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ムーリャンが昼食を終えて宿の部屋で過ごしていると、宿主が客が来た事を知らせに来てくれた。
(今日は誰とも約束していないはずだが)
どんな人が来たのかと聞けばローラと名乗る若い女だと言われて外に行くから待ってもらうようにと頼んだ。
「今度は何の御用でしょうか?」
と聞くムーリャンに、ローラは申し訳なさそうに話を聞いて欲しいと言う。仕方なく近くにある店に入り話をする事にした。
ローラはエミリアを手懐けてライエルとの仲を取り持ってもらおうとしたが、手懐けるどころかエミリアに脅されてムーリャンから薬をもらってくるように言われた事を正直に話した。
「もうライエル様の事はどうでもいいんです。あんな妹のいる方との結婚なんて私には無理ですから。それよりもムーリャンさん、あの時と同じ『気持ちが楽になる薬』を私に分けてください。それをあの娘に渡して、あの家の者とは2度と関わりを持たないつもりです」
ムーリャンは諦めるどころかローラを脅してまで薬を手に入れようとしているエミリアが恐ろしくなった。
(やはりエミリアをこのままにしとくのは危険だな)
ムーリャンは言った。
「次の約束の日は7日後だったな? それだけあれば薬も手に入れられる。
ローラ嬢は 7日後に、先にこの宿に寄って俺から薬を受け取った後で、エミリアのところへ行けば面倒な事が一気に片付いてちょうどいいだろう」
ローラは嬉しそうにお礼を言うと帰って行った。
(このままでは俺はあの兄妹と一緒に捕まってしまう)
これまでムーリャンはライエルの事を気に入っていた。年の離れた弟の様に感じてた事もあったが、エミリアを庇い守ろうとするライエルはムーリャンにとって、厄介な存在になってしまった。
(エミリアが動く前にこの街を離れないとまずい事になりそうだ。ローラに薬を渡したらすぐ宿を出てエルノアに帰ろう)
ムーリャンは宿に戻ると宿主に、7日後にここを発つことを伝えると、ライエルに手紙を書いた。
そして、手紙を届けてもらうために、宿主に使用人を貸してもらうと、ライエルに手紙を届けたらその場で返事を貰うようにと頼んだ。
ライエルに届いた手紙には、ローラの事で話がある。という事と、エルノアに帰る前にもう一度一緒に酒を飲みたい。と書かれていた。
(ムーリャンがなぜローラの事を?)
ライエルは不安を感じつつ、手紙の返事を待つ宿屋の使いに言った。
「ムーリャンさんに承諾した。楽しみにしていると伝えてくれ」
数日後、ムーリャンがライエルと待ち合わせしている店に入ると奥にある個室でライエルは困ったような顔をして待っていた。ムーリャンはライエルに言った。
「ライエル、なんて情けない顔をしているんだ。話があると言っても悪い話じゃないから安心しろ」
それからムーリャンはローラがエミリアを手懐けようとして髪飾りを送った事やエミリアがムーリャンから薬を手に入れるようローラを脅した話をした。
ライエルは驚いた顔をして言った。
「エミリアがローラを脅した?」
「そうだ。だがそのおかげでローラはお前との結婚を諦めるそうだ。それにローラはあの薬の事を『気持ちが楽になる薬』だと勘違いしていた。ライエルがそう教えたのか?」
「そうだ。王子に何の薬を飲ませるのか聞かれた時そう答えておいたんだ。ローラはそれを信じてくれたから、私に協力して王子の紅茶に薬を入れたんだ。
それよりムーリャンさん、エミリアに操りの魔法の薬を渡すつもりなのか?」
「いいや、ローラには頼まれた薬だと言ってただの眠り薬を渡すつもりだ。ローラも俺から手に入れた薬を渡さなければ大変な事になると恐れているんだ。何も渡さない訳にはいかないだろう」
「そうか、では私はローラから解放されるし、エミリアは眠るだけの薬を手に入れて納得する事になるんだな」
「そういうことだ」
「それならもう安心だな」
ライエルはほっとしたように笑うと美味しそうに酒を飲み始めた。
(こいつがまだエミリアの事を可愛いだけの妹だと信じ込んでいるのなら、残念だがこれで終わりだ)
ムーリャンはライエルを試すために聞いた。
「エミリアが次に俺のところに薬をよこせと言って来たら俺はどうすればいい?」
するとライエルは気持ちよくなってきたのか楽しそうに笑いながら答えた。
「心配しなくてもエミリアがムーリャンさんのところへ行くことはないよ。相手を操る事ができる薬などあるわけがない。
エミリアの事だ、必ずローラから受け取った薬を使うだろう。そしてやはりムーリャンさんの薬は効かなかったのね。という事で終わるだろうからな」
それを聞いたムーリャンは怒りが込み上げてきた。
(俺の作った薬が効かない?操りの薬があるわけないだと?ロイが苦労して作り上げた薬の事を馬鹿にする気か!)
あと数日でムーリャンはエルノアへ帰ってしまう。この国での思い出話をしながらライエルは残念がり、
「あともう少し」
と、酒の量が増えていった。そろそろ帰ろうかという時にムーリャンは操りの魔法の薬を入れた水をライエルに勧めた。
「ライエル、水を一杯飲んで帰れ」
ライエルは言われるままに水を飲み朦朧としたところにムーリャンは囁いた。
「ライエル・クルージュは妹エミリアを殺した後で自死する」
そのまま腕の中に倒れ込んだライエルを抱えて家まで送り、恐縮する執事と二人がかりで寝台に寝かせるとムーリャンは宿に戻った。




