25 前世 ( 6 )
その頃魔塔主はロイシエン王国より北にあるセラルーシュ王国から戻った魔法師ネネと夕食を共にしていた。
ネネは何度もセラルーシュに派遣されている間にセラルーシュの商人と結婚し男の子がいる。
「ネネ、ほんとに久しぶりだな。家族も皆変わりないか?」
「はい。魔塔主様のお陰様で元気でやってます。なかなか帰って来れなくてすみません。ここに帰ると何だかホッとしますね」
「仕事の事は、報告をちゃんと貰ってるから大丈夫だ。ネネも家族が増えたのだから、何かあればいくらでも調整する。遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。ところで魔塔主様、最近夫が面白い男を見つけたんですよ」
ネネは悪戯っぽく笑うと話し始めた。
ネネの夫バロンはセラルーシュの王都で本屋をやっている。その日は店を閉めた後、仲間と飲んでいる時面白い物を売る男の話を聞いた。
慣れない物を仕入れる時は、商人でもそれが本当は幾らぐらいの価値がある物なのか迷う事がある。そういう時にこの男にお金を払い、その価値を教えて貰うのだ。
男はあらゆる物に詳しく、信用できるらしい。その男に頼めば面倒な値段交渉の手間は省ける上に、損をしなくても済むと評判になっていた。
バロンは興味本位で男に依頼し、断られてしまったが食事に誘い、今では自宅に遊びに来るまでの仲になっていた。
男は昔は商会を持つ大金持ちだったが嘘ばかり吐いて悪どい商売をしていた。そんなある日突然嘘が吐けなくなってしまったのだ。
原因は分からず、ほんとに寝て目が覚めたら嘘が吐けなくなっていた。人を騙せなくなった途端に商売はだめになり、男は全てを失った。が、ある時自分の知識がお金になる事に気づき、この商売を始めたのだ。
「バロンは何で断られたんだ?」
「魔塔主様もそう思います? その男、キーライって言うんですけど、キーライには本に関する知識がなかった、それだけの事だったんです。
けど今はバロンが教えて分かるようになってきてるんですよ。勿論教えるのもタダじゃありませんけどね」
ネネは上機嫌だった。
「知識を売るなんて誰にでも出来ることじゃありませんし、ほんとうにキーライの知識量は凄くて驚く程なんですよ! 結構儲かってもいるみたいですしね」
「なるほど、考えたな。嘘が吐けないっていうのも変わってて気になるな」
「そうなんですよ。最初は自分が嘘が吐けなくなった事に気付かなくて、苦労したそうなんです。頭の中でこう言って騙してやろう。と思っても、絶対言えないんだそうです。凄く不思議ですよね」
「突然そうなったんだったな?」
「そうなんです。それも酒に酔って寝てしまい、目が覚めたら嘘が吐けなくなっていたんだそうです」
セシルは急に考え込んだ
(寝て、目が覚めたら……これはもしかしたら……)
「ネネ、変な事を聞くようだが、キーライという男から魔法の痕跡を感じた事はあるか?」
ネネは驚いて言った
「まさか! …でも、分かりません。無いとは思いますがはっきりと断言は出来ないです。…調べた事がありませんから」
最後の方の声は小さくなり、ネネは真っ赤になっていた。
魔法使いが魔力を使えば、効果が続いている間は残り香の様に魔法が残る。魔力を物に使った時はその一瞬で消えてしまう魔法も、生きている物に使うと効果が消えるまでいつまでも残るのだ。
その魔法の痕跡は見た目では分からないが、その身体に接触し、自分の魔力を流す事でそこに魔法があるかどうか知ることができる。
「すまなかった。失礼な事を聞いて悪かった」
「いいえ。魔塔主様はキーライの力が魔法によるものではないかと疑ってるんですね?」
「いや、キーライの力ではなく、嘘が吐けない事の方だ。ネネ、すまないが、俺にキーライを紹介してくれないか?」
「分かりました。明日の昼にはここを出て、セラルーシュに帰りますのでその後連絡しますね」
「いや、ネネが家に着く頃に合わせて俺は近くの宿に転移するから、すぐに予定を組んで欲しい。駄目か?」
「そんなにお急ぎなんですね!分かりました。私が家に着いたらできるだけ早く夕飯にキーライを招待しますので、そこに魔塔主様も来てください。バロンに連絡して、キーライを招待する日を決めたら魔塔主様にお知らせしますね」
「助かるよ」
翌日、出立の挨拶に来たネネは夕食の招待状を魔塔主に渡した。




