29 前世 ( 10 )
ライエルの死はすぐに王宮にも伝えられた。
自死に間違いないと報告は来ていたが、ライエルを調べている最中の死に何かあるのではないかと感じた王はすぐに調査隊の派遣を指示し、調査隊の隊長は王子の希望によりマーカスが務める事になった。
警邏隊が来ると、エミリア達は応接室に移動して呼ばれるまで待つ事になった。あまりのことに放心していたエミリアだったが、ムーリャンから
「遺言状があったそうだ」
と言われ我に返った。
見せて欲しいと言うエミリアに警邏隊の隊員は、
「見せる事は出来ますが、証拠なので渡すことが出来ないのです」
と言い、隊員が持ったままの遺言状をソファーに腰かけたエミリアの前に差し出した。
遺言状には、突然自死を選んだ事へのお詫びと今後の家の事は全て執事に任せるように書かれていた。そしてホーリーの事もアリアローズの事も全て自分がやった事だと書かれてあった。
(そんな、どうして…)
エミリアは思わず遺言状から身体を引き、驚きと恐怖で震え始めた。
その時執事が応接室に入って来ると、皆に王宮からの伝令を伝えた。
「王命により今から王宮の調査隊がここに来ます。調査隊から許可が出るまではこの屋敷の出入りを禁止しさせていただきます」
調査隊と聞いてムーリャンはドキリとした。
(王命で調査隊だと?
クルージュ兄妹は 既に目を付けられていたという事か。これは何か手を打たなければまずい事になりそうだな。まずはエミリアと話をしないと…)
応接室にはムーリャン、エミリア、エミリアと一緒に王宮から来ている侍女が1人。開けられたままの扉の前に警邏隊員が2人。
10人は寛げそうなテーブルとソファーが置いてある広い部屋なのに、息苦しさを感じるほどの緊張感があった。
「調査隊が到着しました」
ドカドカと足音を立てて調査隊が到着すると警邏隊との引き継ぎのあと、マーカス隊長がエミリアの前に来て、右手を胸に当てて頭を下げると言った。
「エミリア様、この度は突然の事でお力落としのところを申し訳ありません。
ご存知の通り、ライエル様は特効薬の発見者。そして何より、これから王子妃になられようとしているエミリア様のお兄様であらせられます。
万に1つも間違いがあってはならないという王の命を受け、私たちが調べさせていただくことになりました。
エミリア様を始め伯爵家の皆様にはご不便をお掛け致しますが出来るだけ速やかに調査を終えたいと思いますのでよろしくお願い致します」
マーカスが流れる様に言うと、調査隊は動き始めた。
マーカスがムーリャンを見て近付いてきた。
「ご挨拶させてください。
私はマーカス・ハリソンと申します。今回の調査隊の隊長を務めています」
「俺はムーリャンと言います。平民なのでただのムーリャンです。薬を扱う商人をしていて、その関係でライエル様と親しくさせてもらっていました。
今日も朝から仕事の相談があって来たのですが、こんな事になるなんてほんとうに残念です」
「そうでしたか。
ムーリャンさんも突然友人を亡くされてお力落としの所を引き止めて申し訳ありませんがしばらくお付き合いいただきます」
マーカスは2人を見て、それから何も置かれていないテーブルを見た。
「おや?これは失礼しました。毒で亡くなったと聞きましたので、私達が来るまでは控えさせていましたが、そろそろ喉も渇いたでしょう。
こちらで準備して来ましたのでちょっとお待ちください」
マーカスはわざとらしく言うと、隊員が持って来た紅茶を応接室で一緒に飲み始めた。
「マーカス様が来てくれて何だかほっとしました」
紅茶をひとくち飲んでエミリアが話し始めた。
「アレン様はお元気に過ごされていますか?」
「はい。魔塔から戻られてからは頭痛も治まり元気にされています。今回の事は王子も大変心配されているのですが、来る事ができず申し訳ないと、エミリア様にお伝えする様に言付かっております」
「それは良かったです。私もそろそろ王宮へ帰ろうかしら」
「それは! …それは少し早いだろう」
ムーリャンは焦って言葉をつかえさせた。
その時ムーリャンはマーカスの言葉を聞いて
(まさか!)
と思っていた。『 魔塔』『 頭痛が治った』この2つの言葉からムーリャンは王子の魔法が解除されたのではないかと思ったのだ。
それなのに、呑気にエミリアが王宮に戻ればすぐに自分も捕まってしまうだろう。ムーリャンは思わず「早い」と言ってしまったのだ。
エミリアはすっかり顔色も良くなり、笑顔さえ浮かべて言った
「そうよね。まだ葬儀も終わってないのに早すぎるわよね。早くアレン様に会いたくなってしまったの」
マーカスはお茶を飲むふりをしながら思っていた。
(アレン様から言われていた通りムーリャンと言う男の前で『 魔塔』と『 頭痛が治った』という言葉を使う事が出来たがこれで良かったのだろうか。
それにしてもエミリア様はライエル様が亡くなったばかりだというのに悲しんでいる様子はあまりないな…)
そこに調査隊員が報告に来た。
「マーカス様、ちょっとよろしいですか?」
「ちょっと失礼します」
マーカスが部屋から出て行った。




