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07.ユルグの変化

 ユルグとコージモが会話をしてしばらく経ち、日がだいぶ傾いたころ。ユルグの両親であるコージモとエーファは木材と(かや)で作られた自宅でくつろぎ、一日の疲れをねぎらい合っていた。ユルグは山の麓の様子を見てくると言ってまだ家には帰っていない。



 『なあ、母さん、ユルグの様子がいつもと少し違うとは感じないか?』



 他愛ない会話のさなか、コージモがエーファにそう洩らす。自分の息子に疑いの目を向けるのは父親らしくないと感じて不快であり妻にも嫌な目を向けられそうではあるが、つい気になった本音を漏らしてしまう。


 これはコージモの長所であり短所でもある観察して気づいたことを親しい者に話す癖だが、それに慣れているエーファは気づかれないようにため息を吐きつつ応えた。



 『ユルグと顔を合わせるのは家の中がほとんどですけど私は特に変だとは感じませんよ…猟の最中に何かありました?』


 『いや、どうも表情が固いというか不自然というか…いつもは自然に笑えているのに今は作った笑顔を貼り付けているように感じる…それに、あいつには動物を追い払う不思議な力があるのは母さんも知ってのとおりだが、自分に近づいてきた動物の命を頂戴する時は申し訳ない表情をしていたのに、今は無頓着でまるで作業か処理でもしているように見えるんだ…』



 コージモが気になったユルグの変化は見間違いでは無かった。貴史の死の記憶と独自の倫理観を継承したユルグは、本人も意図しないところで既に以前とは違うものに変わってしまっていた。


 本人はユルグの記憶のとおりに振る舞っているつもりだが、行動の端々に些細な変化が生じる。具体的には相手の命の価値を自分の命と同等程度としか思えず、自然と扱いが雑になってしまう。


 自分の存在は既に一度失われたものであり、この世界自体も神の遊び場か実験場かのどちらかであると心の奥底で認識しているため、多くの対象に本気で愛情や執着を持つことができないようになってしまった。


 第二の命を授けてくれた神や、深い愛情を注いで知恵を授けてくれた両親には愛情を抱いている。特に心を読む能力によって孤独だった自分を理解してくれる神ベウォルクトゥには、他の者とは一線を画した深い感情を抱いているが、それ以外の者とはどうしても接し方が以前よりもよそよそしくなっていまう。


 肉親であり観察眼が鋭いコージモに変化が見破られるのはある意味当然のことと言えた。



 『まあ…あなたの目は確かですけれど、おかしなことは何もしていないのでしょう?それに、あのくらいの年の子は心が大人になってきて自立心が芽生えてくるころですよ、あなたもあのくらいのころは結構なやんちゃだったそうですけど』


 『まあ、それを言われると俺も何も言えないんだけどな…あいつも疲れているから変なのかもしれないと言っていたし少し様子を見てみるかな』


 『ええ、人の心は変わっていきますからね、少しばかり変わったとしてもそれも私たちの息子のユルグに違いありませんよ』



 線が細くか弱そうな容姿のエーファだが、実際の性格は包容力が強く小さいことを気にしない豪胆な気質の持ち主だった。


 無口で男らしさも兼ね備えているが繊細な面があるコージモにはエーファの大胆な決断力が心地よく、家庭内では喜んで尻に敷かれている節がある。


 今までもさまざまな不安をエーファに打ち明けて安心感を得ていたコージモだったが、今回だけは妙な不安が心から完全に拭い去れずにいた。


 妻の言うとおりに大したことは起こらず、この不安が気のせいで済んでくれればいいのだが、とコージモは思った。

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