正義のチカラ
登場人物
私(青葉):どこにでもいる普通のコスプレイヤー
宮城野:私の同級生
若林:泉さんをよく撮っているカメラマン
太白:初心者カメラマン 若林の友人
泉:美人のコスプレイヤー 青葉とはコスプレ始めてからの仲良し
-現代-
私は正義の味方なんかじゃない。
目の前でこの世の終わりみたいな目をしてるカメラマンになんて言っていいかわからないからだ。
目が赤色になってるじゃん。
大の大人がさぁ、情けないったらありゃしない。
「ねぇ、あのさー」
重い口を開いた。
-過去-
小学校の頃、気づいたらクラスの男の子をボコボコにしてた。
なんて言ったら厨二病か何かだった?って笑われるかもしれない。
でも、私は許せなかったんだ。
大好きな友達の女の子の髪を引っ張るなんて…。
私は昔から短いほうが好きだったから、長い髪のその子が羨ましかったのかもしれない。
キレイな髪の毛にはずっと憧れてた。
母のキレイなロングヘア、兄が見ていた戦隊ヒーローのヒロイン、偶然始めてみた美少女アニメ。
「こんなキレイになれたらなぁ…」
夢の国がある県でも叶わない夢もある。
そんなことは知らない子供時代を過ごした。
両親は仕事であまり家に居なかった。
私の兄はよく私の世話を焼いてくれた。
…とは言っても3つくらいしか違わないからできる事なんて目に見えている。
でも、当時の私からしたら何でもできるすごい兄だった。
喧嘩だってしたけどいつも兄が先に謝ってきた。
時間は少し流れ、高校卒業を目の前に兄が運転免許をとった。
「通学にも就職にも必要だし、身分証にもなる。」
自慢気に見せてきたピカピカの運転免許証には眠そうな顔写真があった。
実技は問題ないが学科は2回受けたらしい。
そう母から聞いた。
大丈夫かよ…。
内心不安と諦めを抱えながら父の車で家族で週末のある日ドライブにでかけた。
目的地は家から30分ほどの海浜公園。
まだまだ暦の上では秋だけど、流石に海沿いは寒かった。
ふと、一人で海を見に防波堤へ登った時だった。
きれいな女の人を撮ってる人がいた。
よく見たら知らない制服を着ていてだいぶ髪の毛の色も派手だった。
中学生の私にはキレイ、カワイイ、それしか頭になかった。アニメの世界が目の前に広がっているようだと気づくのはそこからの帰り道だった。
駐車場への帰り道は夢の国だった。
兄が昔よく見ていた朝アニメのキャラクターが勢揃いして写真を撮っていた。
よくわからない、現実なのここは?
そんなこと考えつつも駐車場に戻る前、公園の管理施設のトイレへ寄ろうとしたときに看板に気づいた。
「海浜公園コスプレイベント更衣室」
コスプレという知らない単語。
その日はそのままショッピングモールのファミレスでご飯を食べて帰った。
数ヶ月後、兄は大学進学のために家を出ていった。
神奈川は私にとっては兄のいる県という認識になった。
高校生になった私はコスプレという言葉の意味をやっと知ることになる。
-高校時代-
前の席に座っていた夢女、広義には腐女子といったほうがいいかもしれない。
その宮城野が見せてくれた雑誌にビックサイトや池袋、秋葉原のイベント写真が乗っていた。
素敵な衣装、ウィッグ、ちなみに宮城野は流石にコスプレはやってないらしい。
でもやたらと私には勧めてくる。
「青葉には!絶対に!この衣装が絶対似合うってー!」
といって雑誌のイラストを押し付けてくる。
カッコいいのはわかるけど…これを私が…?
