08.読心(リーディング)
父から違和感を指摘された俺は、その日の仕事が終わってから少しだけ山の麓に足を運んでいた。転生者だと怪しまれる行動はできるだけ控えるべきだとも思っていたが、能力を試したい衝動が抑えられなくなってきたからだ。
衝動を小出しにしなければ、より大きな形で…たとえば野生動物でなく人のような…そういった形で衝動が現れるだろうという予感がなんとなくある。一日のうちのわずかな時間でも能力を試すことは自分を知ることでもあり、自分を抑制することでもあると感じていた。
*ガサガサ*
草むらから音がして警戒すると、そこから兎や野ネズミのような小動物が顔を出した。普段はこういった小動物は俺の前にはほとんど姿を見せないが、今日に限ってはすぐに姿を見せてくれた。俺が能力を試したいと思って山にきたことと関係があったりは…しないよなあ…多分。
世界を管理しているであろう女神さまが俺だけ特別扱いするなんてことはないだろうし。小説では主人公が神から特別扱いされることはよくある話だが、貴史の人格的にそんなことはないだろう。主人公という器ではない。おそらく偶然だ。
『しかし、能力を試すってどうすればいいんだろうな…』
俺から少しだけ離れた位置でおとなしくしている小動物たちを見ながら独り言ちる。少しだけ思案していたが、貴史が生前大事にしていた欲望や死に際の絶望を思い返しながら自分の能力を想像してみることにした。
女神さまと出会った白い世界では心が麻痺して自分の死に対して何の感情も湧かなかったが、ユルグと混ざったためか思い返す際には心が少し拒絶反応を示した。
ユルグとしての感性ではこれは受け入れがたいので拒否したいと感じているが、貴史としてはこうした負の感情も積極的に取り入れてやろうと謎のポジティブさを発揮している。なんなんだこいつは。
今まで感じたこともない自分の内面の様子におののきながら試行錯誤していると、目の前に色とりどりの光だか煙のようなものが広がっていることに気付いた。
正確には目の前の小動物たちからさまざまな色の「なにか」が立ち昇っているようだった。色は青が強めで黄色、緑、薄いピンクといった色もちらほらと見える。
『もしかすると、これは感情が色であらわれてるのか』
――貴史の欲望は生前から、理解しがたい他者の内面を理解したいというものだった。貴史には家族も含めた多くの人物が抱いている感情というものが、なんとなく理解はできてもいまひとつ共感できない。自分が起こしたアクションによって変化する、他者の様子を観察することが感情を理解する足掛かりとなっていた。
嬉しそうな様子ならばこれはいいことなんだと理解し、困惑や驚きが読み取れればこれはいけない、と自分を戒めるようにこころがけていた。
しかしこうした行動は他者にはとても奇妙に見えるらしく、相手を試すような行動をする人格に問題のある奴や、周りと足並みを揃えられない異端児などとして見られていたように思う。
理性や知能があるとはいえ人間は群れを作る社会性のある動物だ。異端として群れから爪弾きにされた人間は同じような者に出会うまでずっと孤独でいることになる。家族からは不思議な子扱いで済んでいたが、その心は最期までずっと孤独だった。
貴史は別に人嫌いなわけではなかった。むしろ人のことが知りたいと考えており、人格のみならず倫理観が破綻した今でも別に人間を嫌っていない。そういった人間性の持ち主なので、より深く人の内面を知りたいと考えるのはごく自然なことだった。
『これって干渉したりはできないのかな?』
小動物から立ち上る色に手をかざしたり念じてみるが、特に変化は見られない。自分の一挙一動に畏怖だか恐怖を感じてか色の配分が変化はするようだが、精神的な干渉は今のところできないようだった。
能力が鍛えられるのかどうかは今のところはわからない。色が読み取れるだけでもどんな人物かを理解したり高精度な嘘発見器として活用できるだろうが、能力がさらに高められるならばより強力な力になるように努力すべきだろう。
…とりあえずはこの能力に名前を付けておくか。能力名やその詳細を他人に明かすことは滅多にないだろうが、能力への名付けは少年の心がくすぐられる。
――俺は自分の欲望を満たしてくれるかもしれないと期待しているその能力に「読心」と名付け、これからもちょくちょく山を訪れて能力を開発していくことに決めた。