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天使どものお役所仕事

ある日、不意に視界が真っ暗になった。

同人誌の原稿を上げるために三日ほど徹夜をして、エナジードリンクを馬鹿みたいに何本も飲んで、仕事から帰ったらまともにご飯も食べずにパソコンに向かっていた。

心臓が急に動かなくなったのが分かった。

自分の体が倒れていくのが分かった。

椅子の倒れた音が妙に遠くで響いていた。


ああ、原稿が間に合わない……。


そんな馬鹿なことを考えているうちに、私の人生は馬鹿らしく終わった。


――ぴんぽん。

「32番の方、4番受付へどうぞ」


淡々とした声と人のざわめきで私は目を覚ました。

周りを見ると役場のような場所で、職員に食って掛かっている人や受付で何かを書いている人がいる。

一瞬、自分が夢でも見ていたのかと思ったけれど、冷静に考えてみると私は役場に用事なんてなかったからやっぱり死んだんだ。

走馬灯にしてはやけに日常的な風景……というには馴染みのない風景だった。


「転生課?」


掲げられていたプレートに書かれている文字に私は眉を寄せてから、いつの間にか手の中にあった整理券に気付いた。


「34番……」


もうじき、私が呼ばれる番だ。

ここはどんな場所なのか分からない、ただ、これが輪廻転生のための手続きだなんていうなら、どうせならもっとファンタジーな感じがよかった。

白い雲が地面で、光り輝く天使みたいのが導いてくれるような……て、これは『アルレコ』の影響受けすぎか。

そんな現実逃避をしていると、いよいよ私の番号が呼ばれて私は受付へと向かった。


「うーん、矢追 好子さん、33歳? おかしいな、寿命よりかなり早いんですが、何をやっていらしたんですか」

「えっと同人誌の原稿書いてました……」


初対面の男性に同人誌の原稿、とかいうのはかなり恥ずかしくて私はうつむいていた。

白いシャツに黒いネクタイ、髪の毛は短めに借り上げた黒色で黒ぶちのスクエアフレームの眼鏡、背中には小さめの白い翼……受だな。


「ああ、趣味の欄の二次創作てやつですね。 しかし、困りましたね。 最近増えてるとはいえ寿命より先にこられると困るんですよ、こっちとしても」


私だって好きで来たわけじゃないし。

本当なら原稿終わらせて来週にはイベントだったんですが?

裏筋ぴんく先生の新刊を買ってる予定だったんですが?


「大体、貴方、特技らしい特技もないですし、才能も功績も大してないですよね。 33年生きてきて身についた特技が漫画書くことって……それもプロとして通用するもんじゃないでしょう。 二次創作なんていう他人が描いた漫画だのの真似してかいているようなの、いい大人がやってて恥ずかしくないんですか」


うるせえ、いい大人じゃないと買えない本があるんだよ。


「転生するにしたってねえ普通は生きてた頃の業績や特技で次に生かせるように割り振るんですよ。 貴方、ちゃんと転生する意識もって生きてたんですか?」

「……特技ならあります」

「はい?」

「私の特技は、どんな男同士だってハッピーエンドに導くことです!」


高らかに宣言すると私は椅子から立ち上がってお役所仕事の天使を見下ろした。

こういう上から目線のやつはこっちが縮こまっていると思うとぬけぬけと言わなくていいことまで言ってくるのだ。

ならば、相手が話をする余地がなくなるまで追い込むのがいい。


「さっきから聞いてれば特技がないだの他人の真似っこだの、貴方に二次創作の何が分かるんですか。 こっちは同じ星に生まれたらミラクルロマンスで幼児期過ごしてるんですから同じ作品に出てたら男同士でもセックスしてるし、幸せなキスをして終了する世界で生きてたんですよ。 こんなせせこましい受付で黙ってる三十路女にぎゃあぎゃあしゃべくってるだけの貴方よりよっぽど幸せで建設的に生きてきましたとも。 これ以上ぐだぐだ人の趣味のこと文句つけてくるんなら貴方のお尻の穴が縦に広がるまで調教しまくるラブラブ変態カップル漫画しあげてここのロビーで無料配布してやるからな! 攻めはあっちの茶髪の職員さんな!」


そこまで言い切ってから私は受付の奥にいたちょっとちゃらそうな茶髪の職員さんを指さした。

巻き込まれた、て驚いた顔してるけど巻き込んでいくぞ。

息を切らしながらまくし立てた私に怯んだのか硬直して唇をひくつかせている受付を見下ろしながら私は腕組みをした。


別に私だって普段からこんなことをいう訳じゃない。

けれど、こっちが死んだ直後だっていうのにこけにされて苛立ったのと、どうせ転生とやらをしたらもうこの窓口に来る必要もないんだろうと思ってヤケになったのだ。

だって私、別にいま前世の話とか持ち出されてないし、多分まじで今世だけの評価用窓口ぽいから。


「あら、どんな男同士でもハッピーエンドに導く、だなんて素敵な特技じゃない」


不意に奥の方から女性が現れた。

見事な金髪のウェーブヘアに後光を背負っていて、手には錫杖を持っている。

この役場には相応しくないくらい如何にも神様って見た目の神様に私は絶句していた。


「丁度、そういう人材が欲しかったのよ。 ねえ、この人、こっちの世界に送ってくれない? 席はいいように準備しておくから」

「は、い、いえ、ですが……」


あからさまに狼狽えて窓口の職員は額に汗を滲ませていた。

そういうところが受なんだよな。


「私が趣味で作った世界なんだけどね、どういう訳だか私の力がうまく働かなくて幸せなカップルが生まれないの」

「あ、貴方が趣味で? ど、どういう世界なんですか……?」

「男同士が結婚する世界よ」


嫣然と微笑む女神を前にして私は拳を握り締め、両腕を天へと突きあげた。

リアルな男同士の恋愛は苦手という腐女子も少なからずいるが、私にとっては大好物!

おまけにそれが女神の趣味で、ハッピーエンドに導けという使命を帯びていけるなら、カップルのプライバシーに踏み込むという負い目すら感じなくていい!

なにしろ、これは神様から与えられた使命なのだから!


「やります、行きます! もう本当、どんなカップルでも幸せにしますから!」

「あらあら頼もしいわねえ」


うふふ、なんて上品に微笑みを浮かべる女神様の要請を受けて窓口の職員は私に書類の入ったクリアファイルを渡してきた。

次の窓口を示されると私は早速駆け出していった。


趣味で男同士が結婚できる世界を作り上げる女神……仲良くやれそうな気がする!


そして、私は何も知らないままに新たな世界へと生まれ変わるのだった。

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