いやいや、だって性別違うし…
「ハッピバースデー!」
とある日、自分の誕生日を2日後に控えたある日、宮城野が世界一の笑顔で私を出迎えた。
だいたいこういうときはろくでもない日になる。
「私じゃなくて宮城野、あんたの誕生日じゃなかったっけ?」
「そうそう!だから!お願い!」
そう言って私に小包を渡してきた。
「1回!1回だけでいいからぁ…青葉ぁ…一生のお願い!!」
後世まで語る気はないがこれが最初の過ちだった。
宮城野の推しキャラの衣装を押し付けられまんまと着てしまった。
「最高ー!好きー!」
抱きつかれて写真を撮られた。
我ながら2度目は無いだろうと思っていたが…それは甘かった。
気づいたときには宮城野共々イベントへ足繁く通うようになっていた。
沼というものはこんな近くに蟻地獄の様相を呈していた。
-現代、すこし昔-
日々を重ね社会人になり、ある日20人規模の撮影会を企画した。
「しまったなぁ…カメラマンの頭数が足りない…。」
今週末開催にも関わらず参加予定のカメラマンがインフルエンザで倒れてしまったのだ。
仕事中も、今からスケジュールを組み直すか、私が撮るかの選択を迫られる。
休憩時間に眺めたスマホに朗報のメッセージが届いたのはそんなときだった。
参加者の泉さんの知り合いのカメラマンが来たいらしい。
念の為その人の写真見てから考えると返信した。
頭痛の種は一つ減った。
そう思えた。
帰宅後、泉さんとカメラマンさんとの撮影の写真とアカウントを覗く。
若林さん…ねぇ…。
この人大丈夫かな…?
変な人が多い界隈だ。
変な人にはなれている。
撮影の心配は杞憂に終わった。
後で私も撮りたい。
そう若林は言った。
私が知る限り、若林というカメラマンは変わった人の中でも特に変わってた。
次の撮影に行ったとき、
「始めたばかりの友人を教えているんだ。練習台になってほしい。」
そう言われた。
確かに初めて会った時から口から生まれたのではと思う口ぶりだった。
この人に教わる人は上達もいいんだろうな…クソ上司じゃなくてこの人上司だったらななんて考えた日もあった。
割と早くに新人カメラマン、太白さんとの撮影日はやってきた。
撮影を指示する口ぶり、的確さ、冗談の言い回し。
やはり若林は今まで会ったどんなカメラマンよりも”変わって”いた。
そう私は確信した。
撮影後でも太白さんとわけのわからない会話をしていた。
冥王星がとか原子力発電所がとか。
本当に変わっていた。
トイレに立った若林がしばらく戻ってこない中、太白さんが口を開いた。
「そういえば若林さんですが、泉さんのことが好きだって言ってたんですけど本当なんですか?」
「え?好きって、どの???」
衝撃だった。
泉さんすごく美人だしカッコいいのはわかる。
でも、
「カメラマンだからとかそういうわけじゃないけど、…その手のこと泉さん興味なさそうだからね…。」
と、包み隠さず話した、別に他意はなかった。
すると、
「青葉さんは、その…若林さんはアリだと思います?」
不躾で失礼なやつだなと思ったけど…若林め、太白さんまで毒をばらまいていたらしい。
「え?あの若林?んー、無いかな〜だって変じゃないですか?」
「ですよね。私も思います。」
二人して笑った。
そうだ、変な人だ。
カメラマンとしては優秀だし良い人かもしれないけどね。
トイレには大きく故障中の張り紙があったのを思い出した。
空いてる1つを待つ若林を待つ間、太白さんからいろいろな話を聞いた。
解散して帰る電車の中で外を眺めた。
ベッドタウンの灯りが車窓に反射した車内を透かしている。
漠然と、イヤホンから流れる音が遠くなった気がした。
電車の車輪と軌道の段差の音も遠くなる。
疲れたのかな、少し寝ようか。
短い夢を見た。
純白のチャペルに花嫁がいる。
あぁ、泉さんも素敵な髪をしている。
隣にいるのは誰だろう。
そんな夢だった。
-現代-
しばらく日が空き、また若林との撮影の日になった。
いつもどおり変だった。
でもその日はなんだか違っていたのがわかったのはアフターでの食後だった。
「実はさ、泉さんに振られたんだ。」
「まぁ、あの人はそういうの興味無さそうだもんねー。」
私にはこれが精一杯の言葉だった。
