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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最強のキノコ使い~クズと罵られて崖から落とされて世界から追放されたけど魔界を平定し眷族の魔王と無双します!力を貸せといわれてももう遅い。俺は好きなように生きて行く~


「じゃあな坊ちゃん。今度は大好きなきのこにでも生まれ変わるんだな。ヒャッハッハッハッハー」


 顔の右目の所に大きな切り傷がある男、暗殺者ギルドの幹部アレックスは僕の腹に痛烈な一撃を加えた。内臓にダメージを負ったのか、僕は嘔吐えずいて鮮血を吐き出す。僕は後ろ手に縛られていて何も出来ない。


 アレックスの後ろには5人の手下がいる。ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべて僕を見ている。僕は首を上げてその顔をじっくりと眺める。こいつらの事は忘れない。なにがなんでも生き延びて今日の事を後悔させてやる。


「グワーッ!」


 僕の口から苦痛の叫び声が溢れる。僕のお尻を多分アレックスが踏みつけて僕の股間に激痛が走る。


「おめー、まだ14って事は、その茸もまだ未使用だろう。お前茸使いなんだろ、今すぐここで使ってみせるかぁ」


 アレックスは僕をガツガツ踏んでくる。


「「ギャハハハハッ」」


 手下たちから下卑た笑い声が起きる。その中には女もいるのに下品な連中だ。


 しばらく踏みつけられたあと、アレックスは僕の髪を掴んで顔を上げる。


「ブッ!」


 僕はアレックスに血の混じった唾を吹きかける。


「きったねーな、このクソガキがもう少し遊んでやりたい所だけど気が変わった。もうぶっ殺す。お前らこいつを押さえとけ!」


 手下の男と女が僕の肩を掴んで引き起こす。


「ケニー靴を取れ」


 ケニーと呼ばれた男が僕の靴を脱がせる。そして断崖に揃えて並べる。僕が自殺したように見せるのか?


「念のためだ。死ねや」


 アレックスは錆の浮いた汚らしいダガーを出すと僕の腹に突き刺した。


「ウギャーーッ!」


 お腹に火がついたみたいだ。痛いのでは無くて熱い。


「ブッ!」


 アレックスはポケットに手を入れてとても嬉しそうに笑うと、僕の顔に汚らしい唾を吐きかけた。


『汚いダガーと汚い唾をくれてありがとう』と、このあと何度も感謝する事になるとは、僕はこの時は微塵も思っていなかった。


「あばよ、穀潰しのくず野郎!」


 アレックスがポケットに手を突っ込んだまま僕の腹を蹴り飛ばす。肩を掴んでいた2人は手を離し、僕は後ろにのけぞり、たたらを踏みながらなんとかその場に踏ん張ろうとする。その努力虚しく、僕の足下の地面は無くなる。


「ヒャーッハッハッハッハッハ!」


 アレックスがポケットに手を突っ込んだまま、涙を流しながら笑っている。それが僕の最後に見たものだった。


「アアアアアアーッ!」


 僕の体は奈落に真っ逆さまに落ちて行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「アシュー、もしかして緊張してるの?」


 幼なじみのフレイヤが心配そうに僕の手を握ってくれる。大きな丸い目でじっと僕を見ている。ずっと一緒に遊んで来たから実感はないが、フレイヤはこの街で一番綺麗だと言われている。まぁ僕にとっては男友達と何ら変わらないのだけど、最近はやたらボディタッチが多い気もする。


「大丈夫さ、お前なら多分勇者になれるはずさ」


 アッシュが僕の肩を叩く。こいつは僕の親友で今まで常に一緒に遊びながらも互いに研鑽してきた。学園をサボったり悪さしたときもいつも一緒だった。アシューとアッシュ名前が似ているのもあって僕たちは兄弟のように過ごした。年の離れた兄たちよりもずっと近い存在だった。


 僕の名前はアシュー・アルバトロス。翼を広げたおおとりを家紋にもつここら辺一帯を治めるアルバトロス伯爵家の3男だ。ちなみに、フレイヤの家は公爵、アッシュの家は子爵だ。


 僕たちは今、王都の学院から僕の実家のアルバトロス領に帰郷して、教会のアカシックスターチューという石像からスキルを貰いに来た所だ。14の誕生日を過ぎた者がその石像に触れると神から何らかのスキルを貰える。

 

 全ての武器と魔法にプラス補正がかかるという勇者、剣を扱う事に関して右に出るものがいない剣聖、全てのものを癒すという聖女など伝説級のものから、鍛冶師、調理師、漁師など職業補正のあるものなど多岐にわたるが、それを決定する因子はそれまで研鑽してきた物事に負う所が大きいと言われている。


 僕は剣も魔法も同年代の間では誰にも引けを取らない自信があるので、どういうスキルが発動するか楽しみだ。


 僕の前にスキルを手に入れたフレイヤは聖女、アッシュは剣聖だった。2人の学園での能力とそのために積んできた努力が報われた形だ。親友2人共に引く手数多な伝説級のスキルを手に入れたのを見て僕は心の底から喜んだ。


 天井の高い石造りの教会のステンドグラスから差し込む七色の光が石像を照らす。その横には石像の声を聞く司祭が佇み、後ろには幾人もの聖職者達が控えている。中央の通路の脇に並ぶ椅子には祈りを捧げに来た者と、伯爵家の血を引く僕が何のスキルを引くかの興味にかられた者達が座っている。


 フレイヤとアッシュのスキル取得の時には参列する者たちから抑えきれずざわめきが起きた。


 次は僕の番だ。多分ここにいる全ての者は僕のスキルに驚愕する事だろう。


 僕は前に進み石像に手を伸ばす。前の2人の時にはその手が光り輝いた。


 僕の手が石像に触れる。


 カッ!


 一瞬辺りが閃光に包まれる。僕の今までの努力は無駄ではなかった。きっと驚くほど素晴らしいスキルなのだろう。


「アシュー・アルバトロス。汝のスキルは」


 司祭は言葉につまる。


「汝のスキルは…」


「汝のスキルは…」


 驚いているのは解るが早く言って欲しい。


「司祭様、お気持ちはわかりますが、皆が待っております。さぁ、大声で宣言してください」


 僕は司祭を促す。


 この時僕は世界を手に入れたような気持ちだった。


「き、茸つかい!」


 司祭はどもりながら宣う。


「き、きのこつかい?」


 僕は司祭の言葉をオウム返ししてしまう。


 『茸つかい』? 


