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王子を乗せた馬車が湖に着いたのは日が暮れてすぐの頃だった。
魔塔が建つ島にも塔の壁にも灯りがともされており、そのオレンジの光が湖に映る姿は、なんとも言えない幻想的な美しさを見せていた。
湖のほとりで先に護衛の2人が馬車から降りると同時に島から湖に大きな橋が架り、島の方から馬が駆けてきた。
「魔塔主様の補佐をしている魔法師のリクです。案内に来ました。夜は危ないので、護衛も馭者も泊まっていただきます。馬も馬車も預かるのでご心配なく」
橋を渡り門の前に着くと、待っていた魔法師達がそれぞれを案内して行った。
王子は父と共に何度かここに来た事はあったが、こんな時間に、それも先触れもなく来たのは初めてだ。にも関わらず、魔法師達に戸惑う様子がない事を不思議に思った。
「アレン様はこちらへどうぞ」
「リク、久しぶりだな。こんな時間に突然訪問して申し訳ない」
「こちらこそお久しぶりです。いつ来られてもアレン様なら大歓迎ですよ。それより何か気になりますか?」
何か言いたげな様子の王子を見てリクが聞いた
「私達が来てすぐに橋が架かったり、魔法師達に慌てた様子もないから少し気になってしまってね」
「ああ、それなら以前から湖の周囲には防犯と探知の魔法が設置してあるんですが、念の為、昨年、魔塔から少し離れた所にも設置して2重にしたんです。大変だったんですけどね……お陰でアレン様が来た事が分かり、すぐにお迎え出来て良かったです」
リクは王子を魔塔主の所に案内した。
「セシル様、こんな時間にすみません」
「気にするな、いつでも来いと言ったのは俺だ。夕飯は食べたのか?」
「まだです」
「俺達もだ。ここの夕食は皆で食べるのが普通なんだ。アレンも一緒に食べよう。ちょっとだけそこに座って待っててくれ」
魔塔主は大きな机の上に置かれた書類をバタバタと片付けながら聞いてきた。
「アレン、俺の言った事が起こったか?」
「はい。今日の午後」
「分かった。詳しい話は食事の後にしよう」
2人が食堂へ移動するとそこには魔法師も王宮の護衛も馭者も全員座って主を待っていた。
皆で同じテーブルを囲んでお喋りしながら食べる食事は格別だった。
リクが王子を見て驚いた声をあげた
「アレン様、どうかしました? なんで泣いてるんです?」
「あれ? 泣いてます? ほんとだ泣いてる。何ででしょう?」
「フフッ........なんで泣いてるか分からないなんて......フフッ...なんだか面白いですね」
リクや他の皆も笑う。
「美味しいから........かな?....いや、何だか懐かしいような.........」
「懐かしいなんて!王子はここで夕食を食べるのは初めてでしょう?」
「王宮の料理人より俺たちの作る方が美味しいなんて、そんなはずないですよ」
皆が楽しそうに話しながら笑い、賑やかに食事を楽しむ中、魔塔主だけが少し悲しい顔をしていた。
後片付けが終わると、王宮の護衛達が挨拶に来た。
「アレン王子、リク様から王子はしばらくこちらに滞在すると伺いましたので、明日我々は一旦帰ってまたお迎えに上がります。明日は早いのでここで ご挨拶させていただきます」
「分かった。今日は急な出立で迷惑を掛けた。明日は気を付けて帰れよ」
護衛と馭者は深く頭を下げた。
「アレン、そろそろいいか?」
「はい」
魔塔主は王子を自室に連れて行き
ソファーを勧めると、自分も向かいに座った。
「これからアレンの中に少しだけ俺の魔力を流す。痛みも何も無いから心配いらない。ちょっと手を借りるからそちらに行くぞ」
そう言うと王子の隣に移動して両手を取り目を閉じた。しばらくすると手を離し無言でゆっくりと紅茶を淹れ始めた。
魔塔主はテーブルの上にティーカップを2つ置くと、王子と向かい合わせのソファーに座り話し始めた。
「アレン、よく来てくれたな。まずは今日の午後何があったのか、出来るだけ詳しく教えてくれるか?」
「はい、分かりました。今日は.........」
王子は、今日が国王の褒賞授与の日だった事やクルージュ男爵とのお茶会の話をした。
魔塔主が考えながら聞いていると王子の口調は少し拗ねたものへと変わっていた。
「私は納得出来ません。幾ら疲れていたとはいえ、人と話をしている最中に眠るなんて自分が信じられなくなりそうです」
「アレンが悪いのではない。その紅茶には魔法の薬が入っていて、クルージュ男爵がアレンに魔法を掛けたんだ」
王子は驚愕し、そして怖くなった。
「な!… なんでクルージュ男爵が?今日初めて会ったはずなのに… どうしてそんな事を……」
「アレン、大丈夫だ。魔法は俺が解いてやる。そのために来てもらったんだからな」
魔塔主は優しく言うとあぐらをかいて座り直した。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだ続きますのでよろしくお願いします。