17
謁見の日。
昼を少し過ぎた頃、ライエルはクルージュ男爵家の紋章の入った豪華な馬車で王宮を訪れた。馬車を降り、入り口で手続きした後、王宮内の大扉に向かった。
大扉が門番によって開かれると、そこには王宮騎士が控えており、控えの間から謁見の間へと順に案内されていった。謁見の間では他の受章者と横並びになり、順に国王からの感謝の言葉と共に勲章を受章され金品を賜わった。
この後は王子とのお茶会が待っている。ライエルは国王との謁見の時よりも緊張していた。
「クルージュ男爵様、ご案内いたします」
侍従の案内で通された応接室に入りしばらく待っていると、王子が護衛の騎士と共に入室して来た。
ライエルは右手を胸に当てて低く頭を下げて王子を迎えた。
「頭をあげよ」
王子の言葉を受けてライエルは挨拶する。
「ライエル・クルージュと申します。妹エミリアの事では大変なご迷惑をおかけ致しました。それにも関わらず、このような席を設けていただき、感謝申し上げます」
「アレン・ロイシエンだ。今日のこの会を楽しみにしていたよ」
王子はゆっくりと座り、ライエルにもソファーを勧めながら言った。
「クルージュ男爵令嬢の件はそちらも大変だ
ったと聞いている。それよりも今日は勲章の受章おめでとう。クルージュ男爵が特効薬を見つけてくれたお陰で多くの人が救われた。私の知り合いにも助けられた人もいる。
今日はどのようにして特効薬を見つけたのか詳しく聞きたいと思っていたんだ」
お茶会は始まった。
2杯目の紅茶を飲み始めてすぐ、王子の身体が揺れ始めた。ライエルは急いで室内にいる騎士に医者を呼んで来るよう頼むと、揺れるアレンを支えながら耳元で
「あなたはアリアローズが嫌いになり、エミリア・クルージュと婚約する」
と、囁いた。
王子は、朦朧とする中、驚いたように目を見開いたかと思うと、すぐに目を閉じて、そのまま眠ってしまった。
応接室は駆け付けた王宮騎士により箝口令が敷かれ、まず最初に毒物が疑われた。そしてお茶を淹れた侍女ローラとライエルは別々の部屋に軟禁された。
医者が診察しても王子は顔色も良く、ただ眠っているようにしか見えなかったが、その事が毒を疑わない理由にはならなかった。
それから2時間程すると、王子は目を覚まし、自分がお茶会の最中に眠ってしまったことに驚きつつ申し訳なかったと言って周囲の者に詫びた。
ローラもライエルもそれを受けて、軟禁を解かれ帰された。
ライエルが王宮内から外へ出て馬車までの道を歩いていると、突然木々の陰からローラが現れた。
驚いたライエルはローラの腕を掴むと、慌てて医療室の近くにある東屋へと連れ込んだ。この東屋は薬の精製所に近く、常に薬草の臭いが漂うため、近づく人もほとんど居ない場所だった。
「ローラ様、どういうつもりですか。今会う事がどんなにまずい事かぐらいは、貴女にも分かるでしょう?」
せっかく上手くいったと思っていたところへのローラの待ち伏せにライエルは腹が立ち、イライラが止まらなかった。
「ライエル様、貴方は何も言われなかったの?
私は軟禁されている間、何を入れたのか白状しろと責め立てられて凄く恐ろしかったのよ。結局は解放されたけれど、まだ何か疑われている気がして心配でたまらないの。
いっその事、何もかも本当の事を喋ってしまった方がどれだけ気が楽になるか分からないわ」
ローラの言葉にライエルは焦ったが、ここで話を合わせてはいけない。
「アレン王子はお茶会の最中、疲れが溜まっていたためうっかり眠ってしまった。それだけだ。そうだろう?」
「そうだったわね。 ただ、不安になってしまって…私はあなたに、私がどんな思いをしたのか伝えたかったのよ。分かってくださるでしょう?」
ローラは急に声を甘えたものに変えて身体を寄せてきた。
「もちろんだとも。この間言った通り、今日の事は何もかもクルージュ家の為なんだ。何とかしなければ私にも悪評が及び、結婚もできないんだ。分かるだろう?」
ライエルもローラの腰に手を回し耳元で優しく言った。
頬を染めたローラがライエルを見つめながら言った。
「私達のためって事なのね?」
「そうだ。2人のためだ」
ライエルはそう言うと、ローラの唇に触れる程の口付けをすると言った。
「名残惜しいが、誰かに見られるとまずい。また連絡するから今日の所は帰ろう」
「分かったわ」
軽く手を振ると2人は別々の方向に歩いて行った。
(ローラに頼んだのは失敗だったかもしれないな)
ライエルは不安を感じながら馬車に乗り込んだ。
ライエルとのお茶会が終わった後、執務室に戻った王子は考え込んでいた。
(大切なお茶会で眠ってしまうなんて........一体自分はどうしてしまったんだろう?……まてよ、そういえば.........)
あれは何ヶ月か前、2年生の終わり頃だった、魔塔主が王子の執務室に来て言った言葉を思い出した。
「アレン、これから言う事はおかしな事だがとても重要な事だから、よく聞いて覚えて欲しい。
『何かを口にした後、気が付くと眠ってしまっていた。眠る前の記憶が曖昧で、なんで眠ってしまったのかも全く分からない』
そういう事があったらすぐに俺を訪ねて来い。夜中でも構わない。この事は何かに書いても誰かに話しても駄目だ。必ず覚えておいて、俺の所に来てくれ。頼んだぞ」
セシルはアレン王子の父セグルス王の旧友で、面白くて頼りになる王子にとっては年の離れた兄の様な存在だった。遊んでもらったし、王都の街にも連れて行ってもらった。セシルが魔塔主になってからは、なかなか来れなくなってしまったが、それでも王宮に来た時は必ず王子にも顔を見せてくれていた。そんなセシルが真剣な顔で頼んで来たのだ。
(セシル様の所に行かなければ)
王子はユーリスを呼んだ。
「ユーリス、急用で魔塔に行かねばならなくなった。申し訳ないが後の事を頼みたい」
すぐに馬車が準備され、王子は魔塔へと向かった。