 なんだそれは、もしかして僕の耳がおかしくなったのか?


「アシュー・アルバトロス、汝のスキルは『茸使い』だ!」


 真っ赤な顔で司祭が高らかに宣言する。


「クスッ」


 どっかで失笑が起きる。


 そんなはずはない!


 なんかの間違いだろう。


「司祭様、しっかり確かめて下さい!」


 僕はもう一度石像に触れる。またピカッと光る。


「汝のスキルは『茸使い』、『茸使い』だ。立派な『茸使い』として生きて行くが良い…」


 司祭は堪えているが明らかに顔がピクピクしてる。しかも今『茸使い』って3回もいいやがったな。


「ぷっ」


「クスッ」


「ププッ」


 いろんな所から失笑の声が聞こえる。フレイヤは我慢しているが肩が震えている。アッシュに至っては顔が変顔になっている。


 僕は耐えられず、走り出して教会を後にした。


 それからはどうやって帰ったか覚えていない。僕は屋敷に帰ると自室に入り鍵をかけた。誰にも遭いたくない。僕はベッドに横になって目を瞑った。


 コン、コンッ!


 誰かのノックで目を覚ました。


「アシュー、ここを開けて」


 フレイヤだ。そのあとも執拗に呼びかけるが、今は誰とも話したくない。


「アシュー、さっきはごめんなさい。あたしはどんな事があってもあなたの味方だから。それだけは覚えておいて!」


 よく通る高い声でそう言うとフレイヤは帰ったようだ。意図せずして、僕の頬に涙が伝う。


「おい、アシュー聞こえるか?」


 次はアッシュだ。


「アシュー、元気出せ、この世の中スキルが全てでは無い。どんなスキルを持ってたとしても要はその本人次第だ。お前はきっと強くなれる信じてるぞ」


 アッシュはそう言うと立ち去った。そうだ、アッシュの言うとおりだ。スキルが無くても努力すれば強くなれるはずだ。


 そんな事を考えながら、僕はしばらくうとうとしていた。


 ドゴン!


 僕の部屋の扉が何者かに壊される。とうも蹴破られたみたいだ。僕はベッドから跳ねあがり壁に掛けてた剣を取る。


「アシュー、このアルバトロス家の面汚しが!」


 怒声と共に部屋に入って来たのは僕の5つ年上の次男のケイン兄さんだ。ケイン兄さんは重戦士のスキルを持ち騎士団入りを約束されている。180センチを超える巨躯でまた19才だけどその年には決して見えない。20代半ばくらいに見える。


「なんだ『茸使い』ってのは、お前のような奴が家にいると伯爵家自体が馬鹿にされる。1週間だ。1週間後に俺と決闘するか家を出るか好きな方を選べ」


 僕の家では早くして母親が亡くなり、父親と長男は王都で政治に関わっているので、次男のケイン兄さんが家長代理で全権を委託されている。そうだから僕には全く選択肢がない。これからどうするか僕は途方にくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お前がアシュー・アルバトロスだな」


 低い声に僕は目を覚ます。


「そうだったらどうする?」


 いつの間にか寝ていたらしい。目の前に黒装束の男が立っている。僕は壁に掛けている剣に手を伸ばす。


「ツッ!」


 口から声が漏れる。伸ばした手に激痛が走る。手の甲に大きな針が刺さっている。力が抜けて、体が重くなる。必死に体を動かすが思ったように動かない。


鬼人オーガも動けなくなる麻痺毒だ。こんばんは、私の名はアレックス。暗殺者ギルドの者だ。死にゆく者にのみ名乗る事にしているのだよ。いい表情だ。お前ら坊ちゃんを運べ!」


 闇の中からつぎつぎと現れた黒装束の者達が、僕を微塵も動けないようにぐるぐると縛り猿ぐつわをかませた。窓を開けると僕を持ち上げて闇に跳び出した。僕を抱えて馬車に押し込めて何処かに向かって行く。


 僕が連れて行かれたのは、奈落と呼ばれる底の見えない断崖が奥にある、人々が決して立ち寄らない洞窟の奥だった。


 そしてその断崖の前で僕はいたぶられて突き落とされた………


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ウワァアアアアアーッ!」


 浮遊感に包まれながら僕は叫び声を上げる。


 どんどん加速していく。


 やばい、このまま落ちていけば確実に即死だ。その前に恐怖で気を失いそうだ。


 ああ、なんで強いスキルを手に入れられなかったのだろう。


『茸つかい』なんて、なんの役にたつんだ…


 頼む、誰か助けてくれ!


 この際、茸でもなんでもいい!


 僕を助けてくれ!


『カチリッ』


 気のせいだったのかも知れないが、僕の頭の片隅で何かがはまったような感触が…


 暗闇の中、僕の頭に去来するのは、大小沢山の『きのこ』が生えた明るい光景。



「きのこ達、僕を、僕を助けてくれ!」



 僕は最後の力を振り絞り叫ぶ!


 錯乱していたのか、僕は幻のきのこに助けを求めた。



 ボコボコボコボコッ!



 薄れいく意識の中、僕の顔と、腹の方から水が弾けるような音がする。何かが僕の体を覆っていっているような…

 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「う、ううっ」


 目を覚ますと、僕は完全な闇の中だ。目を開けていると思うが何も見えない。手を動かす。動く。どうも生きているらしい。僕を縛っていた縄はいつのまにか解けている。お腹の所が痛いけど耐えられない痛みではない。


「なんか灯りはないのか」


 僕は手足をついて辺りを探る。すると僕のお腹の所から微かな灯りが…


 手にして見ると小さなきのこだ。微かに光っている。その光るきのこがみるみる発生していく。ここは洞窟の底みたいで見渡す限り何も見えない。僕の回りには無数の茸が散らばっていてほとんどは潰れている。


「茸が僕を守ってくれたのか?ありがとう」


 僕は茸に礼を言う。


「グルッ!グルルルッ!」


 何かのうめき声が聞こえて、その声の方を見ると僕の身の丈より大きい犬、いや狼がいる。訳が解らないが、一難去ってまた一難だ。僕は拳を握り締め立ち上がる。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「俺は生まれた国に帰ろうと思う」


