魔石の力を使い戻ってきました。
前世で使われた操りの薬による悲劇をくい止める為に戻ってきたのです。ですが、戻ってきた事に気付いた時は既に15歳になっていました。今でも思い出せない事が多く、何のために戻って来たのかと不安なのです。
私がこの魔石の力を使った事がなんの意味もなかったのではないかと不安でたまらないのです。
時を戻しても覚えていなければ意味は無い。私は前世でも1度魔塔主様とこの部屋に来た事は覚えていますが何を言われたのかはあまり覚えていないのです。
魔塔主様、教えてください。魔石の力を間違って使ったからこんなに覚えていないのでしょうか? それとも魔石の力を使うには何かもっと必要なものがあったのでしょうか?」
セシルの必死な顔は今にも泣きそうに見えた。魔塔主デリクは言った。
「セシルの行いは間違っていない。
いつこの魔石の魔法を使うかはその時の魔塔主が決める事。
こうして時が巻き戻り、セシルはまた魔塔主になろうとしている。これは間違っていない事の証だと私は思う。ただ、魔石を使う時、あまりにも心が乱れていると記憶が途切れる事があると聞いている。
その記憶は無くなるのではなく、他の人に蘇る事もあるそうだ。中には2度と誰にも思い出される事の無い記憶もあるらしい。
何せ私は使った事がないのではっきりとは分からないが、前世と今世は違うという事だ。
思い出したとしてもどうしようもない事もあるだろうし、思い出しても今世では意味の無い事もあるだろう。
セシル、1番大切な事はその悲劇を起こした原因を必ず潰す事だ。そうすればおのずとそれに伴う悲しみを防ぐ事が出来るだろう。
もしも時が戻った事に気付いた者が他に居たなら、その事を話すのは構わない。ただ、この部屋の事やこの魔石の事は私の他は誰にも言う事は出来ないぞ。
それを言えばこの部屋は崩れ落ちて無くなってしまう。そして転移の魔法もこの世から消滅するだろう」
2人はそれから色々な話をした後魔塔主デレクは
「セシル、これから私が魔石に魔力を注ぎ、その後でセシルに魔力を注いでもらう。
それが魔塔主としての契約になる。その時から魔塔主はセシルになり、私は魔法師デレクとなる」
「分かりました」
その後2人は順番に魔力を魔石に注ぎ、その時魔石は眩しい程に輝いた。
「魔石がまるで喜んでいるようだな」
魔法師に戻ったデレクはそう言った後ですぐに楽しそうに
「帰りは頼むぞ」
と言って手を差し出してきた。