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ムーリャンがライエルの家を出て宿に着いた頃、魔法師達がクルージュ男爵家の玄関の前に到着し、呼び鈴を押した。
ムーリャンが忘れ物でもしたのかと思い玄関に出た執事は黒い布で顔を半分隠した魔法師達を見て腰を抜かしそうになったが、魔法師が魔塔の紋章を見せながら、緊急の要件があると告げると、すぐに中に通してくれた。
(魔塔から魔法師が来たという事は、クルージュ男爵家に魔法に関する大変な事が起きたに違いない)
当主の部屋に案内するように言われた執事が魔法師達を案内すると、眠っているライエルの部屋に入った魔法師の1人が言った。
「クルージュ家の当主は魔法による病気にかかっている。そのため魔塔に連れて行き治療するが、この事は当主の家族にも誰にも言わないように」
すると執事は頭を下げて言った。
「かしこまりました。ライエル様は急な仕事で出かけた事に致します。決して今夜の事は他言致しません」
翌朝目が覚めたライエルは自分に手枷がはめられている事に気付き驚いた。
(なんでこんなものが!)
何だかおかしな感じがするし、酷く頭が痛くて身体もだるい。
(酔って誰かを殴りでもして手枷をはめられたんだろうか?で、ここはどこだ?)
考えていると誰かが寝台に近付いてきた。
「目が覚めましたか?ここは魔塔で私は魔法師です。あなたは昨夜、眠ったままここに連れて来られました。すぐに魔塔主様が来るのでそのまま待っていてください」
そう言うと魔法師は寝台の近くに椅子を運んで来た。
「来られました」
魔法師が言うのと同時に1人の男がその椅子に腰掛けると話し始めた。
「俺は魔塔主のセシルだ。昨夜ライエルに魔法がかけられたという報告を受けて本人に来てもらい調べたところ、やはり操りの魔法の薬を飲まされていた。誰にやられたか分かるか?」
「…ムーリャンさん…でしょうか?」
「それは分かっているんだな。知っての通り操りの魔法の言葉は言った本人にしか分からない。だから念の為に手枷を付けさせてもらった」
魔塔主はじっとライエルを見ながら続けた。
「ライエル、アレン王子に操りの魔法の薬を飲ませたのはお前とローラで間違いないか?」
ライエルは驚いたが手に力を込めて握ると、しっかりと答えた
「そうです。ローラという侍女に頼んで紅茶に薬を入れてもらいましたが、彼女は心を落ち着かせるだけの薬だと信じています。
その後言葉をかけたのは私です。ですから全て私がやった事です。ですが、魔塔主様、王子には何も起こらなかったのです」
「いや、王子は確かに操りの魔法に掛けられていた。ただ俺が魔法を解いたから何も起こらなかっただけだ。
ところでライエル、その時王子に言った言葉を教えてくれ」
「…アリアローズ様を嫌いになり、妹エミリアと婚約すると…」
「なるほど、やはりそうだったか」
ライエルは下を向いたまま顔を上げる事ができなかった。
魔塔主は魔法を解除するためにはもう1度薬を飲んでもらう必要があるからと言って薬の入った水をライエルに飲ませると囁いた。
「ライエル・クルージュに掛けられた魔法は全て解除される」
ライエルの魔法が解かれた翌日、魔塔主は尋問されるライエルの様子をリクと一緒に隣の部屋から見ていた。
魔塔主はリクに話しかけた。
「エミリアとローラは変わりないか?」
「変わりありません。2人とも次に会う日までは大人しくしているつもりでしょう」
ムーリャンを捕まえるために『森の家』にも、エルノアとの国境にも、魔法師を派遣して監視させている。
「ムーリャンが捕まるのも時間の問題だな」
「そうですね。できれば捕まった時に操りの魔法の薬が入った瓶でも持っていてくれれば尋問も楽になるのでしょうが、そうはいかないでしょうからね。ライエルからムーリャンに関する証拠を何か引き出せれば良いのですが…」
それを聞いた魔塔主は、突然前世の事を思い出した。
前世では、グレイが『森の家』の中で古い手帳と薬瓶を見つけて届けてくれた。その時グレイは、作業台の床下に物入れが作られていてその中に入っていたと言っていたはずだ。
ライエルがエミリアのためと思い王子を操ろうとした事の愚かさを嘆いている姿を見ながら、魔塔主はリクに自分は今から『森の家』に行くから、しばらくの間ここを頼むと言い始めた。
突然魔塔主に留守を頼まれたリクは、はっきりと断った。
「お断りします。今、魔塔主様がここを離れるのは無理です。魔塔主様にはライエル達の罪の重さを判断し、処罰を決めてもらわなくてはならないのに出掛けるなんてとんでもないです」
「そうか…ではグレイに行ってもらうしかないか」
リクはすぐにグレイを呼んだ。
魔塔主はグレイに『森の家』には必ず何か証拠が隠されているはずだから、天井裏や床下も探して見てくれと頼んだ。
魔塔主の焦っているようすを感じたグレイは、すぐに『森の家』へと向かった。