 俺は玉座の肘かけに肘をつき、これまで供に戦ってくれた忠実な眷属の十指テン・フィンガーズ達に宣言する。


「茸王様、我々を置いていくのですか?」


【1の指】魔道指のルシアンが悲痛を込めて俺にすがりつく。その見目麗しい姿、豊満な体はいつ見ても心を潤す。


「茸王は止めろと言ったはずだ。アシューでいい」


 茸王って名は賢そうに聞こえないから名前で呼ぶのを許しているのだが、皆畏まり、俺を茸王と呼ぶ。それって悪口なのではないかとも思う。最近は諦めかけてきたが。


「ルシアン、もうこの魔国には俺がいなくても問題ない。これからはお前たちが国を豊かにせよ。なあに、俺が必要な時はお前たちを呼ぶし、お前たちが呼べば俺はいつでもここには帰って来れる」


「「ははぁ、御身の望むままに」」


 高位魔族、いわゆる魔王である十指たちが俺にひざまずく。


 俺が落ちた先は洞窟の中で、シャドウウルフと言う魔物を何とか倒し外に出ると、そこは魔族の世界だった。

 荒涼とした大地に少しの食料を巡って争いが耐えない環境だった。その世界で群れ寄る者全てを茸使いのスキルで屈服させて、食べられる茸を増殖させる事により争いの根本的な原因を絶ちきり、魔道王『アシュー・フェニックス』と名を変えて2年程の歳月を経て魔族の世界を平定した。

 魔族を倒し屈服させ眷属にすると、眷属化した者のスキルを手に入れる事が出来る。それにより俺はこの世界でかなり強くなった。

 魔族達にかしづかれて王として君臨しても、やはり心に去来するのは、生ませ育った世界への憧憬と俺を害しようとした者達への復讐の念だった。あと、茸は食べ飽きた。


「では、お前達留守を頼むぞ」


「「はっ!」」


 俺は立ち上がりマントを翻すと傅く眷属の間の赤い絨毯を踏みしめながら部屋を出て、城を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺がこの世界にやって来た洞窟に足を踏み入れる。


「光茸!」


 俺は右手に巨大な光るきのこを召喚する。俺は国で栽培しているきのこと、異次元のきのこを召喚出来る。魔法で代わりが出来ない事もないのだが、きのこ召喚は疲れないのでついつい使ってしまう。


 俺は光茸を手に洞窟を進み、落ちてきた所までたどり着いた。ここから上に上がれば故郷に帰ることが出来るはずだが、いままでここから地上に出た者はいないらしい。何らかの移動を阻害するものがあると思われる。


飛行フライト!」


 眷属からいただいた飛行の魔法で宙に浮かび、大きな穴を見つけ、光茸の光を頼りに上昇していく。


 どれだけの時間が経ったのであろうか、上に上がるにつれて穴は細くなり、その間を風が吹き抜ける。次第に風が強くなり、どうしても先に進めなくなった。これか、これが魔族を僕たちの世界から阻んでいた仕掛けか。だがぬるい。


「変幻茸!」


 俺は体の中に幾種類もの茸の胞子を埋め込んでいる。俺の左手から出た変幻茸を岩壁に突き刺す。そして変幻茸を壁に根を張らせて、光茸を還して右手でも同様に変幻茸を出して壁に根をはる。俺の体はほぼ変形茸と同化しているので、俺自身が岩壁に根を生やしているのと何ら変わらない。

 まるでロッククライミングみたいな感じで岩壁に張り付き、右手、左手と闇の中じわじわと上に進んでいく。吹きすさぶ風は強いが、少しまた少しづつ上に上がっていく。

 永遠にも思える時が過ぎ俺はなんとか強風地帯を乗り切った。

 体感は長く感じたけど、実際は大した時間は過ぎてはいないのかも知れない。

 だがまだ何かしらの障害があるかも知れない。俺は体を固定しながら慎重に上に進んで行った。右手、左手と闇の中手探りで上に向かう。聞こえるのはただ風の好き荒ぶ音のみ。

 腹が減ったので、左手で張り付いて、右手に召喚した食用茸を食べる。

 あと少し、あと少しで、夢にまでみた故郷の食事にありつける。まずくはないけど食べ飽きた茸を食べ終えて、一心不乱に上に向かう。


「………」


 伸ばした右手が空をきる。何も無い。手を曲げると岩肌にあたり、とうとう崖を登りきったことを確信した。

 崖の淵を登りきり光茸を出す。


「ウオオオオオオオーッ!」


 俺は両手を上げて雄叫びを上げる。


 やった!


 ついに帰ってきた!


 故郷!


 故郷だ!


 自然に溢れる涙を拭い、俺は感傷に浸る。


 懐かしい。俺が奈落に突き落とされたまさにその場所だ。暗殺者アレックスに腹を刺されて唾をかけられた所だ。けど、それに含まれていた茸の菌糸のおかげでそれを触媒に茸を増幅させて命を取り留め、さらにその力で魔界を征服したので、ある意味感謝している。


 暗殺者アレックス、茸を生でたべた後、歯磨きせずに唾をかけてくれてありがとう。


 柄に茸の生えた汚いダガーで刺してくれてありがとう。


 お礼に決して消える事のない恐怖を与えてやろう。


 俺はマントをはためかせた後、前に踏み出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お前、もしかしてアシューか。見違えたぞ、お前、世を儚んで自殺したんじゃなかったのか?」


 俺はまずは実家に向かった。面倒くさいので、眠り茸の胞子で、兄さん以外の使用人には眠ってもらった。兄さんは屋敷の執務室で書類に目を通していた。


「誰が自殺なぞするか。兄貴、久し振りだな元気か?」


「口を慎め下郎が、今はお前とは身分が違う。俺の事は伯爵と呼べ。俺は爵位をついでケイン・アルバトロス伯爵となったのだ!」


 ケイン兄さんは口の端を歪める。伯爵ごときになってもしかして嬉しいのか?


