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魔塔主は名をセシルと言い、平民だが宝石商を営む裕福な家に生まれた。両親はセシルに愛情を注ぎ、何不自由ない生活を送っていた。
ところがセシルが3歳の時、両親は流行病にかかりあっという間に亡くなってしまった。突然の事に戸惑う家に親しくしていた人達が集まりセシルを抱きしめ葬儀も取り仕切ってくれた。
そして最後までセシルと手を繋いでいてくれた父の親友がセシルを引き取るための手続きを始めると、父には昔勘当された弟がいる事が分かった。
弟は昔、まだ家業の宝石商を手伝っていた頃賭け事に手を出し借金を作った挙句、お客を騙してお金を盗もうとした事が原因で勘当されていた。しかし好きな賭け事がやめられず、また借金を繰り返し、そろそろ逃げる事を考えていた矢先、兄が亡くなりその息子を引き取りたいという男からの連絡を受けて飛び上がらんばかりに喜んだ。
(これで俺は大金持ちだ!)
弟はすぐに
『兄の忘れ形見である甥のセシルは自分が育てる』
と返事を送ると、酒場で気に入って声を掛け、肌を合わせるようになった女を誘い婚姻証明書に名前を書かせると、小綺麗な服に着替え、急いで兄の家に向かった。
家に乗り込んで来た弟はすぐに自分達がセシルの叔父夫婦なのだから全て自分達でやると言い、兄の親友を追い返すと何かとうるさい使用人を全員解雇した。そして指示に従う新しい使用人を雇い入れると、セシルの物を全て奪い取り、部屋に閉じ込めた。
叔父夫婦は贅沢な生活に慣れ始めると自分達が後継人でいられる内にセシルを殺すことを考え始めた。セシルが13歳になり学園に入る前に何とかしなければと思ったが、兄の親友が時々セシルの様子を気にして訪ねて来た。今は自分達との生活に慣れさせているからと追い返していたら、今度は手紙やプレゼントを送って来るようになった。
(今殺せばすぐに疑われてしまう)
叔父夫婦は仕方なくセシルを部屋から出し、使用人には適当に働かせろと言い付けるとそのまま無視した。
叔父は大金が手に入り、女遊びを始めると家を留守にする事が多くなった。叔母は経験した事のない贅沢な生活に最初は喜んだもののすぐに飽きてしまった。どんなに美しく着飾ってみても、貧乏だった頃
「綺麗だ。愛してる」
と言ってくれた男は、今は他の女にその言葉を囁いているのだろう。
叔母は徐々にイライラする気持ちが抑えられなくなり、些細な事でセシルを叱ると食事を与えなかったり、狭い物置に閉じ込めたりするようになった。
魔力測定は3か月に1度全ての国で行われる定例行事だ。ロイシエン王国では教会が魔塔への協力を申し入れ、その地域毎に1番大きな教会が測定の場となり、7歳になったこどもに行われる事が決められていた。
セシルも7歳になると、国から魔力測定を受けるよう通知が届いた。
魔力測定を受けさせなければ厳しい罰を受ける事になる。
セシルの魔力測定が行われる日、叔父夫婦は仕方なく朝からセシルを風呂に入れ、いつもよりはましな服を着せるように使用人に言いつけた。
叔父夫婦と一緒にセシルが馬車から降りて中央教会に入ってきた時、その場の管理を任されていた魔法師はいかにも成金のように着飾る両親の前を歩く、薄汚れたシャツと黒いズボンを履いた痩せた男の子が気になった。
その子は礼拝堂に入ると足がすくんだように立ち止まってしまった。すると後ろから来ていた母親と思われる女が手に持った日傘でその子の背中を突き、歩くように促した。その様子を見ていた魔法師は唇を噛んだ。
(なんて酷い事をするんだ!)
それからもその親子を注意して見ていると
「セシルさん、前にどうぞ」
という神官の声にその子は立ち上がり前に置かれた大きな水晶に両手を置いた。
すると水晶が光り始めたかと思うと礼拝堂の白い壁が赤く染まるほどの輝きを放ち始めた。
その場に居た魔法師達は自分達の主となる者が現れた事に感動したが、叔父夫婦は魔法師となったセシルに今まで自分達がしてきた事の復讐をされるのではないかと思い酷く恐れた。
その後セシルは叔父夫婦と一緒に別の部屋に案内された。
「お待たせ致しました」
現れたのは教会に入った時からセシルを気にかけていた魔法師だった。魔法師からはセシルが魔塔に登録される事と、明日セシル専属の魔法師が派遣されることが説明された。
すると叔父夫婦は誰も聞いていないのに、自分達がどんなにセシルを愛しているかという事を力説し始めた。
魔法師は喋り続けようとする2人の言葉を遮ると冷たい声で言った。
「おふたりが何が言いたいのか私にはよく分かりません。ただ私がここで伝えるべき事は全て伝えました。明日にはセシルさんの所に魔法師が派遣されます。後の事はその魔法師に聞いてください」
そしてセシルの方を向き、膝を屈め顔を合わせながら優しく言った。
「セシルさん、私は魔法師のリクと言います。先程水晶が赤く輝いた事によって、セシルさんは魔塔に登録されて魔法の勉強をする事になりました。
でもセシルさんが強制される事は何もありません。いやな事はいやだと言って良いのです。
明日、私達の仲間から選ばれた魔法師が1人、セシルさんのところに来ます。その魔法師が色々と教えてくれる事になっています。どうかその魔法師がセシルさんの友達になれるように願っています」
セシルは無言でじっとリクを見つめた。リクは続けて言った
「ところで、セシルさん、今日はこれからどうしたいですか?」
セシルは驚いた。両親を亡くしてからセシルにどうしたいかなんて聞いてくれた人は父の親友だけだったからだ。
「セシルさんが明日魔法師が来るまでここに居たいならそれでも構いません。ここは誰でも泊まれる教会です。もちろん叔父さん達と帰りたいなら帰っても構いません。セシルさんが決めて良いのですよ」
家に帰ったら何とかして今までの事を言いくるめようと思っていた叔父夫婦は焦った。
「な!…セ、セシル、今日のところは一緒に帰ろう。今夜はお祝いをしようと思っているんだ」
「…そうよ!お祝いよ!主役が居ないのは困るわ」
セシルはそんな2人をチラリと見るとリクに言った。
「俺の家族は死にました。ここに泊めてください」