伊勢湾は異世界の内に入りませんよね、じゃあ伊勢海で。~妖怪ボラ女と釣り名人のすれ違いスタイリッシュ釣り竿スローライフミステリーグルメツアーはやっぱり釣り好き優遇システムでした~
とある岩場の磯辺に、男女二人の姿。
蜜月の釣りデートにも見えたが、どうも事情が違う様だ。
「シーバス? 俺、スズキだけど」
「実はウチな、ミドルネーム、スズキなんよ!」
女の瞳がぱっと見開き、輝き出した。
(鍵、釣ってくれはる人、やっと会えたに)
伊勢湾の釣人達の間で密かに伝わる、都市伝説の女。
『魅惑の三重弁オリエンタルミックスビューティー・
お一人様シーバス釣客限定逆ナンパ一本釣り妖女』
彼女はその人なのである。
鱸を狙う釣客の、踊る疑似餌にまだ上客は無いが、
彼の口は対照的に、豊漁の宴の様であった。
傍で膝を抱えて座り、彼の話に耳を傾ける、
異国風の妖女スズキの顔も先程とは打って変わり、楽しげだ。
「いやぁマジ、ビビったよ。
ハーフ美女の逆ナンってだけでも激レアなのに、
スズキとシーバスなんて出来過ぎ……来たか? あれ?」
若きシーバス釣り専門家でもある釣客は、違和感に気づく。
口は閉じ、一歩二歩、足場を確かめ後ずさる。
その直後、彼の竿がまるで伸ばした輪ゴムに見える程の弧を描いた。
(デカ過ぎる! 遠浅の陸っぱりでこんな大物、ありえない!)
釣客は今にも海に落とされん勢いを必死に堪えるも……
「うわ!」
尻を強打した。
釣糸が切れて安堵を憶えたのも、名人たる彼には初の事だった。
逃がした大魚が海面から何度も跳ねて姿を見せる。
「二メートルのシーバス……見た事ない。しかも姿も見せず喰ってきた。
どうなってんだ……うわ、眩し!」
沖の真中に浮かぶ双子の岩の隙間を大魚が跳ねた時、
岩間に大きな光の環が現れ、その中に大魚は消え去った。
環の中は先の見えぬ闇だったが、徐々に目が慣れたら、
得体の知れぬ渦を巻く虹色の波が見えてきた。
「おおきんな。おかげで扉が開いたんよ」
笑顔で見守るだけだったスズキが、急に口を開いた。
「ウチは異世界観光ガイド、ボーラやに。
一緒に伊勢海美食シーバスツアー、行こに!」
彼女は妖女・シーバスガイドさんこと、ボーラ=スズキ=シーバス。
そして彼女の最初か最後か未だ謎の乗客、
その男の名も未だ……
『……のちに二人はめでたく結ばれ、
奥様の名は、鈴木 鱸鰡 に、なりましたとさ』
『えっ? イマダさん違うん?』
『そ、それは独創的過ぎるなぁ。彼より先に違和感、気づかない?』
『……あっ、ココ? こんなん最初から気づくんは、釣り好きだけやん。
なんなんコレ、後味わるう』
『まあまあ……ねえキミは、どこで気付いたの?』