『あの、茸王様、あの不遜な輩、今すぐにミンチにしましょうか?』


 俺の心に念話が届く。ルシアンだな。遠視のスキルで状況を見てやがるな。


 俺が自殺したと思ってるって事は兄貴はかたきではない。別に戦う理由は無い。


『ルシアン、手出しは無用だ。家族の事は自分で片をつける』


『承知致しました』 


 ルシアンからの念話はきれた。


「どうした、恐れ多くて口もきけなくなったのか?ハッハッハ!」


 2年前よりもさらに大きくなった体を揺すって兄貴は笑う。けど、心なしか顔色が良くない。痛風にでもなったのか?


「ほう、そうか良かったな伯爵になれて、達者で暮らせよ」


 俺は兄貴に背を向ける。


「まて、お前は爵位に興味はないのか?」


「あるわけないだろ。俺はアルバトロス、アホウドリの名前は捨てた。俺の名は魔道王アシュー・フェニックスだ。今日の所は見逃してやる。命が惜しければ俺に構うな。あばよ!」


 俺は右手を上げて、兄貴に別れを告げる。


「まてぃ、お前アルバトロス家を馬鹿にしたな。アルバトロスはアホウドリじゃなくて神聖なおおとりだ。お前には兄としてお仕置きが必要そうだな。稽古をつけてやる。修練場に来い!」


 兄貴はそう言うと早足で隣の部屋に行った。面倒くさいが付き合ってやるか。


 修練場に向かうと、待てども兄貴は来ない。太ってるだけあって愚図だな。


「お前、屋敷の者に何をした」


 それからしばらくして兄貴は板金の鎧フル装備で大盾と剣をもって現れた。修練と言うよりも実戦する気まんまんだな。


「眠ってもらっただけだ。過労で疲れてたんだろ、みんなグッスリだ。時間がたったら起きる」


「怪しげな技をつかいやがって、茸使いなんてくずスキル持ちのくせに生意気な!重戦士の力見せてやろう。死なない程度に痛めつけてやる」


 兄貴はガシャガシャ鎧の音をたてながら近づいてくる。気合いを入れ剣を横にして上段に振り上げる。


「遅いな、あくびが出るぞ。来い筋肉茸、鎧茸!」


 魔界から召喚された俺用の茸達が体を覆う。筋肉茸が体に根をはり身体能力を飛躍的に上昇させる。鋼より硬く瞬時に自己修復する鎧茸がその上を覆う。

 ここまでする必要はないが重戦士の無力さを思い知らせてやろう。


 ガキーン!


 金属のすれるような音と共に俺の兜に当たった剣が折れる。手加減して腹で叩くからだ。


「なにっ、なんだそれは、俺様のミスリルの剣が…おのれっ」


 兄貴は大盾を振り俺を盾で殴ろうとする。


 ドゴムッ!


 俺の拳が一撃で盾を砕く。


「兄貴、力比べといくとしようか」


 俺は兄貴の両手に己の両手を絡ませる。俗に言う手4つと言うやつだ。


「お前は阿呆か、重戦士に力比べで勝てると思うなよ」


 兄貴が口を歪める。


「何が重戦士だ。お前ごとき、俺の生きて来た世界では1日で魔物のエサになってるぞ」


 俺は少し力を入れてやる。


「グゥワアアアーッ!」


 兄貴は汚い叫び声を上げる。俺は手を回して兄貴を軽く投げる。兄貴は空中で独楽こまのようにクルクルと回り地面に叩きつけられる。


「さあて、お仕置きしてくれるんじゃなかったのか?」


 それから俺は軽く兄貴を揉んでやった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「すまない。俺が悪かった。都合良すぎるかも知れないが俺の頼みを聞いてくれないか?」


 あの後、2.3回地面に叩きつけてやったら兄貴は大人しくなった。しばらく動かなかったので気絶してたのかも知れないが、動き始めるなり土下座をしてきた。


「聞くか聞かないかは別として、なんか美味いもの食わせろ。話はそれからだ」


 俺は茸達を還すと腕を組んで兄貴を見下ろした。こいつは乱暴なだけでそこまで害悪ではないと思うので話だけでも聞いてやろう。


 兄貴が使用人を起こして作らせた料理が俺の前に運ばれる。俺はかつて豪勢な料理が饗されていた食卓に連れて行かれる。上座は気持ち悪いので断って座ると目の前に椀が運ばれてきた。


「なんだこれは?俺を馬鹿にしてるのか?」


 俺は椀を顎で指す。麦粥だ。雑草のような野菜と少しの肉みたいなものが入っている。


「すまんな、アシュー。これが今の俺の飯だ。これでも贅沢な方なんだ。大飢饉と戦争で伯爵領にはほとんど食べ物が無いんだ…」


 そういえば、ここに来るまでもあまり人に会わなかった。それに痩せたヤツばかりだった気がする。


「そうか、それは悪かった。これは兄貴が食え」


「いや、これはささやかながら俺が出来うる限りのもてなしだ。お前、腹が減ってるんだろう?ここにはこれ以上の食事はないぞ」


 なんか悪い気がするが、俺はその麦粥を口にした。美味い、美味すぎる。薄く味気のない粥だけど、何故か美味く感じる。久しぶりの地上の食事に俺は目頭が熱くなった。即座に俺は平らげてしまった。


「ごちそう様。兄貴、美味かったよ。困ってるのなら、親父や兄貴に頼ればいいんじゃないか?」


 ケイン兄貴は顔を顰める。


「助けを求めて王都の親父や兄貴に連絡したんだが、音沙汰なしだ。あいつらは伯爵領を見捨てたんだ。しかももうじき戦争が始まる。帝国が攻めてきてるんだ。お前に助けて欲しかったけど、都合良すぎるよな。お前はここを出て行け。お前を見限った俺達のために死ぬ事はない」


