10
魔塔主が代替わりした事は、すぐに世界中に公表され、新たな魔塔主に就任したセシルには各国からお祝いの書簡が送られて来た。
「ネイメル、サラ、遊びに来たよ」
魔法師に戻ったデリクは残された時間を楽しく過ごしたいと思い、今日はセシルに車椅子を押してもらって、ネイメルの家に遊びに来た。
「良く来たなデレク」
ネイメルは嬉しそうに言うと、セシルに代わって車椅子を押し始める。
「今日はデレク様の好きなものを沢山用意したんですよ」
サラも嬉しそうだ。
「ただいま、父さん、母さん」
「セシルもよく帰って来てくれたわね」
懐かしい話に美味しい食事。セシルもこんな楽しいのは久しぶりだと思い、優しい両親に感謝した。
それからしばらくして魔法師デレクは多くの魔法師に見守られながら眠るように旅立って行った。
そして今日、セシルは自分の過去に向き合おうと決めて、子どもの頃に住んでいた家の前に来ていた。叔父夫婦が居たら何と言おうかと考えていたのだが、門の中は雑草が蔓延り、家は誰も住んでいる様子がない。近所で聞くと、
「派手な生活をしていたからね。結局は借金に追われて、売れる物は全部売ったが足りなくて逃げたらしい。『この屋敷さえ売れれば!』って酒に酔って喚いてた事もあったけど、どうやらこの立派な屋敷は甥の名義になっていて売りたくても売れなかったらしいよ」
と教えてくれた。
セシルは家の中に入ると幼い頃に亡くなった両親の物が何かないかと探した。魔力測定に行く日、そのまま帰らなくなるとは思いもしなかったので、今更だとは思うが何かあれば持って帰ろうと思ったのだ。
(あっ!)
父が生きていた頃はここで仕事をしていたのだろう大きな机のある部屋のキャビネットの上に白く埃を被った絵が飾ってあった。手に取り埃を拭いて見たそこには母に抱かれて嬉しそうに笑う幼い自分と幸せそうに笑う両親の姿があった。セシルは自然と溢れそうになる涙をこらえると絵を持ち帰る事にした。
そしてもう一軒。
(お元気でいてくれれば良いが)
と思いながら父の親友を訪ねた。
父の親友はまだお元気で、突然訪問したセシルを歓迎してくれた上、魔塔主になった事も知っており、とても喜んでくれた。
久しぶりに父が生きていた頃の話を聞いてセシルも幸せな気持ちになれた。
「ところで…」
父の親友が、屋敷を修理するならその費用を出させて欲しいと言ってきた。父には随分お世話になり、その恩返しがしたいと言うのだ。
セシルはありがたい話ではあるが、自分には育ててくれた両親が居て、修理しても当分の間住む事はないと話した。すると、それならば屋敷を貸してくれないかと言われた。修理はこっちでするし、家賃ももちろん払う、帰りたい時は言ってくれれば出来るだけ早く返すからと言われ、このままボロボロになる事が気になっていたセシルは家賃は受け取らない条件で屋敷の事をお願いする事にした。
「あなたが私を気にしてくれなければ、私はとっくに叔父夫婦に殺されていたかも知れません。
あなたが父に恩があるというのなら、私はあなたに恩がある。このまま屋敷がボロボロになるのは忍びないと思っていた所にありがたい話をいただいて修理費も出してくださると言う。
これで家賃をいただいたりすれば、私が父の元へ行った時に叱られます」
「ほんとうに君はお父さんにそっくりだよ」
そう言うと父の親友はセシルからの申し出を笑顔で了承してくれた。
アリアローズは13歳になる年を迎えていた。学園に入学する前に、魔法師にはならない。と父に約束し、やっとのことで魔法科に入学する事ができた。
魔法科は他の科とは校舎が少し離れており、前世と違って、学園内で王子とすれ違うこともなかった。
が、せっかくアリアローズが入学して来たというのに、学園で会えない事を寂しく思った王子に
「週に1度でいいから一緒に昼食を食べて欲しい。お願いだよ、リア」
と言われ、顔を赤らめうつむいたアリアローズには頷くことしかできなった。
魔塔主の元にもアリアローズが魔法科に入学した事が報告され、魔塔主は、(もしかして)という疑いを強くしていった。
グレイからの魔法の勉強も少しずつ進んでいた。3年生になったユーリスは、剣に強化の魔法を掛ける事ができるようになった。
強化の魔法を掛けられた剣は、撃ち合う相手に強い反動を与える。ユーリスと対戦した者は手が痺れて思わず剣を取り落としてしまう事もあった。
ユーリスの1番得意な魔法は探知の魔法だった。これは自分を中心にして、魔力を細かく網の様に広げて行きその広げた範囲に動く物や生物がいれば探知出来る魔法だ。
ユーリスは小さな町なら町ごと探知出来る程大きな網を広げる事が出来た。
「ここまでの探知が出来るのは、この世界でユーリスだけだな」
グレイは愛弟子の成長が自慢だった。
アリアローズもバリアの練習を続けていた。グレイの指導の元、狙われた所を確実に防御するために、騎士の持つ盾の大きさと硬さをイメージしてバリアを作る練習を続け、併せて相手から距離を取り、逃げるための訓練もしていた。
(公爵令嬢にここまでやる必要があるのか?)
グレイは思ったが、アリアローズ本人の希望と魔塔主からの頼みによってその思いを飲み込んだ。
13歳のアリアローズは、学園も、妃教育も、魔法の勉強も順調で、忙しくも楽しい毎日を送っていた。