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王子が落ち着いたのを見て魔塔主は話を始めた。
「この世界が4つに分けられた時の話は知っているだろう?」
「勿論です」
「これは、限られた者しか知らない話なのだが、あの戦争が激しいものになってしまった原因は、ある国の王が魔法によって操られてしまったからなんだ。
その王は操られていると気付かないまま、魔法使いを従わせ、人々を殺し、多くの国を滅ぼした。最初に魔塔を作った魔法使い達が、その王を殺す事でやっと戦争が終わったのが、本当の話なんだ。
そして、その操りの魔法がアレンにも今日掛けられた」
「操りの魔法が私に?」
「そうだ。さっき俺の魔力を流して確かめたから間違いない。でも、操りの魔法は『薬と言葉の魔法』なんだ。だから、戦争をした王と同じ事をする訳じゃあない。魔法の薬が使われた時に囁かれた言葉に操られる事になるんだ」
「囁かれた言葉?」
「そうだ。例えば、オレンジが大嫌いな奴に『お前はオレンジを毎日食べる』と言えば毎日食べるし、金持ちだがケチなやつに『お前はお金を破産するまで使う』と言えば破産するまでお金を使ってしまう。
魔法に掛かっていてもオレンジ嫌いな奴はオレンジがやっぱり嫌いで、ケチな金持ちもお金は手放したくない。
それなのにいつの間にかオレンジを食べたり、お金を使ってしまう。魔法を掛けた人間の思い通りに動いてしまう恐ろしい魔法だ」
「つまり、クルージュ男爵が私に何かさせたくて魔法をかけたという事なんですね」
「そうだ。クルージュ男爵がアレンと自分の妹エミリアを結婚させるために魔法を掛けたんだ」
「そんな事のために?」
「アレンはそう言うが、アレンと結婚すれば、いずれはロイシエン国の王妃になれる。危険を犯す価値はあるだろう?」
「そうかも知れませんが、私にはもうリア、いえ、アリ…ア……」
(なぜ今、アリアローズと……私はエミリアと婚約したいのか……何だか変だ……どうなっているんだ)
言葉を途切らせ、考え始めた王子に魔塔主は言った
「今はエミリア・クルージュと婚約したいと思ってるんだろう?」
「その通りです。エミリアとなんて…今まで考えた事もなかったはずなのに……」
「それはアレンが魔法に掛かっているからなんだ 」
(これが魔法の力…)
アレンは今にも泣きそうな顔で魔塔主を見た。
「すぐに魔法を解いてやる。ただ、魔法を解くとアレンは明日まで眠ってしまうだろうから、解く前に話がしたかったんだ。不安にさせて悪かった。続きは明日にしよう」
魔塔主は優しく言うと、王子の目の前で水の入ったカップに薬を入れて王子の手に持たせた。
「これは俺が作った操りの魔法の薬だ。この日のためにな」
「セシル様、それはどういう事でしょうか?」
「その説明は明日にしよう。
まずは掛けられた魔法の解除が先だ。これを飲んでゆっくり眠るといい」
「分かりました」
王子は飲み終わるとすぐに朦朧としてきた。
魔塔主がすぐに王子を支えると耳元で
「アレン・ロイシエンに掛けられた魔法は全て解除される」
と囁くと、王子はそのまま倒れるように眠ってしまった。
(アレン、今世では幸せになるんだぞ)
魔塔主は王子を寝台に運びその寝顔を見つめながら優しく微笑んだ。