 ただの乱暴者だと思っていたが、そんなに兄貴は悪い奴じゃなさそうだな。


「そのつもりだったが、気が変わった。来い【10の指】、影渡りのロザリンド!」


「はい、仰せのままに」


 鈴が鳴るような心地よい高い声が響き渡る。

 俺の影の中から【10の指】ロザリンドが現れる。

 見た目は可愛らしい幼女だが、実際は俺の倍以上は生きていて、残虐性に関しては10指の中でもトップクラスだ。

 こいつの得意な能力は影渡り。影から影に移動することが出来て、主に自分の影と俺の影をつないでいる。


「ロザリンド、俺の兄貴だ。助けてやってくれ。あと食用茸を準備してやれ。ここでは殺しは厳禁だ!」


「承知致しました」


 最上の笑みで俺に答える。頼られたのが嬉しいんだろう。可愛い奴だ。


「アシュー、なんだそいつは?どこから現れた?」


 兄貴は怪訝そうに尋ねる。


「俺の部下だ。この世界でいう所の魔王の1柱だ。しばらく兄貴に預けるから好きに使ってくれ。そうだな、落ち着いたら美味いものでも食わせてやってくれ」


「ああ、可愛らしい魔王なんだな。ロザリンドって言ったよな。よろしく頼む」


 兄貴は素直に頭を下げる。


「ケイン伯爵ですね。よろしくお願いします。アシュー様のお兄様と言うことですので、不肖ロザリンド文字通り粉骨砕身させてもらいますわ」


 ロザリンドは兄貴にスカートの裾をつまんで挨拶すると、にっこり微笑んだ。


 なんか剣呑な事をほざいているが、ロザリンドは兄貴の事は気に入ったみたいだから大丈夫だろう。


「あと、兄貴、暗殺者ギルドのここでの拠点を教えてくれ」


「教えてもいいが何する気だ?あいつらは俺でも手に負えないぞ」


「ああ、世話になったから軽く挨拶するだけだ」


 兄貴に場所を聞いて、俺は実家を後にした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「アシュー、あんたもしかしてアシューじゃないの?」


 屋敷を出た所で名前を呼ばれつい反応して振り返る。そこにはフレイヤがいた。


「………」


 俺はつい息をのんでしまう。前に見た時は綺麗ではあったがまだ手足のひょろ長く男の子と言っても通用するような体型だったのが、胸は張り裂けんばかりに大きくなってお尻も少し肉がついている。それに相変わらず目は大きく、赤い唇整った眉に長い睫毛。何もしてないのだが、まるで化粧をしたかのような美の化身がそこにいた。本当にフレイヤなのか?


「あんた、なんとかいいなさいよ!」


「なんとか」


「そんなベタなボケいらんわよ。こんなくだらない事言うってことは本当にアシューなのね。あんた今まで何処に行ってたのよ、馬鹿ぁっ!」


 フレイヤはぽかぽか俺を叩いてくる。地味に痛い。


『なんですか、この無礼な牛乳うしちち娘は、アシュー様の玉体に触れるなど不届き千万、万死に値します。出ます!』


 俺の頭に怒り混じりの念話が聞こえる。


 地面に光る魔法陣が浮かび上がりその中に魔族の女性が現れる。コウモリのような羽にねじくれた羊のような角、豊満な体を最小限のビキニアーマーで包んだまだ少しあどけない顔の美女【1の指】魔道指のルシアンだ。


「主に仇なす不敬な輩よ塵芥にしてくれる。水色の吐息」


 ルシアンはフレイヤの横に立ち息を吸う。いかんルシアンは本気だ。ルシアンは魔法の他に特殊能力7色の吐息を持つ。息に包まれた者にいろんな効果を引き起こすもので特に水色はやばい。俺は咄嗟にフレイヤの前に立ちはだかる。俺は水色の吐息に包まれて、それが消えたときには身に纏っていたものは全て消えていた。


「ルシアン、こいつは俺の幼なじみだ。危害を加える事はゆるさん!」


 俺は腰に手をあててルシアンを睨む。


「すみませんでした。つい熱くなりまして。でもこんな所でお身体を晒すなんて、やっと私の愛を受け入れて頂けるのですね。ですが初めての場所がこんな所とはさすが茸王様です。村娘や市井のものたちにその神々しさを見せつけてやるのですね。とても恥ずかしいですが、不肖ルシアンお供致します!」


 なんかいきなり脱ぎ始めようとするルシアンを必死で止める。そして角を掴んで強制的に魔法陣に押し込めて巨大な茸で蓋をする。フレイヤは何が起こっているのかわからないのか若干口を開けて俺達を見ている。最後に俺は異次元収納から新しい服を出して着て最後にマントを着けて翻す。


「待たせたな、それでなんだったかな」


 俺は鷹揚と口を開く。


 すぱーん!


「『なんだったかな』じゃないわよ!」


 フレイヤの平手打ちが俺の右頬に炸裂する。


『アシュー様!』


 頭にルシアンの声が響く。


『騒ぐな。問題ない』


 また飛び出して来かねないので制しておく。


「なんだフレイヤ、それが久々に会う幼なじみへの仕打ちか?」


「あんたこそ、いきなりいなくなったと思ったら突然帰ってきてエッチな魔族を呼び出して裸になって相撲はじめてでっかい茸出して、もうなにがなんだかわかんないわよ!」


 フレイヤはその場に座ると声を上げて泣き出した。置いて行くわけにも行かず、俺はどうすればいいのかもわからず、しばらく泣き続けるフレイヤを見続けた。


「行くわよ、アシュー」


 フレイヤは涙を拭うと立ち上がる。


「どこへ?」


「伯爵様の所に決まってるでしょ!」


「なんで?」


「もうっ、帝国軍がここに向けて進軍し始めたのよ、戦いの準備始めないと!」


「あ、それは片付いた」


 俺は暗殺者ギルドの拠点の方に歩き出す。


「片付いたってなによ?」


「俺の部下を貸し出した。数千の軍の指揮官だ」


 ロザリンドには茸兵士の指揮権を与えている。ロザリンド自体の戦闘能力だけでも多分軽く1万の兵士位には匹敵するのだが、殺傷は禁止しているので茸兵を使った方が安全だろう。帝国兵が。


「まあ、要は防衛戦の準備を始めたって事ね」


 なんか意見の齟齬がありそうだが、大した問題じゃないな。


「あたしはあれからあんたを探すために強くなったのよ。戦争になってもあんたくらいあたしが守ってあげるわ」


「それは頼もしいな」


「ああーっ、信じてないでしょ」


 グーッキュルルッ…


 フレイヤは顔を真っ赤にする。腹の虫か?こいつもあまり血色よくないな、飯あまり食ってないのか?


