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8歳になったある日の午後、執事のセバスがアリアローズの部屋をノックした。
「お嬢様、御当主様がお呼びです」
( これは…… きっとお茶会のお話ね)
アリアローズは落ち着くために両手を胸に当てて深く息を吐いた。
セバスに連れられ執務室に行くと、前世と同じ様にユーリスが先に座っていた。
「リアも座って」
大きな机の向こうには笑顔の父がいた。
「2人に王妃様からの招待状が届いたんだよ」
(やはりお茶会の話ね)
「お父様、私、行きたくありません」
嫌がるアリアローズを見て父は驚いた。
「何故だい?今回のお茶会はこども達ばかりで退屈しないはずだよ。お友達ができるかも知れないし、本もお菓子もたくさん用意するそうだよ」
うつむくアリアローズの両手を取ってユーリスが優しく言った。
「リア、僕がずっと側にいてリアを守るから心配しなくて大丈夫だよ。一緒に行こう」
どうせ断る事など出来ないのだ。
「お兄様ありがとう。ずっと側にいてね」
「ユーリスもリアもありがとう。無理はさせたくないが、この招待は断わることができないんだよ。ユーリス、リアの事を頼むぞ」
「もちろんです。絶対に1人にはしませんから、安心してください」
力強いユーリスの言葉に、父ダニエルは安堵した。
お茶会当日。
2人が準備できた頃、王宮から護衛を付けた特別な馬車が公爵家の前に停まった。
今日は親の居ない所での振る舞いを観る為に用意された特別なお茶会。
アリアローズとユーリスは王宮からの使者に連れられ、両親に見送られながら、2人だけで馬車に乗り込んだ。
2人がお茶会に着いた時にはもう沢山のこども達が集まっていた。
広々とした部屋には玩具や本が沢山置いてあり、それぞれに好きなことをしている。バルトレイ家の2人は椅子に座り本を読むことにした。
暫くすると、王妃様がアレン王子と共に現れ、こども達に優しく挨拶した。その後は飲み物とお菓子がテーブルに並び、食べたり、遊んだり、本を読んだり、お喋りしたり。
が、何せ5歳から12歳までのこどもが30人以上集まっているのだ。
時間が経つに連れて、 泣き出す子。喧嘩をする子。使用人に我儘を言って困らせる子
いつの間にかこども達は減っていき、最後にはユーリスとアリアローズを含む10人が残された。
「庭を案内しよう」
王子の誘いに皆も移動する。残されたのは10人で、皆、見目麗しく優秀だった。
散策の後通されたのは落ち着いた雰囲気の部屋。ローテーブルを囲むように置かれたソファーに王子と皆で座り、お茶を飲みながら歓談した。
王子はそれぞれに笑顔で声を掛け、楽しそうに相槌を打つ。
(前世でもこの10人が残されて、この中から側近も選ばれていた。そして、婚約者も……。
でも前世では庭の案内はなかったし、お茶会には王妃様も同席されていたわ。
前世のアレン様も皆に話し掛けていたけれどちょっと違う感じがする。
前世と今世では違う事もあるから、予想通りには行かないってことね)
考えながらお茶を飲み、ゆっくりと顔を上げるとこちらを優しく見つめる王子と目が合ってしまった。アリアローズは慌てて下を向くとまたお茶を飲むのだった。
お茶会も終わり、帰り着いたアリアローズは両親と兄にお礼を言うと自室に入り、ほっとして長いため息をはいた。
(あー良かったわ。何事も無く終わった)
マーサに手伝ってもらいドレスを脱ぐと湯浴みを済ませ、あっという間に眠ってしまった。
5日後、父に呼ばれ執務室に行くと、そこには父だけでなく母も待っていた。
「リア、おめでとう。リアがアレン王子の婚約者に決まったよ」
おめでたい知らせに無言で青ざめる娘を見て両親は戸惑った。
「リア、これは間違いなく良いお話だよ。アレン王子が望んだ事なんだ。もちろん王妃様もこの話を喜んでくださっている。
私は王子が幼い頃からよく知っているが、聡明で優しくて、見た目も素敵だろ? きっとリアを幸せにしてくれるはずだよ」
「私は王子妃ではなく、魔法師になりたいのです」
「私もお母様もリアに嫌がる事はさせたくないが、これは断る事が出来ないんだよ。
それにお父様としては、リアに王妃様になってもらいたい」
困った顔をしている父の横で母は優しく話してくれた。
「私がここに嫁いでから、リアのお父様のお母様から、つまりお祖母様から何度も聞いたお話よ。
お祖母様がここに嫁ぐ前は王女様だった事はリアも知っているでしょう?その王女様だった子どもの頃の話よ。
王妃様と弟の3人で馬車に乗っていた時、強盗に襲われた事があったの。とても怖かったけれど、自分が弟を守らなければと必死だったそうよ。その時王妃様がニッコリ笑うと『大丈夫よ』と言ってて、2人をぎゅっと抱き寄せて魔法でバリアを張ってくださったの。その後すぐに馬車の扉が壊されて強盗がお祖母様達に向かって剣を振りおろしたけど、バリアで剣は弾かれて、3人は助かったそうよ。
バリアの中にいた時、とても怖かったけれど、王妃様の腕の中でとても安心出来たとお祖母様は幸せそうに言ってらしたわ。 リアが魔法が好きならそれで良いのよ。魔法が使える王妃様がいても構わないの。
アレン王子との婚約をお断りする事は出来ないけれど、今まで通り魔法の練習もして良いのよ。リアは王家に望まれたの。これは本当に素晴らしい事なのよ。大変な事も沢山あると思うけれど、リアなら乗り越えられるとお父様もお母様も信じているわ。
でも、もしも我慢出来ない事や、辛い時はすぐに言うのよ。お父様もお母様も全力でリアを助けるし、守ると約束するわ」
両親にそこまで言われたらもう仕方ない。
アリアローズはアレン王子の婚約者となった。