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宿を出る日の朝、ムーリャンはすっきりとした気持ちで目が覚めた。

部屋に余計な物が残っていないか念入りに確認すると遅い朝食を食べて、宿主が用意してくれた馬車に荷物を運んでいると約束通りローラが薬を取りに来た。


「これがローラ嬢から頼まれた薬だ。飲んだ後は眠くなるから気を付けろよ」


ローラはお金を払い、礼を言うと嬉しそうにエミリアと約束してあるお店に向かった。

ムーリャンも宿主にお金を払い礼を言うとエルノアにある『森の家』へ向かって出発した。


ローラが約束した店に入るとエミリアはもう紅茶を飲みながら待っていた。ローラは薬を渡す前に確認した。


「これを渡せばもう私に関わる事はないと約束してくれるのね?」


「もちろんよ。あなたの方こそお兄様の事はいいの?」


ニヤリと笑うエミリアを見て、ローラは鳥肌が立った。


「ライエル様の事はもういいの。私から関わる事は絶対にないわ」


「それならいいのだけれど…話が済んだなら早くそれを渡して頂戴」


エミリアは薬を奪うように受け取ると


「御機嫌よう」


と、大喜びで店を出ていった。


ローラはエミリアを見送った後、久しぶりに清々しい気持ちで紅茶とケーキを堪能した。


ローラが店を出て、広場にある店で買い物でもして帰ろうと歩いていると、急に2人連れの女から声を掛けられた。


「ローラ・シークリットさんで間違いないかしら? 」


「はい、私になんの御用でしょうか?」


ローラは最初怪しいと思ったが、2人とも平民とは思えない高価な生地を使い、手の込んだ刺繍の入ったワンピースを着ている。


(どこの貴族の方かしら?)


王宮内で会った事があるのかも知れないと考えて要件を聞く事にした。


「ここは目立つからこっちへ来て。部屋を取ってあるの」


場所を変える事にした2人はローラを近くにある『魔法師の部屋』へと案内して、自分達は魔塔から派遣された魔法師で、王子の紅茶に薬を入れた罪でローラを捕らえに来た事を告げた。


それを聞いたローラはエミリアが約束を破り、薬の事を告発したのだと思い込み


「違うんです!」


と言いながらその場に泣き崩れてしまった。魔法師が言った


「落ち着いてちょうだい。私達はあなたがライエル・クルージュに頼まれて王子の紅茶に薬を入れた事も、エミリアに脅されて薬を渡した事も知っているわ。

もしも今までの事を何もかも正直に話し、何かあればいつでも証言するという書類に署名するなら、魔塔主様に減刑を頼んであげるけど、どうする?」


もう1人の魔法師も言った。


「王族の飲み物に薬を入れるなんてそんな事をしたら極刑は免れないわ。私にはあなたが自分からそんなに悪い事をするような人には見えないの。

だからあなたを王宮の護衛騎士に引き渡す前に話を聞こうと思ってここに呼んだのよ」


ローラは極刑は免れないと聞いて恐ろしくなり、2人の言う通りにした。


その後魔法師達がローラを王宮まで連れて行くと、王宮の入り口では魔塔主から連絡があったようで、既に王宮騎士がローラの到着を待っていた。



エミリアは家に戻るとローラから受け取った薬を眺めながら誰に飲ませようかと考えていた。近付く事さえ難しい王子に飲ませるのは無理だろう。

それならアリアローズに飲ませれば良いと思い付き、我ながら良い事を思い付いたと嬉しくなった。


(そうよ、アリアローズなら女同士だし近付いて紅茶に薬を入れる事が出来る。私が今までの事を謝りたいとか言ってお茶に誘えばいい気になって来るはずだわ。

ちょうどお兄様も仕事で出かけてるから上手くやれば叱られる心配もないわね)


エミリアはすぐにアリアローズに手紙を書くと執事を呼んで届けさせた。


バルトレイ公爵家の門の前にクルージュ男爵家の紋章の付いた馬車が停り、アリアローズに使者から手紙が届けられた。


手紙はエミリアからの物で、是非会ってお詫びがしたい。王都に出来た新しいお店の個室を用意したから来て欲しいと書かれていた。アリアローズは王子や魔塔主に相談して決めたいと思ったが、使者が返事を待つと言う。


(エミリア様は私を呼んで何かしようとしているに違いない。そうでなければ私にお詫びしたいなんて言うわけないもの。アレン様との事をほんとうに謝ってくださるのならそれで良いし、何かしようとしているのならその証拠を掴む事が出来るかもしれない)


アリアローズは使者に、了承する事を書いた手紙を預けた。


翌日学園の帰り、いつものように王子と馬車に乗っていた時アリアローズは王子に頼んだ。


「アレン様、魔塔主セシル様に相談したい事があるのです。アレン様から連絡して頂くことはできますか?」


2人にはどこに居ても誰かが側に付いている。何かあった時のために魔塔主の後に「セシル」を付けた時は緊急事態の合図と決めてあった。


斜向かいに座っていた王子は、「セシル」という言葉を聞くと背もたれからサッと身体を起こし、アリアローズの手を取ると両手でそっと包み込むようにしながら言った


「大丈夫だよ。連絡しておくからリアの勉強が終わったら私の執務室においで。リアが来てくれるならお菓子も準備しておくよ」


アリアローズを見る時の王子の瞳にはいつも『愛おしい』と書かれているように見えるが、今日は特に甘い。


学園の授業に加えて王になるための勉強、そして騎士科の学生としても早朝から身体を鍛えている王子は髪の色は明るい茶色で、外側から青、緑、オレンジと変わっていく、王族の血を引く者に見られる事がある不思議な色の瞳をしていた。そして笑うと少しこどものような表情を見せる。


騎士のように精悍な姿でありながら、端正な顔立ちをしている王子からの甘い視線にアリアローズは視線を下げて頬を染めながら答えた。


「分かりました。よろしくお願いします」


後3話で終わります。

今日中に全て投稿する予定です。

読んでくださり、ありがとうございます。

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