2
お茶会の最中に倒れ、そのまま寝込んでしまったアリアローズは、倒れてから6日目の夕方、やっと目を覚ました。
目を開けてぼんやり見回すと、寝台の傍らには手を握る母の姿があった。
「リア、やっと目が覚めたのね」
涙ぐむ母の後ろで、侍女のマーサが皆に伝えるために慌てて部屋を出て行った。
医者が呼ばれ落ち着いた後、家族が順にアリアローズを抱きしめて目が覚めた事を喜び合った。
「まだ、3日は起きては駄目ですよ」
夕食を持って来てくれたマーサが優しく言う。
「リア様。目が覚めたからと言って、すぐに起き上がったり、歩き回ったりするのは良くないのだそうです。お医者様からそう言われていますからね。
何かあればマーサが全部やりますから、何でも仰ってくださいね」
「ありがとうマーサ」
夜、1人になると前世で自分が17歳で殺された時の事や王宮での辛かった事を思い出し、眠れなくなった。
(無実の罪で地下牢に入れられた時は、ほんとうに辛かった。それに私のせいでバルトレイ家に何かあったらと思うと、このまま死んでしまった方が良いのではないかとも考えたけれど、ほんとに死んでしまったのよね。
でもどうしてエミリア様は私がやったなんて言ったのかしら?毒見役の方が亡くなった時私が廊下に居た事は、一緒にいた使用人が知っていたはずなのに。そう言えば、あの時一緒に廊下に居たのは誰だったかしら? まあ、誰だったにしろ、私の無実を証明してはくれなかったのね)
(アレン様が心変わりして、婚約破棄もされた。まあそれは仕方ないとしても、私のためにお父様が宰相を辞めてしまったのは今でも申し訳ない。婚約破棄された私のせいでお父様も陰で色々言われたでしょうに、私を留学させて守ってくれた。どんな時でも家族は 私を愛してくれていたのね.........)
前世の辛かった思い出や悲しみと、変わらぬ家族の優しさに涙が溢れて仕方がなかった。
(前世の私が幸せだったのは、この屋敷の中だけだった。外は私を嫌う人ばかりで誰にも関わらないように生きていた。……だから王宮の中の事もあまり覚えていないのね。下ばかり見ていてぜんぜん周りを見ていなかったんだわ。そして無実の罪で牢に入れられ、殺されてしまった…。
時が戻った理由は分からないけれど、今世では絶対に殺されたくない。アレン王子の婚約者にもなりたくない。
身体は5歳だけど、中身は大人なんだもの。何とかできるはずだわ)
アリアローズは前世の事を思い出す事に集中し、医者から言われた3日が過ぎてもほとんど部屋から出なかった。
屋敷中の皆が心配し、母はアリアローズの部屋の前に行ってはため息をつくようになっていった。
「リア、今日は気持ち良いお天気だよ。庭の薔薇を見に行かない? リアの好きなお菓子もあるよ」
部屋から出ない妹を気遣いユーリスが声をかけてくれる。
「リア様、部屋の中ばかり居ては、心も体も弱ってしまいます。ご両親もユーリス様も心配しておいでですよ。そろそろ部屋から出て、皆を安心させてください」
マーサに言われ、ハッとした。
(周りをよく見て考えるって決めたのに、また見てなかったわ。家族を心配させるなんて駄目よ。私は今、5歳なんだもの!)
「ありがとうお兄様。一緒に行くわ!」
倒れた後からずっとアリアローズを見守っていた両親や屋敷の皆は、楽しそうにお菓子を食べる 2人を見て心から安堵した。
次の日は屋敷の図書室から借りた本を読んだ。
「リア様、お茶が入りましたよ」
「ありがとう」
マーサはモンテノーラ子爵の未亡人で元はアリアローズの父ダニエルの乳母をしていたが、その後流行病で夫を亡くしたのを機にアリアローズが1歳になる頃から側にいてくれる大切な家族だ。
(前世は気付かなかったけど、マーサは亡くなったお祖母様と同じくらいの年齢って事よね)
「マーサ、2人で飲んだ方が美味しいと思うの。一緒に飲んでくれるでしょ?」
「そうですね。お言葉に甘えて御一緒させていただきますね」
アリアローズは今世ではマーサをもっと大事にしようと思った。
前世での、王子とアリアローズの出逢いは王妃主催のお茶会だった。王子はセグルス王とオリビア妃の間に生まれた、たったひとりの子で、将来は王になる事が決められていた。そのため多くの貴族が、自分の娘を妃にと望み、王子が成長するにつれ、争いは激しくなるばかりだった。
『 王子が10歳になるまでには婚約者を!』 という周囲の声に押されて、王妃はお茶会を開く事を決めた。
アレン王子9歳。アリアローズ8歳の年。
王子と合う年頃の令息、令嬢との相性を見るため、上位貴族のこども達が王宮に集められた。
前世ではそのお茶会で王子はアリアローズに一目惚れし、王妃も美しい公爵令嬢を気に入り、2人の婚約はすぐに決まってしまった。
今世では婚約したくない。が、もしも婚約して、破棄されてしまっても、魔法師になればエミリアに関わらなくて済む。
(早く魔法の勉強を始めたい!)
気持ちは焦っても、魔力測定を受ける前に、両親に魔法の話をする事は出来なかった。




