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婚約の申し出を受けてすぐ
『婚約を受け入れてくれてありがとう』
と直筆で書かれたカードと、大きな薔薇の花束がアリアローズに届けられた。
妃教育は10歳から始まり、10日に1度お休みがあった。
今世の王子はとても優しくて、妃教育の場にも度々様子を見に来てくれ、褒めたり、励ましてくれた。
時間を合わせ2人でお菓子を食べたり、庭園を散歩したりする事もあった。その度に王子は、何か困った事はないかとアリアローズを気遣ってくれた。
2度目の妃教育は、予定よりもずっと早く進み、前世と違って、自由に過ごせる時間も多かった。
アリアローズは妃教育の合間にマーサを連れて王宮を散策しては王宮で働く多くの人と話をした。
気さくに声をかけてくる王子の婚約者に、最初は戸惑っていた王宮の皆もすぐに慣れ、偉ぶることの無いアリアローズにいつの間にか心を許すようになっていった。
王宮の図書室には公爵家にはない本も沢山ある。アリアローズは自分が時を遡った理由を探る鍵があるかも知れないと考え、図書室にも通い本を読んだ。
(出来ることからやっていくしかないのよね)
いつもは笑顔で過ごせていても、どんどん不安になって来て堪らない時もある。
(私がやっている事はこれで合っているのかしら?何か大切な事を忘れてないかしら?
時間がないのだもの、もっと考えて、もっと頑張らなくては!)
アリアローズは気付いていなかったが、険しい表情で考え込んでいたり、悲しい表情で思い詰めていると、王子とのお茶に誘われる事が多かった。
(時間がないのにゆっくりお茶なんて!)
ムッとしてみても王子の誘いを断る事は出来ない。いつも仕方なく案内の侍従に付いて王子の待つ部屋に向かう。
「来てくれて嬉しいよ」
笑顔で迎えてくれる王子と過ごすうちに、いつの間にか不安は薄れ、前向きな気持ちになれるのだった。
7歳から始めた魔法の勉強は、基礎から応用へと進み、アリアローズが10歳になり妃教育が始まるとグレイは、公爵令嬢にはこれ以上の魔法は必要ないのではないかと考えたが、魔塔主から
「バルトレイ公爵家への指導は出来る限り続けて欲しい」
と言われ、10日に1度、妃教育の休みの日に合わせて公爵家に通うようになっていた。
その頃アリアローズはバリアが使えるようになりたいとグレイに相談して来た。アリアローズは細かい魔力の調整が苦手で今のままではバリアを使うことは出来ない。グレイはその事を正直に伝えた。
「バリアを使うには魔力を練って編むような繊細なコントロールが必要です。リア様にはまだ難しいと思います」
「では、どうやれば繊細なコントロールができるようになりますか?」
少し考えた後、グレイはコップを2つテーブルの上に少し離して置き、そのひとつにだけ水を一杯に注いだ。
「見ていてくださいね」
グレイの指が弧を描くと、コップの中の水が 1本の細い棒の様になり、美しい弧を描いてもうひとつのコップに零れることなく注がれていった。
「リア様もやってみてください」
アリアローズがやると、水が一気に持ち上がったかと思うと、すぐに飛び散り、周りにいた者にも水がかかってしまった。
「ごめんなさい!」
「初めは皆こうなりますよ。リア様も練習すれば出来る様になります。でも今はもう少し水の量を減らした方がよさそうですね」
グレイは悪戯っぽく笑って言った。
アリアローズはコップの中の水を棒状にしていく事から毎日練習し、半年経つ頃には零さず運べる様になった。
「そろそろ次の段階へいきましょう」
グレイはコップの間隔をそれまでの 3倍に広げ、同じように水を移動させて見せた。
「この様にして、だんだんコップの間隔を広げていってください。その内コップでは水が足りなくなりますからバケツに変えていって、だいたい、この部屋の端から端まで離れても零さず運べる様になれたら、バリアを教えます」
それから2年後、グレイの前で堂々と水の弧を描いたアリアローズにバリアを習う権利が与えられた。