「フレイヤ、肉茸たべるか?」


「あ、あんた言うに事かいてなんて事言ってるのよ!」


「ん、肉茸は生でもそれなりに美味しいぞ?そのまま食べるか?」


 なんかフレイヤは真っ赤になって怒り狂っている。きのこは嫌いなのか?


「誰があんたの肉きのこなんかをを口にするのよ!」


「え、じゃあ『茸汁』の方がいいのか?」


「き、きのこじる…」


 フレイヤは真っ赤になって俯く。まあ、一応若い女性だお腹が減ってると言うのが恥ずかしいのだろう。俺は立派な肉茸を召喚する。見た目はでかい松茸みたいだが、ほぼ肉と同様の栄養をもっている。


「肉茸だ。焼きと生どっちがいいか?」


「え、き、きのこ?焼きでお願いします…」


 フレイヤは俯く。すこし恥ずかしそうだ。俺は異次元収納から串をだして茸を刺すと塩を振って魔法で炙ってフレイヤに渡す。


「ゴクン!」


 フレイヤは生唾を呑み込むと肉茸に噛みつく。肉茸の牛風味からはじまって、豚、鳥、しめ鯖と完食してリクエストのしめ鯖を焼いてフレイヤは満足した。


「肉きのこサイコー!アシューの肉きのこサイコー!」


 フレイヤは感無量みたいだ。


『アシュー様、今後は肉茸という名を牛肉茸、豚肉茸と名前を細分化しましょう』


 頭の中に感情を押し殺したようなルシアンの言葉が聞こえた。


「ところで、アシュー、今まで何処にいたの?」


 腹が膨れたからかフレイヤはやっと落ち着いたみたいだ。


「魔界だ。魔族達がはびこる世界にいた」


「ふーん、魔界ねー。わかったわ話したくないなら、話したくなったときに教えて」


 なんか勘違いしてるみたいだが、まあいいだろう。俺はマントを翻して歩き始めた。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「アシューここに知り合いがいるの?」


「ああ、でっかい借りがある奴がいる」


「でっかいかり!」


 またフレイヤは真っ赤になる。


「そうだ。でっかい借りだ!」


「………」


 フレイヤは俯いて黙り込んだ。むぅ、女心は難しいな。



 俺は貧民街に不相応なぼろっちいけど大きな屋敷の前に立つ。闇の住民のアジトにしては目立ちすぎだろ。

 昔の知り合いに会いに行くだけだからついてくるなと言ったのだが、フレイヤはしつこく付いてきている。


「ここから先は危険かもしれない。お前は帰れ」


「ただ知り合いに会いにいくだけなんでしょ、なんの危険があるの?それに危険ならあたしが守ってあげるわ」


「好きにしろ」


 俺は屋敷に入る。だがそれと同時に念話を飛ばす。


『デスベリー聞こえるか?こいつを守れ』


『御意に』


 十指の【5の指】鋼のデスベリーにフレイヤを守らせる。過保護かもしれないが暗殺者ギルド相手だ用心に越した事は無いだろう。


 俺はまず建物内をくまなく眠り茸の胞子で満たす。これで一定能力以下の雑魚は眠ったはずだ。屋敷に入り屈んで床に触れる。


「アシュー、なにしてるの?」


「床に触れている」


 建物は石と木で出来ているみたいだ。好都合だな。触れた手から茸の菌糸を張り巡らせて探知する。


「なんのために床にさわってるの?」


「何でも聞くな、自分で考えろ」


 3階の南の部屋に反応がある。そこに行くか。全て屋敷の構造は頭に入った。一直線にそこに向かう。


「わかったわ、細かい振動で、何処に人がいるか探ってたのね」


 中々するどいな。


「まあ、似たようなものだ」


 まあ、そんな可愛らしいものでは無いがな。


 ほどなくして目的の部屋に到着する。


 大広間の中央に装飾華美な玉座みたいなのがあり、それに向かって入り口から赤絨毯がつづいている。

 王の謁見の間みたいだな。ドブネズミの分際で王にでもなった積もりなのか?

 物陰に人が隠れているが、気付かないふりをして玉座に近づく。まあ気が効いてるとも言えるな。俺のために玉座を容易しているとは。

 俺は玉座に座り肘掛けに肘をつき足を組む。


「ちょっと、アシューなにくつろいでるのよ!」


「なーに、俺にふさわしい椅子があるから座っただけだ。出てこいドブネズミ」


「キャッ!」


 俺とフレイヤの間に突然に人影が現れる。


「お前は誰だ?そこは俺様の席だと知ってて座ってるのか?」


 顔に見覚えのある切り傷。この2年間忘れる事の無かった顔だ。自然に頬が緩む。

 やっと念願が叶う。奴は天井に隠れて俺達を見ていたのだろう。


「ドブネズミ、その年になってヤモリごっこか?立派な玉座を作っても所詮ドブネズミ。こそこそする卑しい心は変えられないみたいだな」


「な、何を言ってやがる。お前は、確かアシュー、アシュー・アルバトロス」


 アレックスの目が驚愕に見開かれる。


「その名は捨てた。今の俺の名は魔道王アシュー・フェニックスだ。まずはお前に礼を言おう。汚い唾を吐きかけてくれてありがとう。汚いダガーで刺してくれてありがとう。お陰で力に目覚める事が出来た。お前の絶望の顔を夢見て地獄を耐え抜く事が出来た」


 俺は一呼吸おき、深々と頭を下げる。


「アレックス、本当にありがとう」


 そして頭を上げ、アレックスの目をじっと見つめる。


「お礼に最高の絶望を与えてあげよう」


 俺は心の底からの笑顔をアレックスに向けた。


「おう、坊ちゃん、気でも違ったのか?あれで生きてるのは驚きだが、また始末するだけだ。ケニー出てこい」


 物陰から5人の黒装束が出て来て俺を囲む。もうこいつらの処理は終わっている。俺が得意な屋内戦になったのがこいつらの運の尽きだ。俺は座ったまま足を組み替える。


 ドゴッ!


 天井の一部が崩落して、1人を押しつぶす。


「な、なんだ?」


 その叫んだ1人は口を開けた床に呑み込まれ挟まれる。


 ガッ!


