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魔塔主デリクは水晶を赤く輝かせたこどもの報告を受けると、すぐにその子の事を調べ、誰を担当の魔法師にするか悩んだ。そして今は魔塔主の補佐をしている友人、魔法師ネイメルを呼んだ。
「ネイメルも分かっている通り、セシルは次の魔塔主になる力を持っているが、今のままでは無理だ。今のあの子には亡くなった両親の代わりとなる人が必要だと私は思うんだ。出来ればネイメルがあの子の親代わりになってやって欲しい。頼めるか?」
ネイメルは魔塔主の前に跪き答えた。
「昨日報告に来た魔法師から少し話を聞いて、私もその子のために何か出来ないかと思っていたところです。喜んでお引き受け致します」
ネイメルはすぐに準備を整えると、セシルに会うために中央教会に向かった。
ネイメルは出来るだけわかりやすい言葉でセシルにこれからの事を話した。そして自分はこれからセシルと一緒に暮らしたいが、それで良いかと尋ねると、セシルは少し考えてから頷いた。ネイメルはほっとして次にどこで暮らそうか? と、セシルに聞いた。
セシルは叔父夫婦と一緒に暮らすのだけは嫌だった。
ネイメルは続けて言った。
「少し時間がかかるが叔父夫婦を追い出して今まで居た家で暮らす事も出来る。それまでの間はどこか仮住まいできる所を探せばいい。仮住まいと言わず、俺と2人で家を借りて住んでもいい。費用の事は心配いらない。それか俺の家で一緒に暮らしてもいい。家にはこどもがいないから妻のサラもきっと喜ぶ。猫のトロもいる。セシルがどこを選んでも俺は一緒だ。だからセシルが決めてくれると助かるよ」
「猫がいるの?」
セシルがネイメルに初めて話した言葉だった。
その日の夕方、ネイメルはセシルを連れて家に帰った。サラはこれから何年も1人で暮らすことになると覚悟を決めていたところに夫が男の子を連れて帰って来たので、嬉しくてびっくりした。
ネイメルの家でセシルが暮らし始めた頃、セシルは笑う事もなく、喋らず、何か聞いても首を縦横に振ることで答えていた。ネイメルは根気よくセシルに教え、何か出来ると褒めた。
サラは笑顔で見守り、身の回りの世話をした。そしてセシルが猫のトロを膝に乗せて撫でながらほんの少しだけ笑顔になるのを見てこっそりと喜んだ。
昼間は冷静なセシルだったが、夜中に突然泣き出す事があった。その時はネイメルが抱きしめて同じ寝台で眠った。
少しずつ、セシルは話すようになり、笑うようになった。そして学園に入学する頃には勉強も魔法も誰にも負けない程になっていた。だが、外に出ると水晶を赤く光らせたセシルを好奇な目で見る人も多かった。そういう人に限ってセシルと目が合うと媚びるような笑みを浮かべる。
(信じられるのはネイメルとサラだけだ)
セシルには他人を信じることが難しかった。ネイメルとサラには素直だったが、外では警戒心の強い自信家で生意気な少年だった。
セシルが自分が時を巻き戻し、2度目の時間を過ごしている事を思い出したのは、15歳、あと半年で学園を卒業するという頃だった。当時は3年生の長期休暇が終わると、騎士科と魔法科の生徒を合わせて5、6人で1つのグループを作り、グループ同士での対抗戦が行われていた。
セシルのグループのリーダーは騎士科の学生セグルス王子だった。セグルスは太陽の様な明るい少年で、王子ということもあり、皆の人気者だった。
「セグルスだ。君はセシルだろ?同じグループになれて嬉しいよ。よろしく」
無邪気に話しかけてくるセグルスにセシルはイラついて言った
「王子でも俺は特別扱いはしない。自分の身は自分で守れ」
「もちろんそのつもりだ。だがこれはグループ戦だ。皆で協力していこう」
セシルは心の中で舌打ちした。自分以外の者が足手まといにしか思えなかったのだ。
対抗戦が始まると、セシルは自分勝手な行動ばかりして、1人で相手グループのリーダーを追い詰めていた。そして追い詰められたリーダーはセシルを恐れる余り、魔力を暴走させてしまったのだ。
幾つもの大きな氷の塊がセシルを加勢しようと近くまで来ていたセグルスに向かって真っ直ぐに飛んでいった。セシルは思わずセグルスを庇い怪我を負い倒れてしまった。
翌日セシルは王宮の医療室で目を覚ました。その時、突然前世の記憶がセシルの頭の中に流れ込んで来たのだ。セシルは怪我の痛みに耐えながら
(自分は間に合ったのだろうか)
と考えたが記憶は曖昧で分からない事が多かった。入院している間、セグルスは前世と同じように毎日お見舞いに来ては色々な話をして帰って行った。
(セグルスは変わらないな)
セシルはすぐにセグルスと友達になった。
セシルは卒業して魔法師になるとすぐに魔塔主デリクと補佐に戻ったネイメルの下に付き、魔法師としての仕事をしながら将来の魔塔主としての勉強も始めた。