32 前世 ( 13 )
翌日、ライエルの埋葬はエミリアとムーリャン、そしてまだ残っていた使用人達によって見届けられた。そしてムーリャンはエミリアと執事に挨拶をすませるとどこかへ行ってしまった。
執事と数名の使用人が屋敷の片付けをしていると、突然エミリアが王宮に帰ると言い始め、執事は困ってしまった。
ライエルが亡くなった後、馬を大切にしていた馬丁が自分が辞める前に信頼出来る所に馬を引き取ってもらいたいと探し回り、やっと引き取ってもらえたばかりだったのだ。
執事が馬がいないので馬車が出せない話をエミリアにすると、エミリアは怒り、執事を罵倒すると部屋にこもってしまった。
それから数日後、エミリアの侍女からの依頼を受けて王宮からの迎えの馬車が伯爵家の前に停まった。
(ほんとうにこの家の使用人は役に立たないんだから!
王宮の迎えも遅すぎるのよ!)
エミリアは怒りながら馬車に乗ると見送る執事や使用人達の方を見ようともしなかった。
ライエルの埋葬を見届けた後、ムーリャンは王都の街で美味しいと評判のレストランで食事を摂りながら家に帰るのに何日かかるか考えていた。
(エミリアが王宮に戻ったらすぐに自分にも追っ手が来るだろう。最後に『森の家』に帰ってあの手帳だけは自分で処分しないと)
食事が終わりムーリャンは馬車を借りて王都を出る事にした。
国境を越えたところでムーリャンは、馬車を馴染みの宿に預けると今度は馬を買い『森の家』を目指した。
その頃グレイは『森の家』を探し出して家の中を調べていた。その家は確かにミルバルドを捕まえた家に間違いなかったが、穴が開いたはずの壁も直り、家具も新しくなっていた。
(まだここを使っているようだな)
材料棚には新しい素材も置かれており、作業台の上には薬草や薬瓶が並び、革袋がいくつも置いてある。
グレイが作業台の上に並んでいる薬瓶の中を確認しようと手を伸ばし、薬瓶に触れた瞬間、あっ!と思った時には既に薬瓶が1本、床に落ちたかと思うと作業台の下の隙間に転がり込んでいった。
(しまった!)
取ろうとしたが狭くて手が入らない上に作業台は重くて動かせそうになかった。
グレイは仕方なく魔法を使って作業台を動かし、薬瓶を拾おうとした時、転がった薬瓶の横に指が1本入る程の小さな穴を見つけた。
見渡すと作業場の床全体に節のある板が使われており、節は黒く、穴があいていても気付く事は難しい。グレイも瓶が穴のすぐ側に転がらなければ気付くことはなかっただろう。
グレイは適当な棒を作業台の上から見つけると穴に差し込こんだ。
「チャリッ」
小さな音がしたがそのまま蓋になっている板を持ち上げると、そこは物入れになっていて、1冊の古い手帳と小さな薬瓶が1つ入っていた。
グレイはその手帳を少し読むとすぐに部屋を元に戻しながら他に隠し場所はないかと部屋中を確認すると馬に乗り魔塔へ向かった。
ムーリャンが家の近くまで来た時、手帳を隠していた物入れの蓋が今、開けられた事が分かった。
(つっ!遅かったか!)
念の為開けられたら分かるように小さな魔石を仕込んでおいたが、一体誰があそこに物入れがある事に気付くだろうか。ムーリャンは離れた所から様子を見る事にした。
しばらくすると家から男が1人出てくるのが見えた。男がそのまま家の裏の方へ走って行った後、馬の足音が聞こえ始め、それがだんだん遠くなり聞こえなくなるとムーリャンは周りの様子をうかがいながら家に入った。
家の中は出掛けた時と変わっていないように見えたが、作業台の上を見るとやはり誰かが触った後があった。ムーリャンは魔法を使い作業台を動かすと床板の節に作った穴に棒を入れて蓋を開けた。やはりそこに入れておいた手帳と薬瓶はなくなっていた。
(ここまでだな)
ムーリャンは物入れの蓋も戻さずに立ち上がるとゆっくりと家の中を見回した。
作業台の横にある棚はロイが作ってくれた棚だったし、キッチンにある食器の中には幼い自分の為にロイが買ってくれたコップもあった。
いつの間にかムーリャンの目には大粒の涙が溢れ頬に零れ落ちていた。
「ロイ、ごめんな」
そう言うとムーリャンは家の中に火を放った。