 1人は飛んできた壁に吹っ飛ばされて、もう1人床に呑み込まれる。全員、気絶させただけで殺してはいない。


 あとは俺の靴を脱がしたケニーと言う奴だけだ。


「なんだ、お前は妖術師なのか?」


 アレックスは警戒して後ずさる。


「え、アシュー、何をしたの」


 フレイヤは訳が解らないのか呆然としている。

 

 俺は自分の靴を踵を引きずってずらして蹴って遠くに放る。


「ケニー。チャンスをくれてやる。死にたく無ければ俺に靴を履かせろ」


 俺の傍で呆然として佇んでいたケニーが我に返り、アレックスの方を見る。アレックスは頷き、ケニーは俺の靴を取って戻ってくる。そして靴を履かせてくれるがその時にチクッとした痛みがはしる。


「ヒャーッハッハッ。お前は馬鹿か暗殺者を自分から近づける奴が何処にいるんだ。腐っても脳みそお花畑のお貴族様だな」


 ケニーは哄笑をあげながら右手を開いて見せつけてくる。中指に嵌めてある指輪から小さな針がでている。


「これはオーガスレイと呼ばれる毒だ。オーガですら一撃で殺す猛毒だ。のたうちまわって死ね!」


 なんかこいつらオーガって言葉使いたがるな?オーガがそんなに好きなのか?


「うぼっ、うぼぼぼぼぼっ!」


 ケニーは愉快な叫び声をあげながら顔を押さえてのたうちまわる。そしてふらつきながらアレックスの方に歩いていく。目が見えて無いから上手く俺の力でアレックスの方に誘導してやる。ケニーはちょうどアレックスの前で覆面をとる。ケニー、ナイスタイミングだ!


「ひ、ひいっ!」


 フレイヤは軽く悲鳴をあげる。


「け、ケニー…」


 アレックスは息を呑む。ケニーの顔には目、鼻、口、耳、体中の穴という穴からシメジのような茸が生えている。


「さっきこいつに茸の菌糸を打ち込ませて貰った。生憎俺にはあらゆる毒は効かない。よく目に焼き付けろ。それがお前の末路だ」


 まぁ、末路と言っても気道は確保してあるから死にはしないのだが。こいつらをここで殺すのはもったいなさ過ぎる。俺の国でたっぷり働いて貰わないとな。


「これが『茸使い』の力か…恐ろしい力だな。けど、子供騙しにすぎねーな。暗殺者の力見せてやる」


 そう言うとアレックスの姿は掻き消えた。


「え、どこ?あいつ何処にいったの?」


 フレイヤが狼狽えている。


「お前に俺は見えないだろう。暗殺者の能力の真骨頂、認識阻害と気配遮断だ。己の無力さを噛み締めて地獄に帰れ」


 アレックスは高速で移動しながら声を出している。居場所を気取られないようにだと思うが、そんな大変な事してまで俺にドヤりたいのだろうか?馬鹿なのか?


「ああ、見えないな。それがどうした」


「なに余裕ぶっこいてやがる。まず手始めにこの聖女様の両手両足を切り落としてやる。そして次はお前の両手両足を落として、泣き叫ぶお前の前で聖女様をぐちゃぐちゃにしてやる!」


「あんたなんかにやられてたまるか!」


 フレイヤは拳を握って構える。


「出来もしない事をほざくなドブネズミ」


 俺は座ったままアレックスに顔を向ける。


「なにっ?見えてやがるのか?そんな筈はない。まずは女から血祭りに上げてやる」


 アレックスはフレイヤに向かって駆け出すが突きだした床に足を取られて転倒する。そして姿を現す。顔を強打したのか無様に鼻血を垂れている。


「チッ、俺様としたことが。行くぞ!」


 またアレックスは消えるが前に出たとたんに高速で剥がれた天井がその頭にぶちあたる。そしてまた姿を現す。


「なんなんだ、もう一度…」


 アレックスは姿を消し俺の後ろに回るが今度はその後頭部に剥がれた壁が飛んできて命中する。


「なんなんだ、お前は何をしているんだ?」


 後ろからアレックスの声がする。こいつはとんだ期待外れだ。もう少し強いかと思ったのだが。デスベリーは過剰戦力だったな。


「アシュー、あなた何してるの、あたしも知りたい」


 フレイヤは安心したのか構えは解いている。


「自分で考えろ。ヒントをくれてやる」


 俺は肘かけに置いていた左手を離す。指の先から伸びた糸が玉座を伝って床に刺さっている。見やすいように糸を太くしてやる。


「糸?床に続いている。と言うことは糸を張り巡らせてそれでいろいろ操ってたのね」


 ほう、フレイヤはなかなか勘がいいな。


「なんだと、そんな話聴いた事無い。凄まじい力だな。すまん、俺は謝るから、お前俺と一緒に暗殺者ギルドを牛耳らないか?お前となら裏の世界を征服する事が出来る。凄いぞ、なんでも思いのままになるぞ」


 アレックスは顔の傷跡を真っ赤にして興奮している。なにがそんなに楽しいんだ?


「アシュー、ダメよそんな誘いにのったらろくな事にならないわ」


 フレイヤは俺に必死に訴えかける。


「女はすっこんでろ。それでどうなんだ答えろよ」


 アレックスはフレイヤに怒鳴ったあと、俺に気持ち悪口笑みを向ける。器用な奴だな安っぽいな。


「黙れドブネズミ。ネズミの王国なんかに俺は興味ない」


 俺はアレックスを一瞥する。


「そうか、残念だな。あばよ」


 俺の回り一帯の床がぬけ、玉座もろとも俺は槍衾を敷き詰めた階下に吸い込まれて行った。


「キャー、アシュー!」


 フレイヤの悲鳴が聞こえる。


「ヒャーッハッハッハッ!ここの床は全て魔道具の力で俺の意思で落ちるようになってんだ。あいつはお陀仏だ。お前は今から俺がたっぷり可愛いがってやるぜ」


 アレックスの声が聞こえる。馬鹿な奴だ俺よりデスベリーの方がたちが悪いのに。


「キャー!」


 フレイヤの悲鳴だ。


 ドガガガガガッ!


「うががっ!」


 バキッ!


「ぎゃーっ!」


 ベシッ!


