27 前世 ( 8 )
毒見役のホーリーが亡くなったのはアリアローズとは関係ない事が判明したが、それが2年前に調べられていなかった事に魔塔主は腹が立った。
「なぜ今になって! 2年前に分からなかったというのか!」
王はため息をつくように言った。
「当時は最初からアリアローズを犯人と決めて何も調べなかったようだ」
「エミリアではないのか?アリアローズを犯人だと言ったのはエミリアだろう?」
「確かに怪しいところはある。実際、ホーリーの妹に薬を持って行ったのはエミリア付きの侍女だった」
「だったら…」
「エミリアに確認したら、『自分の代わりに亡くなってしまったホーリーにせめてものお礼のつもりで持って行かせただけです』と言われたよ」
「このままアレンの妃にするつもりなのか?」
「今のところそれしかない。破談にする理由もないしな」
魔塔主は言って良いかどうかと迷っていた事を聞くことにした。
「アレンは時々、リアと呟いては悲しそうにしている。本当はアリアローズを望んでいたのではないのか? 」
王は驚いた。
「アレンがか!……もしもそうだとしたらアレンは……アレンはもう王太子にはならないと言うかもしれないな」
「どうしてそう思う?」
「最初にアリアローズとの婚約を望んだのはアレンだった。初めて会ったというのに、自分からアリアローズとの婚約を私に頼んで来たのだ。オリビアも喜んでな。
すぐにダニエルに頼んでまだ 8歳のアリアローズをアレンの婚約者にしてもらったんだ」
「なのになぜエミリアに?」
「それがよく分からないんだ。
仲良くしていると思っていたら突然私のところに来て『アリアローズとの婚約を破棄してエミリアと婚約したい』と言ってきたんだ。何故だと聞いても『急に嫌になった』と言うだけだった。
その時は喧嘩でもしたのかと思っていたんだ。だがアレンは私に何の相談もなく卒業パーティの最中に、いきなりアリアローズとの婚約を破棄してしまい、エミリアとの婚約を発表してしまったんだ。もう撤回する事などできるはずがなかった。
それらが全て操りの魔法のせいだとしたら、アリアローズを亡くしたアレンが他の誰かと婚姻するとは思えない」
悲しそうに目を伏せる王に魔塔主は力強く言った。
「セグルス、実は操りの魔法に掛けられた人間がアレンの他に2人見つかっているんだ 」
魔塔主はミルバルドとキーライの話をし、アレンに思い当たる事はなかったか尋ねた。
すると、王はアレンの紅茶に毒が入れられたのではないかと大騒ぎになった日の事を既に調べており、操りの魔法をかけたのはお茶会の相手、ライエル・クルージュではないかと疑い、ライエルを調べ始めていた。
セグルスは言った。
「その『薬師』という男と、クルージュ男爵がどう繋がっているか調べる必要があるな。ホーリーの甥の薬を手に入れたエミリアも関わりがあるかも知れない」
「そっちはセグルスに任せる。俺は『薬師』の手掛かりを探しにエルノアへ魔法師を連れて行きたいんだが、行く理由がないんだ」
「分かった。エルノア王には、以前捕まえた盗賊団の残りがエルノアにいるようだから魔法師に依頼して調査に行かせると連絡しておく」
「助かる」
その後も2人は話し合い、終わると魔塔主はそのまま転移し魔塔へ帰って行った。
翌日魔塔主は、ミルバルドの件で何かに気付いたようだったグレイを呼ぶと、アリアローズが殺されたのは、ミルバルドを殺した『薬師』が関わっている事を話し、手掛かりを探しに一緒にエルノアへ行ってもらえないかと頼んだ。
バルトレイ公爵家では、アリアローズが殺された後、そのショックが原因で夫人も後を追うようにして亡くなっていた。
グレイはバルトレイ家の悲劇を自分の家族の事の様に悲しんでいたので、バルトレイ家のために働ける事がありがたいと言って快く引き受けてくれた。
魔塔主はエルノアに行く前にアレンと話をする事にした。
「アレン、少しは落ち着いてきたか?」
「はい。セシル様や魔法師の皆様にもご迷惑ばかりかけていますが、だんだん自分の状況が見えてきました」
「そうか。ではそろそろ王宮に戻るか?」
王子は少し目を見開いた後で視線を下げ、膝の上で両手をぎゅっと握って言った
「王宮に戻らなければならない事は分かっているのですが、もうしばらくここに居させてもらえませんか? それがどんなに我儘な事かは分かっているつもりです。でも、もう少し......」
小さくなっていく声も震え始め、膝の上の強く握られた手の上に涙がポタリと落ちた。
魔塔主は王子の握りしめた手を自分の手で包み込むと優しく言った。
「アレンが苦しんでいる事は分かっている。お前がここに居たいなら、好きなだけ居てもかまわない。だが、話せる事だけでいいから話してくれないか?
俺もセグルスもお前をこんな目にあわせた奴を許す気は無い。少しずつだが分かってきた事もある。だがもっと調べるにはアレンの協力が必要なんだ。今すぐにとは言わないが少し考えてみてくれないか?」
王子は顔を上げて懇願した。
「私の事はいいのです! 私は酷い事をしたのですから! 確かに私がやった事なのですから。でも......リアは……ぅ……リアは違います!……リアは何も悪くない!……それなのにリアはもう……ぅ……どこにもいない!……いないんです!……ぅ……愛しているのに……ぅ…ぅ…なんで私は......」
魔塔主の胸にしがみつき、嗚咽するほど泣きながら王子は何度も自分を責め、愛するアリアローズの死を嘆いた。
魔塔主はそんな王子を無言で抱きしめると自分も声を殺して泣いた。
翌日の朝、王子が魔塔主の所に来て言った。
「今日、王宮に戻ります。セシル様、私はリアを殺した奴を必ず見つけ出します。そのために戻ろうと思います。色々ありがとうございました」
「分かった。俺もこれから気になる男を探しに行くところなんだ。帰ったら王宮に行くからまた話をしよう」
「分かりました」
その後王子はリクや他の魔法師皆にお礼を言うと王宮に帰って行った。