冷めたポテトフライをつまみながらひねり出した言葉。
何で私に言ってくるかな…
でもこの人変な人だしなぁ。
店を出た時、外は秋を忘れた冬の寒さで溢れていた。
駅までの道、重いキャリーを持ってくれた。
泉さんも興味ないとはいえ、別にいいと思うんだけどな…
口から出る言葉は時々変だけど…いや、時々じゃないな。
何してるかわからないけど運転は好きで優しくていつもきれいだ美人だって褒めてくれる。
でも今日だけは、思い出せられる。
髪を引っ張られたあの子のような顔をしている気がする。
嫌だ!止めて!と声が聞こえた夕方の廊下を思い出す。
私にはそんな気がした。
空はもう夕方とは言い難い暗さだった。
この時期は暗くなるのが早いな。
そんなことを考えると彼は足を止めた。
「あ、ここで、車が裏の駐車場なんで。」
キャリーを受け取り挨拶を交わす。
「今日はありがとうございました。あー、泉さんは諦めなくてもいいんじゃないですかね。じゃあまた!」
私はそう言って駅へと向かう。
別に彼のことはどうとも思っていないと思っていた。
彼はそう、泉さんが好きなんだ。
泉さんは美人だしいろんな人に言い寄られてるのは仕方ない。
きっと、本人は今はそんな事考えている暇がないくらいコスプレが好きなんだと思う。
他のことに、目を向ける余裕がないんだと思う。
後ろを振り返り裏路地へと向かう交差点を見る。
彼はまだ居て、振り返った私に手を振ってくれた。
私は、天使でも正義の味方でもないからな!
そう思い来た道に歩を進めた。
案の定、首を傾げつつもこの世の終わりが来たような顔をした彼がそこにはいた。
手を伸ばせば届く距離に諦めの化身がいた。
「どうかしました?忘れ物でも??」
あーあー、無様な顔だな、とは思った。
「ねぇ、あのさー」
重い口を開き私は考えた。
私はこいつにかける言葉を持っているのかな。
変だけど知識はあるし教養も多少ありそうな彼相手に納得できるような言葉をかけられるか…。
そもそもかける意味があるのか…。
もうこいつは答えを出しているんじゃないか…。
音速のような思考が巡った。
ここから言葉が続ける自信がない。
あの子を守った時はどんなことも、この子の為ならできると信じて疑わなかった。
あのとき私は世界を救った正義の味方だったのだ。
今だって、この情けないカメラマン一人くらい救うのは簡単なはずだ。
駅のロータリーの灯り、タクシーの光はストロボのように時間を止める力はなく二人に明暗を与え続けた。
私にとっては永遠に考え続けた言葉、けれど彼にとっては被写体に言われた何気ない一言かもしれない。
ほんの数コンマ秒の時の流れの中、私は絞り出すのだ…。
「最後まで残れば認めてくれるよ。諦めないほうがいいと思うんだけどな。」
言い捨てて、私は駅へ向かって最初の一歩を踏み出した。
「だからさ、頑張って!」
もう彼の顔は見えない、どんな顔をしているか、私は想像もつかない。
急ぎ足で駅の改札をくぐり抜け階段を上がりホームへ立つ。
彼の車が裏の駐車場から走り去るのが見えた。
そうだ、これでいい。
間違ってるかどうかなんてわからないけど、私は間違ったなんて思ってない。
遠くの港湾地帯に見える一角の暗がり。
あそこには私が初めて見た夢の国がある。
もし、あのときあの場所で出会わなければ、私はここに立っていなかった。
あの死にそうな顔をしたあいつとも会うことはなかったかもしれない。
ずっと前、砂浜で見た二人は満面の笑みでポースを取り、シャッターを切っていた。
泣きじゃくっていたあの子も最後は私にありがとうって笑顔になってくれた。
「あーあー、私を笑顔にしてくれる人はいつ現れるのかねぇー??」
数えるほどしか乗客のいないホームに赤いストライプの電車がなだれ込んでくる。
機械的な注意メッセージは聞き慣れたものだ。
彼の車も電車に隠れてもう見えない。
ただ、引きずるキャリーはいつもよりほんの少し軽く感じた。
誰もいないホームからゆっくりと動き出す。
「きっとさ、うまくいくよ。変なカメラマンさん。」
そう呟いて、心地よい揺れと暖房の効いたイスに身を委ねた。
終点の下車駅まで片道40分、寝るには十分だ。
少しだけ前に見た夢を思い出す。
「結婚式には呼んでくれよなーお二人さん。…。」