「ごふぅ…」


 破壊音の後にアレックスの奇声が聞こえる。派手にやられているな。そろそろいいだろう。俺は玉座に座ったまま上に上がる。茸の菌糸が床ごと引き上げていく。ほどなくして俺は上の階に戻る。床は修復されていく。


「アシュー、なにこれ!」


 フレイヤは銀色のスーパーマッスルボディになっている。首から上は元のままだ。思わず失笑してしまう。


 その前には手足を変な方向に曲げたアレックスがいる。


「デスベリー、ご苦労だった。戻れ」


 フレイヤを覆っていた体が溶けて床を伝って人型になる。そしてそこにはゴスロリ服の大きなリボンをつけた少女が現れた。


「茸王様の十指、【5の指】デスベリー、命によりあなたを守る」


 そういうとデスベリーは消え去った。フレイヤの守護任務に戻ったのだ。


「なにあれ、いきなりあたしがマッチョに…よかった誰にも見られて無くて」


 俺は確かに見た。フレイヤの雄姿を。


「俺の部下の鋼のデスベリー、メタルスライムの魔王だ」


「もう、なにがなんだかわからないわ」


 フレイヤは床にへたり込む。


「全くだ、なんでお前下に落ちてない?まだ座ってやがるんだ?」


 アレックスは俺が怪我を治してやったのでふらふらと立ち上がる。


「さっきのフレイヤが言った事は半分も言い当ててない。俺の手から伸びた茸の菌糸は屋敷跡全体に張り巡らせれていて、この屋敷の全てのものを操ることが出来る」


「何だと、これ以上お前のような化け物と付き合ってられるか!」


 アレックスは姿を隠して逃げ出す。


「ヒイッ!」


 アレックスは悲鳴をあげ現れる。


 アレックスの両足を変形茸の触手が絡め取っていく。そして全身を絡め取る。


「隠れても無駄だ、飛ばない限り、お前は俺の茸に触れているのだからな」


「まて、お前の望みはなんだ。命だけは助けてくれ」


 アレックスは涙を流して哀願する。


「では聞こう。お前は誰に雇われたんだ?」


「言えん。それだけは言えん!」


 俺はアレックスの中の菌糸を操作する。ちなみに屋敷に菌糸を張り巡らせた時に屋敷の全ての者に菌糸を埋め込んでいる。要はこの戦い自体が茶番で始まった時にはもう決着が付いていたのだ。


「うおっ、うおっ」


 アレックスは身もだえる。


「お前もさっきのケニーみたいに全身茸になりたいのか?」


 下からどんどん茸を生やしてやってまずは右耳、右の鼻の穴、右目と茸を生やしてやる。まあ、この寄生茸は湿気った所に生えるだけで実害もなくしかも美味しく食べられるのだけど、こういう使い方をすると効果抜群だ。


「待って、待ってくれ。王都のお前の親父と兄貴とアッシュと言う奴だ」


「嘘だ!アッシュ、アッシュがそんな事する筈がない!」


 つい俺は叫んでしまう。そうだそんな筈は無い。


「本当だ、うぼぼぼぼぼっ!」


 俺が生やした茸でアレックスは口を塞がれ白目を剥く。これしきで情けない奴だ。


「アシュー、あなた、家族が雇った暗殺者ギルドに殺されかけたのね…」


 フレイヤが呟く。


「アッシュに会いに行く。何処にいる?」


 俺はフレイヤに尋ねる。


「それが、アッシュも去年居なくなったの…」


 フレイヤは目を伏せる。


「そうか…」


 まずはここを片付けよう。


「ロザリンド、来い!」


「仰せのままに」


 俺の影からロザリンドが現れる。


「今度は幼女…」


 フレイヤは呆れた顔している。失礼だな。


「ロザリンド、この屋敷の人間を全て茸農場に運びこめ、死ぬまでこき使ってやれ」


 アレックスとその部下達はどんどんその影に吸い込まれていく。


 俺の国では戦乱が収まったおかげで奴隷が少なくなって、茸を栽培する農場は慢性的な人手不足に陥っている。クズでも殺すのはもったいない。俺の為に役立って貰う。


 

 俺に敵対したものはすべて俺の茸の世話をさせてやる!



「行くぞ」


 後かたづけが終わり俺は玉座から立ち上がる。


「本当だったんだ、魔界に行ったのって…」


「ああ」


「あたしは、どんなにアシューが変わっても、なにがあってもアシューの味方だよ。アシューはどうなの?」


「ああ、いつでもお前の味方だよ」


 俺はフレイヤの頭をガシガシしてやった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ありがとう、アシュー。何時でも帰って来ていいからな」


 ケイン兄貴と俺はしっかり握手をする。

 

 伯爵領の全ての住民には食用茸が行き渡り、攻めて来た帝国軍は茸兵とロザリンドが一蹴した。ロザリンドは屋敷が気に入ったようで拠点を兄貴の屋敷にしている。


「アシュー、早く行くわよ!」


 フレイヤが俺の手を引く。


「おい、なんでお前もついてくるんだ?」


『アシュー様、あやつをおっぱらいましょうか』


 頭の中にルシアンの苛ついた念話が届く。


『大丈夫だ』


 正直事あるごとでウザイ。


「あたしも本当の事知りたいから。危険な事があっても茸王様が守ってくれるでしょ!」


 フレイヤは満面の笑み浮かべる。それはずるい。断れなくなってしまう。


「ああ、じゃあ行くとするか」


 俺は王都に向かう事にした。親父ともう1人の兄貴に制裁を与えるのと、アッシュの行方を追うために。


 けど、旅を楽しむのもいいかもな。美味いものも食いたいし、綺麗な景色も見てみたいし。


 そんな事を考えながら、俺はフレイヤに引っ張られて行った。



読んでいただきありがとうございます。


 お知らせです。この『最強のキノコ使い』についてですが、近日中に、他サイトのノベルピアさんと独占契約させていただく予定です。

 それにあたりまして、誠に申し訳ございませんが、今月、または来月にこちらを非公開にさせていただく予定です。


 これ以降のお話はノベルピアさんの方でよろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)


 この表紙絵が目印ですっ!


 リンクアドレスをコピーしてますので、よろしくお願いします。


https://novelpia.jp/novel/2658

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